高橋一生がNODA・MAPに見出す俳優としての現在地点
6月から開幕する劇作家・野田秀樹率いるNODA・MAP第26回公演『兎、波を走る』に出演する俳優・高橋一生。野田が2年ぶりに書き下ろした新作の舞台設定は野田曰く「つぶれかかった遊園地で繰り広げられる“劇中劇のような物語”」で、あの“アリス”も登場するという。
数多の作品から求められる存在となった高橋が、近年、「俳優でよかった」と強く感じた舞台が2021年出演のNODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』だった。高橋が野田から受けた影響とは? 自身にとって“演じる”とは? 舞台の醍醐味とは? 新作への抱負とは? その現在地点を紐解くインタビューを行った。
■野田秀樹という存在
――『兎、波を走る』のビジュアル撮影は篠山紀信さん。ポップでありながら意味深な一枚です。
高橋一生(以下、高橋):これは合成ではなく、松さん、多部さんと僕の三人でちゃんと実際にポーズをとって、互いに触れ合いながら撮影しました。僕は結構きつい体勢ではあったのですが、とても意義のある一枚になりました。公演パンフレットに掲載されるカットは、野田さんが口立てする台詞を実際に発しながら撮影しました。いきなり無茶な台詞も言わされましたが、御大二人(野田、篠山)を前にしたら逆らえません(笑)。
――NODA・MAPには2021年の『フェイクスピア』で初出演され、今作で早くも2作目です。
高橋:野田さんにまたお声がけいただけて純粋にうれしかったです。『フェイクスピア』は稽古中からそれまでに得たことの無かった充実感がありました。自分の中にあるものをほぼ全て出せましたし、野田さんはそれら全てをことごとくキャッチし、許し、理解してくださった。大袈裟でも何でもなく、毎公演、「演劇に携われてよかった」「俳優でよかった」と感じました。板の上でお芝居することにあれほど喜びを感じたことは無かったです。貴重な経験をさせていただきました。
――高橋さんから見た、稽古場での野田さんの印象は?
高橋:野田さんは俳優でもあるので、演出のみをされる方とはお芝居を作る過程の“楽しみ方”が違うように感じます。まずは、一旦、自由に芝居をさせてくださるし、本当に一緒に作品を作っていく方なのだと感じます。作品作りに対して確固としたやり方がありそうに見える一方で、座組の俳優のあり方に合わせた柔軟さをも併せ持っていて。稽古場でも「俺の世界だから壊さないで」という感じが一切無い。ご自分で戯曲を書かれているのに「こういう時って、こういう感情になるのかな?」と僕らに聞いてきたりもする。演出家に見えるときもあれば、常に全てを包括的に見る作家としての目を感じる時もあるし、俳優同士に思える時もあって。ひらりひらりと立場が入れ替わるのがいつも新鮮で面白い。不思議な方です。
――本番中の野田さんの様子は?
高橋:自分でわざと足をもつれさせてみたり、実験的なことばかりされるんです。常に舞台の上で何か新しい感覚を探しているような感じで面白いですし、刺激を受けます。野田さんはいつも舞台袖でみんなのお芝居をにこにこしながら眺めていらっしゃる。そんな野田さんをこっそり盗み見することも僕の楽しみの一つです。出番が近づくと「さあ、行くぞ!」という感じでぴょんぴょんと跳ねる野田さんの後ろ姿を見ているだけで、こんなにも板の上に向かうことにうきうきしている人とご一緒できて幸せだと感じます。
――『フェイクスピア』は、80年代の日本で起こった痛ましい時事と絡んだ物語でした。高橋さんが演じたmonoというキャラクターも、毎公演、途方も無いエネルギーで、心身もかなり消耗されたのでは?
高橋:たしかに題材が題材だっただけに、最初のうちは不安もありました。ですが、役に関連した時事について自分なりに調べていくうち、もしかすると自分はこの役は「やるべくしてやらせてもらうのかもしれない」と何か運命のようなものを感じ始めて。そこからはむしろ生き生きと演じていた気がします。決して「楽しい」のひと言では片付けられない役でしたが、野田さんやキャストの皆さんを信じていましたし、観てくれる方の心を何らかの形で動かす作品になり得ると信じていたので。
■器としての自分
――高橋さんは近年の取材で「役と自分の境界線が年々曖昧になっている」といった発言をされていましたが。
高橋:はい。今もそうですね。とても曖昧です。
――例えば役を演じ終えた後もその役の人格や影響からしばらく抜け出せなくなってしまうような体験はありましたか?
高橋:無いですね。自分が役になりきってしまう恐怖というのも、人からは聞いたことがありますが、自分で感じたことはいまのところ全く無いです。僕は自分を“器(うつわ)”のようなものだと思っていて。そこに何色の水が入って見え方が変わったところで、僕という器は変わらないというか。
――どんな器でありたいと思っていらっしゃいますか?
高橋:できる限りシンプルでありたいです。お客さんに見て頂きたいものは器の中に入っているので、外見を華美にする必要は無いというか。そういう意味では肉体至上主義なのかもしれません。
――日頃の体調管理はどのようにされていますか?
高橋:一日に一回、何らかの運動をするようには心掛けています。自分なりに何となく決めているメニューもあって。自転車も好きです。無心で漕いでいられるのがよくて。
――いま高橋さんが感じている舞台の面白さとは?
