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石木ダムの計画の根拠となる複数の数字に疑問

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
石木ダムの建設予定地(筆者撮影)

 10月14日、佐世保市内(アルカス佐世保)で「石木ダムの不思議」という勉強会が開かれ、佐世保市民など約300人が参加した。講師の宮本博司氏(元国土交通省河川局防災課長)は、長崎県の説明資料を示しながら、ダム計画の根拠となる複数の数字に疑問を投げかけた。

筆者撮影
筆者撮影


 まず、石木ダム事業について簡単に説明しよう。石木ダムは、佐世保市の水道用水供給や洪水対策を目的に、長崎県と佐世保市が、川棚町に建設を進める多目的ダムだ。

 下の図に赤く示されているのが石木ダムの建設予定地。緑で囲まれた川棚川流域のなかで、川棚川の支流の1つである石木川に予定されている。

石木ダム建設事業(長崎県HP)https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/machidukuri/kasen-sabo/ishiki/ryuuiki/
石木ダム建設事業(長崎県HP)https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/machidukuri/kasen-sabo/ishiki/ryuuiki/

 ダム計画は50年以上前に遡る。1975年に建設省がダムの全体計画を認可。1982年に長崎県が行った立ち入り調査(強制測量)で、住民との対立が深刻化。完成目標は当初の1979年から、これまで10回にわたって延長されてきた。

 建設を進める長崎県が、佐世保市への水供給および洪水対策のためにダムは必須と主張するのに対し、異を唱える住民の論点は以下4点に集約される。

治水目的と効果への疑問:過去の洪水被害が少ないことや、川の改修など他の治水手段があるため、ダムの必要性と効果は疑問。
水供給の需要の妥当性:人口減少や省水技術の進展にもかかわらず、水需要が過大に見積もられ、ダムがなくても水供給は可能。
住民の生活と権利の侵害:建設予定地の住民に対する土地の強制収用は生活権の侵害に当たる。
環境影響と持続可能性:ダムは生態系や水質への悪影響が懸念される。

計画雨量の算出についての疑問

 勉強会では長崎県が提示しているダム建設の資料について、根拠となる数字に対する疑問点が示された。

 1つ目が計画雨量の算出についての疑問である。

 以下の図は、長崎県が示している石木ダムの治水効果の説明。川棚川流域に24時間に400ミリ(100年に1度の雨を想定)の雨が降った場合、ダムがなければ1400トンの水が山道橋(基準地点:洪水を防ぐための計画を作成するときに代表となる地点)に流れてくるが、野々川ダム(1972年完成)と石木ダムによって1130トンに抑えると示されている。

石木ダム建設事業(長崎県HP)https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/machidukuri/kasen-sabo/ishiki/gaiyou-ishiki/
石木ダム建設事業(長崎県HP)https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/machidukuri/kasen-sabo/ishiki/gaiyou-ishiki/

 では、「24時間に400mm」の根拠はどこにあるのか。長崎県の資料には以下のように示されている。

https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai22kai/dai22kai_siryou3-1_2.pdf
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai22kai/dai22kai_siryou3-1_2.pdf

 宮本氏は、通常であれば流域の3地点以上の雨量データから算出するが、石木ダムの場合、川棚川流域ではない佐世保市のデータから算出されていることに着目した。川棚川流域のデータが示されていない。

 ダム計画を策定する際、流域平均雨量の測定は非常に重要で、貯水容量の設計、洪水リスクの管理、持続可能な水管理に影響する。ダム計画の基礎となり、計画の正確性や信頼性を確保するために不可欠な数字である。

流出計算結果への疑問

 2つ目が流出計算結果への疑問である。流出計算は、流域に降った雨がどのように地表を流れ、河川に集まり、最終的にダムにどの程度の水が流れ込むかを予測するための基礎データとなる。これにより、洪水時にダムがどれだけの水を一時的に貯留し、どのタイミングで放流を行うべきかを決定することができる。正確な流出計算がないと、洪水時にダムが溢れるリスクや、下流の洪水被害が拡大する可能性がある。以下は長崎県が示している流出計算結果である。

https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai22kai/dai22kai_siryou3-1_2.pdf
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai22kai/dai22kai_siryou3-1_2.pdf

 上の図では石木ダムが水を貯めることにより(上段)、基準地点である山道橋に流れてくる水が減っている(下段)ことが示されている。

 だが、宮本氏は、石木ダムの洪水のピークと山道橋の洪水のピークの時間が一致していることを指摘した。

 前出の川棚川流域図を見てほしい。

 山道橋に流れてくるのは、流域面積77平方メートルの川棚川流域全体から集まってくる水だ。それが山道橋に集まって洪水のピークになる時間と、川棚川の支流である石木ダム流域の洪水のピークが一致するのはおかしい。宮本氏は、流出計算モデルが検証されていないのではないかと指摘した。


水需要予測への疑問

 もう1つが佐世保市の水需要の予測が、今後急増すると示されている点である。

 佐世保市水道(佐世保地区)の1日最大給水量の実績と市の予測を見ると、実績は2000年代に入ってから減り続け、最近20年間で3割近く減り、2020年度は71927トンになった。

 しかし、市予測では1日最大給水量が106549トンまで増えることになっており、実績値と予測値が乖離している。宮本氏は、水利用者の1日の最大給水量に着目して計算したため、水増し需要予測になっていると指摘した。

 今回示された流域平均雨量の測定、流出計算結果、水需要予測等は、ダム計画の基礎となるものだ。ダム建設の論点について議論する場合の前提になるので、正確なものでなくてはならないし、どうしてその数字を採用したのかという説明も必要だ。これらの数字について、市民委員会は県に疑問点を明示した意見書を提出したが、現在までに十分な説明はなされていない。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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