「ホールを止めるな!」~コロナ禍での公立劇場の使命と奮闘の1年を聞く
ワーグナーの4部作《ニーベルングの指輪》を連続上演し、その最終章となる《神々の黄昏》を昨年3月、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、やむなく無観客上演とし、同時に無料ライブストリーミングを行った滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール。極上の音楽を、「ステイホーム」を余儀なくされていた人々に届けたことで大きな話題になったが、その後も「ホールを止めるな!」を合い言葉に、様々な工夫を重ねて活動を続けてきた。
あれから1年。恒例のプロデュースオペラ《ローエングリン》の公演を、今年は観客を入れて行った。劇場にオペラが戻った。ただし感染防止のため、通常のオペラ公演とは異なり、オーケストラを舞台に上げ、音楽のほかは、歌い手の演技と映像などのステージングで物語の世界を作るセミ・ステージ形式での上演となった。
やはり感染防止対策で「ブラヴォー」などの発声を禁じられた観客は、終演後のスタンディングオーベーションで、素晴らしいパフォーマンスへの称賛と生の演奏を味わえる喜びを表していた。
「ようやくここまで来ました」――安堵の表情を浮かべる山中隆館長に、この1年を聞いた。
「今できること」のアイデアを募集
――長い大きな拍手でしたね。
「セミ・ステージ形式ということで、お客様からはどういう反応が返ってくるか、少し心配していたんですが、皆さん本当に喜んでくださって、よかった。ホッとしています」
――無観客上演となった《神々の黄昏》のライブ中継は、2日間でのべ41万強のアクセスを記録し、日本のオペラ史上に残るものとなりました。中止の危機に直面した時、「何とか上演できる方法はないか考えよう」という山中館長の呼びかけに、職員の方々が知恵を絞った結果でしたが、その後はどうされていましたか。
「4月~5月は全国的な緊急事態宣言となったので休館せざるを得ませんでしたが、再開してからは、とにかく『ホールを止めるな!』ということで、活動を続けてきました」
――ホールを止めないために、具体的には何を?
「『今できることは何か』を、職員にアイデア募集しました。そうしたら、200以上も提案が出て、びっくりしました。1人でいくつも書いてきた人もいたんです。その中から、医療関係者への感謝を示すために全館をブルーの照明で照らすライトアップや、うちの広い4面舞台を無料開放して、県内の方々に『密』にならずに合唱やバレエなどの練習していただく『でっかい練習室』、ロビー・コンサートのオンライン無料配信など、いろいろなことをやりました」
喜ばれた校歌音源の贈呈
「一番喜んでいただいたのは、校歌の音源贈呈です。びわ湖ホール声楽アンサンブル(=同ホール専属の声楽家集団)は、毎年県内の小中学校を回る学校巡回公演を行っているんですが、昨年はそれが中止になりました。しかもオペラもなく、みんな仕事がない。
学校での公演では、いつも必ず校歌を歌います。子どもたちは、プロが歌うのを聞いて、自分たちの校歌がこんなにいい曲だったのか、とびっくりするんです。職員もそれを知っていますから、学校に行けない代わりに、校歌の録音をプレゼントしようという提案がありました。希望のあった県内163校の校歌をすべて収録して、『琵琶湖周航の歌』『江州音頭』の合唱と一緒に贈りました。これだけの校数になったので、声楽アンサンブルは歌いっ放しです(笑)」
音楽は「不要不急」ではなく
――ホールでの公演はどうですか。
「7月18日、カウンターテナー藤木大地さんのリサイタルが最初。この頃は定員の5割まで、という制限があったので、小ホール(323席)で予定していたのを大ホール(1848席)に移し、お客様の間隔を十分にとって聞いていただきました。
続いて7月26日に、沼尻竜典・芸術監督の指揮で、声楽アンサンブルの特別公演「日本合唱音楽セレクション」を行いました。大ホールで1人ひとりの間隔をとるようにしました。これは経産省の補助をいただいて、今も一部をYouTubeで見ることができます」
