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井上尚弥、スーパーバンタム級進出。モンスターの挑戦はスリル満点

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
バトラーを圧倒する井上尚弥(写真:山口フィニート裕朗/アフロ)

両統一王者ともリング登場は一度だけ

 ポール・バトラー(英)に11ラウンドKO勝ちを飾りバンタム級4団体統一を達成した井上尚弥(大橋)が公約通りスーパーバンタム級(リミットは55.34キロ)へ進撃する。同級はスティーブン・フルトン(米)がWBC・WBO王者に君臨し、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)がIBF・WBAスーパー王者と2人の統一王者が存在する。両者はプレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)という同じプロモーターの下でリングに上がる背景から、4団体統一戦の実現が待望されている。

 だが今のところ、両陣営の交渉が進展している様子はない。スキルの評価が高いフルトンは今年のリング登場が6月の元2団体統一王者ダニエル・ローマン(米)との防衛戦のみ。一方アフマダリエフも6月に行ったロニー・リオス(米)とのWBAの指名試合が唯一、今年行った試合だった。コロナ禍が収束に向かっていた最中とはいえ、2人とも不活動の印象がぬぐえなかった。まるで井上の転向を待っているようなムードさえ感じられる。

 このうちアフマダリエフはリオス戦で最終回TKO勝ちを収めたものの、左拳を負傷するアクシデントに見舞われた。そのためIBFから通達されているランキング1位マーロン・タパレス(フィリピン)との指名試合の締結が延び延びになっている。米国メディアによると今日20日(日本時間21日)米国ニュージャージー州のIBF本部で入札が開催されるという。この原稿を書き終えるまでに結果が判明すれば、報告したいと思う。

フルトンはフェザー級進出か?

 対するフルトンがリングから遠ざかっているのは強すぎて(巧すぎて?)対戦に応じる相手がなかなか現れないという事情が考えられる。保持するベルトのうちWBC1位はあのルイス・ネリ(メキシコ)、WBO1位はライース・アリーム(米)とPBC傘下の選手。本来なら、彼らとの防衛戦が組まれてもおかしくない。ボクシング専門サイト「ボクシングシーン・ドットコム」によるとフルトン(21勝8KO無敗=28歳)はスーパーバンタム級王座を返上して一つ上のフェザー級(リミット57.15キロ)進出を視野に入れているという。

 フェザー級は今、スーパーバンタム級から2階級制覇に成功したWBC王者レイ・バルガス(メキシコ)がベルトを返上してWBCスーパーフェザー級王座決定戦に出場する運び。またWBO王者エマヌエル・ナバレッテ(メキシコ)も王座を返上して2月3日、WBOスーパーフェザー級王座決定戦が締結している。この2つの空位ベルトの争奪戦にフルトンが執心している様子がうかがえる。

 相手にはこれもPBCのイベントでリングに上がり、一足先にフェザー級へ転向した前WBAスーパーバンタム級レギュラー王者ブランドン・フィゲロア(米)が挙がっている。フィゲロア(25歳)は2021年5月、当時WBC王者だったネリと対戦し7回KO勝ち。その後WBA王座を返上し、同年11月、WBO王者フルトンと統一戦を行い、2-1判定で惜敗。終始アグレッシブに戦ったフィゲロアを支持する意見も多く、因縁が生まれた。

 フィゲロアは今年7月、WBCフェザー級挑戦者決定戦で6回TKO勝ち。WBC同級1位を占めている。またWBOでも2位にランキングされており、どちらの団体でも王座決定戦に出場できる見込みがある。PBCは来年の比較的早い時期にフルトンvsフィゲロアの再戦を発表するかもしれない。

 ただしフィゲロアは10月、地元テキサス州で飲酒運転で逮捕される醜聞があった。16年に家屋への不法侵入容疑で逮捕された過去(不起訴処分)も明るみに出て、キャリア進行にブレーキがかかる心配も出てくる。

フルトン(左)vsフィゲロアの熱戦(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
フルトン(左)vsフィゲロアの熱戦(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

3億円に達した井上のファイトマネー

 さて、ボクシングシーン・ドットコムの記事でフルトンは井上に関して「彼はいい選手だ。でも世界のベストだと言い切れるだろうか」、「彼はいい選手だけど、もしパワーを取り去って無効にしたら同じ評価をされるだろうか?」と語っている。

