補選「3分の2が不戦敗」が自民党史上いかに異様か過去例から説明。「おびえ」の背景にある党の裏金処分も
明日、衆議院議員補欠選挙が東京15区、島根1区、長崎3区で告示され選挙戦がスタートします。今回際立つのが自民党の弱腰で2選挙区を不戦敗としたのです。
うち東京15区は前職が公職選挙法違反を問われて辞職、長崎3区は政治資金規正法違反容疑で公民権停止を含む略式命令を受けて辞職したのにともないます。
確かに後継を立てるにははばかられる事情はあるにせよ、かつての自民党ならば、それでもむざむざと野党へ議席を譲るまいと党本部が弱気でも地元が突き上げて格好をつけてきたはず。それすらできないのは、やはり一連の裏金問題で吹きすさぶ逆風へのおびえが強烈だからでしょう。
本稿は「3分の2が不戦敗」が自民党史上いかに異様で、その背景にある「政治とカネ」への不信感を一層増大させたとみられる党の処分を重ね合わせて観察します。
減員区だからなどというヤワな政党でないはず
まずは不戦敗から。長崎3区は次期総選挙で「10減」される減員区の1つだから下手に自民公認が当選すると総選挙での候補者調整が難しくなるとか、1人を比例区へ回すと近年の十八番である「選挙区は自民、比例は公明」を訴えにくくなると公明から懸念が出されたとか推測されているものの、いやいや自民はそんなヤワな政党でないはずです。
直近ではやはり「10減」対象の山口4区の補選が23年、安倍晋三元首相の死去にともなって行われました。有力候補が次々と辞退するなか、それでも市議を公認候補に立てて勝利しているのですから。
名目上の「無所属」も実質的には自民公認だった
東京15区は小池百合子都知事が推す無所属候補を推薦する形で「事実上の勝利」とうたおうともくろむも、それすら及ばず完全な不戦敗。
過去の補選で名目上の「無所属」を支援する形式で臨んだケースはあります。でも実質的には自民公認でした。02年山形4区補選は大物の加藤紘一氏が事務所費問題で議員辞職したのにともなって実施され「不戦敗は許されない」と前回までライバル民主党の候補であった者を担ぎ出しています。同年の新潟5区も秘書給与流用疑惑で辞職した前職の代わりに非自民候補として衆参両院選で自民と対決した者を無所属で推薦。当選後に自民入りさせたのです。
この2例はあくまで自民主導の「無所属」で「小池印」にあやかろうという現状とは大きく異なります。その他力本願すら実現できないとは。
純粋な「不戦敗」は数えるほどしかない
純粋な「不戦敗」は数えるほどしかありません。
1999年の東京2区は議席を持っていた民主党議員が東京都知事選挙出馬のため辞職したのにともないます。自民は前回総選挙で敗北して比例復活を遂げた現職がいたので今ならばためらいなく立候補させていたでしょう。ただこの「前回」とは96年の初の小選挙区制での結果。不例復活した現職が辞職して同じ選挙区に出るのはわかりにくいとの声が大きく断念しました。まだ節操があった時代でした。
2000年の宮城6区は前職が公職選挙法違反で公民権停止3年となって辞職。同年は秋までに必ず総選挙が行われるため、主戦場をそちらへ移すと割り切って不戦敗を決め込みました。
21年の北海道2区も似た構図。収賄罪が疑われ(後に起訴)辞職した前職の代わりを立てず年内任期満了で必ず総選挙があるのを見越して不戦敗としつつ、自民へ秋波を送ってきた無所属候補の力量を見極める場にしたのです。
16年の京都3区は前職が不倫スキャンダルを「文春砲」に暴かれて辞職。不倫を理由とした辞職は史上初で非常に印象が悪く擁立を断念しました。
いったん野党に名をなさしめると尾を引く