高橋:いろいろありますが、何よりも大きいのはホップ・ステップ・ジャンプの間隔の取り方の練習が許されるところです。テレビや映画といった映像の現場は、リハーサルはあるものの、舞台と比べるとジャンプまではほぼ一発勝負。何度も反復するわけにはいかない。ですが舞台だと、稽古場で、ここで助走して、こう踏み込んで、こうジャンプすれば、これくらい遠くまで跳べるかもしれないと、身体で覚えながら試していくことができる。
もちろん、映像の仕事でいきなりジャンプする面白さも時にはあるんですが、急に新記録を求められてもやはり難しい。ただ、僕の好きな監督の方々は、限られたリハーサル時間のなかで可能な限り反復する環境を整えてくださいます。映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(※5月26日公開)の渡辺一貴監督も黒沢清監督(『スパイの妻』。2020年公開)もそうですね。僕の好きな方々は皆さんとても演劇的なんです。
その点でも『フェイクスピア』はとても恵まれた座組でした。稽古場では野田さんとキャスト、スタッフの皆さんが一丸となって一生懸命にホップ・ステップ・ジャンプを繰り返す。野田さんは無駄や失敗を恐れずに、何でもまずは試しに全員でやってみる。それも僕にとってはNODA・MAPの醍醐味。一人で失敗するよりも、全員でトライ&エラーを繰り返すほうが血肉になりますし、皆さんのホップやステップから受けた刺激もたくさんありますから。そしてやっぱり、幸福な座組であればあるほど、ジャンプの飛距離もすごい記録が出るんです。
■メインの料理に添えられる人参のように
――まさにその成果のひとつとして、『フェイクスピア』は第29回読売演劇大賞(2022年)において大賞・最優秀作品賞に選ばれ、高橋さんは最優秀男優賞を受賞されました。
高橋:受賞はとても光栄でしたが、授賞式はちょっと居心地が悪かったですね…。というのも、賞をもらえる日が来るなんて思ってもみなかったので。「僕ってそういう俳優だったっけ?」と不思議な感じがしました。
――近年のご活躍と存在感を見れば、最早とてもそんなこともないと思いますが。
高橋:昔もいまも、僕は自分の物の捉え方がマイノリティだと思っているので。「こんな捉え方でも大丈夫ですか?」という芝居をひたすらやってきたというか。インプットがマイノリティならばアウトプットもマイノリティになるのは当然ですから。スパイス代わりに使われるのが妥当な存在だとずっと思ってきたんです。
――マイノリティな物の捉え方とは?
高橋:たとえば『フェイクスピア』の時は、お客様の心を動かしたいと思っても、皆さんに「届けよう」とは思っていなかったというか。その向こう側にいる近しい人に向けてボールを投げるような感覚で演じていて、お客様はあくまでその間にいる存在という感覚でした。NODA・MAPに限らず、板の上での僕はずっとそんな感じなんです。次の舞台が“兎”だからではないですけれど、メイン料理の端に添えられるとても美味しい人参でありたいと心掛けてきたような俳優人生でしたから、いまの状況は夢のようです。ひとえに野田さんや渡辺監督、黒沢監督のような理解者の方々と出会えた御縁のお陰だと思っています。
■新作舞台『兎、波を走る』
――『兎、波を走る』について聞かせてください。
高橋:脚本を読んで「こう来たか!」と驚かされました。下敷きにあるのは『不思議の国のアリス』の設定ですが、当然、物語は全く違います。虚実ないまぜの戯曲のなかに生まれる、新たな虚実の皮膜の間を歩くことになるのだろうと今から覚悟しています。それをいかにエンタテインメントな劇へと昇華させていけるかは、僕らキャスト次第というか。どういう意識で稽古に臨むかで野田さんの戯曲世界がどう広がるのかも変わってくるのではないでしょうか。
――共演の女性陣、松たか子さん、多部未華子さん、秋山菜津子さんについては?
高橋:松さんはドラマ『カルテット』(2017年)でご一緒した時と全く印象が変わりません。どんなお芝居も受け止めてくれて、僕が大暴投しても必ず捕球してくださる。とても信頼のおける俳優さんです。ただ、もし同級生だったら絶対に油断できない。テストの前に「勉強してる?」と聞くと「私、全然してなーい」と言ってバッチリいい点を取ってしまうタイプですね(笑)。だから松さんと走る時は、絶対に最初から全力で走らないとダメなんです。多部さんも相手のお芝居をしっかりと感じながらその場で対応される、とても信頼のおける方という印象です。秋山さんとは初めてですが、僕がお世話になっている白井晃(演出家・俳優)さんの奥さんというバイアスがかかっていますが(笑)、真摯にお芝居をされる姿がとても素敵で、お芝居をご一緒するのが楽しみです。
――男性陣の大倉孝二さん、大鶴佐助さん、山崎一さんについては?
高橋:大倉さんは相変わらず掴みどころがなくて。身を切るような話をしたかと思うと、次の日にはリセットされているような不思議な距離感の方。僕はその距離感が好きなのでこのまま保ちたいと思っています(笑)。佐助君は初めてご一緒しますが、非常に真面目で、しっかりとお芝居を作られる方だと感じました。山崎さんはお芝居を真摯に掘り下げていく大好きな先輩です。またご一緒できることが本当にうれしいです。
――『兎、波を走る』で、どんなジャンプを跳べたらと考えますか?
高橋:一生懸命取り組みますが、飛距離や記録を伸ばそうという考えよりも、そこまでの検証の過程が何よりも楽しみです。新記録が出る/出ないはあくまで結果論。「こんなに跳べた!!」と思えたらもちろんうれしいですけれど、それよりも野田さんから「もっと踏みこんでみてくれない?」と言われるような経験が何より楽しみで仕方がない。いまの僕は、そこに最も俳優としての幸せを感じているのだと思います。
撮影:門嶋淳矢
ヘア&メイク:田中真維(MARVEE)
スタイリング:秋山貴紀(A Inc.)
『兎、波を走る』SPOT映像(NODA・MAP公式YouTubeより)