「8月23日の京都市響によるマーラー・シリーズの演奏会は、予定していた交響曲第1番を編成の小さい第4番に変更し、普段はオーケストラピットとして使われている所まで舞台を拡張して、奏者の間隔を十分とって実施しました」
――音楽会を再開して感じられたことはありますか。
「再開した時、予想していた以上にたくさんのお客様に来ていただけた。皆さん、コロナで閉塞感がある中、『久しぶりに音楽に浸れてうれしかった』と感想を述べて、喜んで帰られた。こんなにも待ち望まれていたんだ、と分かって、音楽は『不要』でも『不急』でもなく、今こそ必要じゃないかと、強く思いました。オペラは、今年1月の『魔笛』で再開したんですが、4公演やって、最終日は完売でした」
入念な感染防止対策で万全を期す
――コロナ対策はどうでしょうか。
「うちのホールは、座席の下を見ていただくと分かりますが、ほぼ1席置きに金網が設置されていて、そこから空気が吸い出され、上から外の空気が降りてきて、24分間でホール内の空気はすべて交換される設備になっています。手指の消毒とマスクを徹底していただき、サーモグラフィーによる検温をすることで、お客様の安心安全は守れる」
「心配なのはアーティストとスタッフです。特にオペラは多くの人がかかわり、練習期間も長いので。今回の《ローエングリン》では、全員にPCR検査を受けて、陰性を確認してから(練習に)入ってもらいました。歌手の間隔を空ける演出にしてもらい、練習中はソリストもマスク。外したのは、ゲネプロからです。合唱は本番もマスクで」
「職員も飲み会は厳禁にしました。家族が働いている職場でクラスターが発生した場合などでも、必ず情報を上げるよう徹底しています。
声楽アンサンブルなど、歌手は体が楽器なので、プロは言わなくても十分対策をしています。ただ、アマチュアの方々はそうはいかないでしょうから、これまでジルベスターコンサートや年末の第九で舞台に出るのを楽しみにしておられたアマチュア合唱には出演をお断りして、プロの少数精鋭でいくことにしました。
(クラシック音楽の)観客数は、年末のジルベスター・コンサートから100%に戻しました。貸し館事業のJポップやロック系のコンサートは、5割制限のままです。ただ、5割だと主催者はペイしないので、借り手がないんですね。全国ツアーなども行われない。経営的には、そこが辛いところです」
今できる最高のものを提供する
――そういう中で、経営的には負担になるオペラ公演も含めて、自主事業をなんとしても続けようとしてきたのはなぜですか。
「(コロナ禍で)貸し館事業がほとんどない時に、うちが(自主事業を)やめたら、お客様が音楽を聴く機会がなくなってしまう。公立劇場の使命として、うちの自主事業は、今できる最高のものを提供できるよう、そのためにやり方を考えよう、ということでやってきました。
それに、オペラは続けていかないと、アーティストは(出演する)舞台がなくなってしまう。舞台技術者も仕事がない。(セミ・ステージなど)どういう形式にせよ、やり続ければ仕事を作れるし、(観客の)皆様にも楽しんでいただける。とにかく回転させていかないと」
――昨年の無観客上演の後の記者会見で、沼尻芸術監督は「文化・芸術は水道の蛇口ではない。いったん止めてしまうと、次にひねっても水が出ないことがある」と述べて、活動を止めてしまえば文化の担い手が離れ、長い時をかけて蓄積されてきたノウハウも継承できなくなる危機感を示していましたが、そうならないように、と。
「そうです。民間はペイしなければ(公演を)やめた方がマシ、ということもありうる。だから、こういう時こそ、今やれることをやり続けるのが公立の使命だと思っています」
――では、昨年は中止になった音楽祭『近江の春』も……
「やります。例年、小ホールで行っていたリサイタルを大ホールで行います。今年は、有料ライブ配信もやります。全国どこからでも楽しんでいただけます」