言い換えるとこれぐらいしかないのです。記憶に新しいところでは23年の千葉5区。政治資金規正法違反で辞職した前職という図式にも関わらず自民は公認候補を出して「クリーンな選挙」を訴え、乱戦の末とはいえ当選を勝ち取っています。
最大の理由は不戦敗が尾を引く傾向が強いから。上記の不戦敗のうち次回の総選挙で自民が奪還(小選挙区での当選)した選挙区は1つもないのです。いったん野党に名をなさしめると現職の強みを身にまとって保守王国といえども追い落としは簡単でないのです。
だからこそ自民は原則、総選挙ですべての選挙区に公認候補を立てます。例外は連立与党の公明公認が立つ場合と保守分裂で収拾が付かないケースぐらい。
「離党の勧告」を食らった2氏
2つも不戦敗とした背景にある裏金問題の党処分の甘さも選挙事情とにらめっこして「どちらが得か」を推量したふしがあります。
最も重い「離党の勧告」を食らった塩谷立元文部科学大臣は前回総選挙で落選して比例復活。現時点の年齢で次回は比例区との重複立候補はできません。冷たくいえば「いなくても減らない議席」です。もう1人の世耕弘成前参議院幹事長は参院。次回の通常選挙は来年改選となります。一部報道で世耕氏が無所属で衆議院へ念願の「鞍替え」をするとも。
もしや禍福はあざなえる縄の如き展開かも。小選挙区の議席を持つ二階俊博元幹事長は次回不出馬を表明して「処分なし」となった代わりに後継者を立てなければいけません。誰であれ、その者が自民党公認ならば世耕氏は本来、鞍替えできないはず。処分を奇貨として堂々と(?)無所属として出馬できるのです。当選すれば時期を待つにせよ復党となりましょう。離党した者を除名にできないし。自民の場合「党籍」の有無が別途あるにせよ持ったまま小池百合子氏が東京都知事選挙で自民推薦候補を破って当選するなど、その辺は融通むげ。
「党員資格の停止」より痛そうな「選挙における非公認」
「党員資格の停止1年」の下村博文、西村康稔の両氏および「停止半年」の高木毅氏は、その後に解散総選挙が打たれたら事実上おとがめなしで自民公認となる公算大。期間中であっても自民が選挙区に対抗馬を出さなければ選挙は強いので無所属でも勝てそうです。むしろ処分としては1つ軽い「選挙における非公認」の方が痛かったかも。
波乱が起きるとしたら次期公認候補とほぼイコールの選挙区支部長から解任されるため執行部が別の誰かを送り込むか否か。
同じ「戒告」でも官僚だと大変
「党の役職停止」17人に至っては大半が既に辞職していて処分としての意味がほとんどありません。多少の痛みがあるとしたら執行部を構成する政務調査会長を辞した萩生田光一氏ぐらい。党内基盤を固めるには有効でも他の役職は対外的にさほどの効果はないのです。例えば「エッフェル姉さん」で騒がれた某議員は「党の役職」を辞任したのですが、何であったか覚えている方がどれほどいるか。
「戒告」17人は文書か口頭で注意されるだけ。限りなくおとがめなしに近い。これが官僚だったら大変です。国家公務員法に明記された懲戒処分で食らったら最後、出世に大きく響く恐れがあるのです。
苦肉の策であった岸田首相の「おとがめなし」
一転して岸田文雄首相の「おとがめなし」は苦肉の策。本来ならばトップとして相応の処分を自らに貸すべきところ「したくてもできない」ジレンマに陥りました。
重い順からの「除名」「離党の勧告」「党員資格の停止」はもとより下から3つ目の「党の役職停止」も「役職」=総裁ゆえ適用したら総裁選が必要になりそう。といって「戒告」だと誰が誰に注意するのかという妙な形を強いられて結局は何もなし。個人的には「選挙における非公認」ぐらい引き受ければよかったと思いますが。
結局のところ以上のような経緯をどう判断するかは有権者の1票。補選も含めて今後の国政選挙で主権者が裁くか見過ごすかを決める段階に至っているのです。