 「パワーを取り去って無効にする」。井上に対して今、そんな難題を実行できるボクサーは存在するのかと思えてしまうが、フルトンの発言には少なくとも自信が読み取れる。私情をはさむと「フェザー級に転向せず、まだスーパーバンタム級で頑張ってくれよ」とフルトンに言いたくなる。彼が転向を断念する可能性は少なくないとみる。その理由は井上との試合で得られる最大の恩恵、試合報酬だと結論づけられる。

 バトラー戦の翌日に掲載されたこの関連記事によると、井上のファイトマネーは最低保証額が3億円だという。これにネットで有料配信されたことによる報奨金が加わる。米国で報道された井上の最低保証額は100万ドル(約1億3500万円。1ドル=135円として計算=以下同じ)。報奨金がプラスされると250万ドルに達すると伝える。これは約3億3750万円。帳尻が合うように思える。

 ちなみに米国メディアによるとバトラーの報酬は最低保証額が50万ドル(約6750万円)、報奨金が加わると90万ドル(約1億2150万円)に達する。軽量級のトップ対決として盛り上がったフアン・フランシスコ・エストラーダvs“ロマゴン”ローマン・ゴンサレス第3戦のWBCスーパーフライ級王座決定戦。ファイトマネーはエストラーダが75万ドル(約1億円)、ロマゴンは50万ドル(約6750万円)と伝えられる。井上は前回6月のノニト・ドネアとの第2戦でも2億3000万円の報酬を得たという。軽量級の歴代ボクサーの中で1試合で100万ドル以上稼いだ選手は多くなく、井上は新たな勲章を授かったとみていいだろう。

フルトンvsフィゲロア再戦の可能性は?

 片やフルトンは最新のローマン戦のファイトマネーは50万ドルと伝えられる(ローマンは30万ドル)。2団体王者というステイタスからすると妥当な額ではないだろうか。またフィゲロアとの2団体統一戦の時、フルトンの最低保証額は50万ドル、報奨金を入れて100万ドルを得たと言われる。同じくフィゲロアは最低保証額が100万ドル、報奨金をプラスすると250万ドルに達したという。フィゲロアの報酬が破格だった理由はよくわからない。おそらくネリを倒した男ということで人気が高まり、アグレッシブなスタイルがファン受けしたせいだと推測される。もしフルトンとフィゲロアが再度対戦するならば、第1戦を超える金額が提示されることは間違いないだろう。

 他方でフルトンが2団体統一王者として、あるいは比類なきチャンピオン(4団体統一王者)として井上の挑戦を受ける設定になれば、キャリア最高額を得ることは当然の成り行きだ。米国業界の中では高額ファイトマネーを保証するPBCだが、果たしてフルトンにどれだけ支払えるか予断を許さないところがある。そうなると日本開催という線が出てくる。いや、むしろその方が自然かもしれない。一段と日本のファンのボルテージが上がるカードが現実のものとなる。

 もう一人のアフマダリエフ(11勝8KO無敗=28歳)に関しては現時点で入札の結果は伝わっていない。もしかしたら延期された可能性もある。上記のリオス戦のファイトマネーについて調べてみたが、判明しなかった。それでも、その実績から米国で戦う場合、フルトンとほぼ同額を獲得しているのではないだろうか。やはり井上と比肩できる額には到達していないはずだ。昨年4月、岩佐亮佑(セレス)がウズベキスタンへ出かけてアフマダリエフに挑戦したようなことは井上には起こらないだろう。

リオス(左)をストップしたアフマダリエフ(写真:Matchroom Boxing)
リオス(左)をストップしたアフマダリエフ(写真:Matchroom Boxing)

フルトン&アフマダリエフには勝てない?

 こう見て来ると、スーパーバンタム級に足を踏み入れる井上はマッチメイク上、売り手市場を謳歌しそうな印象がする。フルトンにせよ、アフマダリエフにせよ、井上が米国リングで挑戦する姿を思い浮かべてきたが、必ずしもそうなるとは断言できない。だが逆にドネアとの第2戦とバトラー戦がライブで中継された米国ではモンスターへの注目度がよりいっそう増している。開催地をめぐり日米で綱引きが展開される状況になるかもしれない。

 米国メディアの中にはフルトンとアフマダリエフは井上にとって楽な相手ではないという見方をするところがある。むしろ井上に不利な予想が立ち、対決が実現すれば、フルトンの判定勝ち、アフマダリエフのストップ勝ちを主張する記者もいる。この件に関しては別の機会に掘り下げてみたい。いずれにせよ、モンスターの新たな航海は極めてスリリングなものとなりそうだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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