乳腺外科医事件・差戻控訴審始まる・争点は科学鑑定の科学性~法廷にはあの”冤罪を作った検事”も
都内の病院で乳腺腫瘍の摘出手術を執刀した外科医が、術後の女性患者の胸をなめるなどとしたとして準強制わいせつ罪に問われている事件の差戻控訴審が9月18日、東京高裁(齊藤啓昭裁判長、横山泰造裁判官、佐藤弘規裁判官)で始まった。
無罪→実刑→破棄差し戻し、そして…
外科医は一貫して無実を訴えている。一審の東京地裁(大川隆男裁判長、内山裕史裁判官、上田佳子裁判官)は、「麻酔覚醒時のせん妄に陥っていた可能性は十分ある」とし、女性患者Aさんが「せん妄に伴う性的幻覚」を体験した相応の可能性があるなどとして、外科医を無罪とした。
検察側が控訴。二審の東京高裁(朝山芳史裁判長、伊藤敏孝裁判官、高森宣裕裁判官)は、Aさんの証言が「具体的」「生々しい」「一貫している」などとして、せん妄の影響を否定し、一審判決を破棄して、懲役2年の実刑判決を下した。
これに対し最高裁(三浦守裁判長、菅野博之裁判官、草野耕一裁判官、岡村和美裁判官)は2022年2月、高裁判決は複数の専門家の見解を無視して「医学的に一般的でない」見解に基づいている、と指摘。さらに、Aさんの胸に付着していた外科医のDNAの量に関する事実調べの請求があったのに行わないなど、高裁には「審理不尽の違法があった」として、裁判官全員一致で東京高裁に差し戻しを命じた。
差し戻し控訴審の争点は科学鑑定の信頼性
それから2年7か月。ようやく始まった差戻控訴審の初公判では、高野隆弁護団長が意見陳述を行い、本審で求められているのは、警視庁科学捜査研究所が行ったDNA量に関する鑑定が、「専門家の間で要求される信頼性の水準を満たしているのかどうかだ」と指摘。本件では、科学鑑定の科学性が問われている。弁護側はDNA検査の第一人者らによる意見書などを証拠請求していることを明らかにし、早期に一審の無罪判決を確定させるよう訴えた。
齊藤裁判長は、検察が実験を依頼した法医学者と、弁護側が依頼したゲノム研究の専門家を証人として採用し、2期日で尋問を行うことを決定した。
あの”冤罪を作った検事”が…
ところで、この差戻控訴審には検察官が3人立ち会っており、その1人が、今年4月に東京高検に異動した塚部貴子検事だ。塚部検事は、検察自ら起訴を取り消した大川原化工機事件で、同社と社長らを2度にわたって外為法違反事件で起訴した検察官である。
自分の判断に「間違いはない」と断言
大川原正明社長らが起こした国賠訴訟で証人となった塚部検事は、「同じ状況になったとしても同じ判断をします」として自らの判断や対応に誤りはなかった、と主張。勾留中にがんが見つかったのに保釈されず、その後、勾留の執行停止中に亡くなった相嶋静夫さんに対する気持ちを聞かれても、「勾留・起訴の判断に間違いはないので、謝罪の気持ちはありません」と言い切った。
地裁判決は「やるべき捜査を行わなかった」と
しかし東京地裁の判決は、警視庁の逮捕と東京地検の起訴を違法と認め、都と国に計約1億6千万円の賠償を命じた。その中で東京地裁は、被疑者を起訴する検察官の責務について、「公訴が私人の心身、名誉、財産等に多大な不利益を与え得ることを考慮すると、安易な公訴提起は許されない」とし、塚部検事は、他の検事から警察・検察の主張と矛盾する事実について報告を受けながら追加捜査を行わず、「通常要求される捜査」を行わなかった、と厳しく指弾した。
塚部検事は、2019年6月からこの事件の担当者となり、大川原社長ら3人の逮捕状請求を了解。3人と法人としての同社を起訴した。警察官から「ねつ造」との言葉まで飛び出した、この冤罪事件を作った者の1人と言えよう。それでも「(自分の)判断に間違いはない」と強弁する検事を、被告人が無実を訴える別の事件の公判担当検事に送り込む、東京高検の意図は何なのだろうか。
絶句する冤罪被害者
捜査と公判ではやることが違う、というつもりかもしれないが、無実を訴える事件当事者にしてみれば、捜査・起訴・公判は罪を背負わせるための一貫した手続きにほかならない。
大川原化工機の弁護人で国賠訴訟で代理人を務める髙田剛弁護士に、この事実を伝えると「えーっ」と絶句。
髙田弁護士は、4月に塚部検事が東京高検に異動になった直後、Xにこんな投稿をしている。
「逮捕にゴーサインを出し起訴した塚部貴子検事が出世しているのはおかしいとの批判が散見されますが(中略)異動したのは昇進ではなく、事件捜査に当たらせるのは適切でないとの人事判断によるものと思われる」
検察の良識への期待もあっての投稿だろうが、乳腺外科医事件の公判に関与していることを知り、
「驚きました。(担当するのが)捜査ではなく公判だったらいい、とはならないと思うのですが、(検察は)よほど人材不足なのでしょうか…。高検には内部的な仕事もたくさんあるのに、人を裁く場によく立たせるな、と思います」
と呆れる。
大川原社長も「これが、検察の姿勢なんですね…」と唖然。
「まさか…、こんなに早く表に出てくるとは…」「検察は基本的には全く反省が見られませんから…」と言葉少なだった。
それでも人の目は気になる?
もちろん、検事も人である以上、間違うことはあろう。過ちを反省した人が出直す機会は大切だ。しかし、そういう反省もないまま、人を裁く場で、罪を糾弾する役に就かせる検察の感覚は、一般社会のそれとはだいぶ乖離しているように思う。もしかすると、大川原化工機事件での塚部検事の対応について、検察組織はそれほど問題とは考えていないのではないか。あるいは、国賠訴訟を控訴して争っている以上、検察に問題はないと突っ張る姿勢を示したいのだろうか。
それでも、人の目は気になるようだ。
18日の裁判の開廷前、報道機関による撮影が行われた。その間、なぜか傍聴人は裁判長の判断により法廷外の廊下で待たされていたが、廷内にいた関係者によると、塚部検事は撮影中は退席していた、とのことだ。法廷にいる姿を、ニュースなどで流されるのは避けたいのかもしれない。