Yahoo!ニュース

焦る「JT」その理由〜加熱式タバコの出遅れ響く

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 どうやら日本たばこ産業(以下、JT)の尻に火がついたようだ。フィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)の加熱式タバコ、IQOS(以下、アイコス)のシェアが伸びて紙巻きタバコの市場を蚕食し始めたのを座視できなくなったのだろう。さらに平成30年度の税制改革で加熱式タバコへの課税に時間的期限が示され、製品開発を急がなければならなくなったことも大きい。

悩ましいJTのお家事情

 2018年5月1日、JTは早ければ年内に新型の加熱式タバコへ参入すると発表した。同時に、現在10都道府県で発売しているプルーム・テックの全国発売を9月から6月からへと前倒しするが、これはアイコスが全国発売された2016年4月から2年以上の開きとなる。一方、JTの2018年第1四半期の決算によれば、主要ブランドであるウィンストン(Winston)とメビウス(Mebius)の売上げは前年同期と比べて約1470億円下がった。

 日本と中国以外の海外市場をになうJTインターナショナル(以下、JTI)の寺畠正道・副社長が、JT本体の社長に昇格したのが2018年1月。小泉光臣・前社長と新貝康司・前副社長は退任し、財務省(財務次官)出身の丹呉泰健・会長はそのまま留任した。

 加熱式タバコと中国市場開拓時代を狙うと同時に財務省とのパイプを堅持した形だが、3300億円以上をかけたフィリピンやインドネシアのタバコ会社買収(2017年)とロシア4位のタバコ会社買収(2018年)などのM&A活動をひとまず終え、経営資源を製品開発に注力しなければならないとの焦燥感が見え隠れする。

 前身の日本専売公社から1985年に「半」民営化した後、早急に自立しなければならなかったJTは海外での市場開拓を進めてきた。JTIの本社はスイスにあるが、現地外国人社員を積極的に採用するなど国内専売時代の企業体質から脱皮しようとしてきたというわけだ。

 日本政府(財務省、株主は財務大臣)は、JTの株式を33.35%保有している。これは日本たばこ産業株式会社法によって政府が1/3以上の株式を保有する義務があるからだ。たばこ事業法により日本国内でタバコを製造できる組織は実質的にJTだけで、国内たばこ農家保護の観点からJTは国際価格よりも相対的に高い値段でタバコ葉を買い入れなければならない。

 歴代社長が財務省出身者だったというように、財務省はこれまでJTを金城湯池としてきた。退任した小泉・前社長、寺畠・現社長はJTプロパーだが、留任した丹呉・会長は財務省出身だ。自民党たばこ議連の会長は旧大蔵省出身の野田毅衆議院議員であり、議連の幹部に旧大蔵省・財務省出身議員は多い。

 JT株の保有により財務省は年間数百億円の配当を得ているが、これは財務省がほぼフリーハンドで使える財政投融資として各省庁や議員らに対する無言の圧力になっている。旧大蔵省・財務省出身議員を含め、JTの存在は政官財をつなぐタバコ利権の橋渡し役というわけだ。

 日本でタバコ規制や受動喫煙防止対策がなかなか進まないのは、こうした利権構造があることも大きな要因だが、JTはあるときはこれを利用し、あるときは財務省のクビキから抜け出そうとしてきた。象徴的なのは会長職に財務省出身の天下りを残した今回の人事だが、JTの本音を推測すれば国際競争に生き残るために完全民営化は必須と考えているのではないだろうか。

合従連衡を進めるタバコ産業

 21世紀に入る前後のタバコ産業は、たばこ規制枠組条約(WHO FCTC、2005年発効、以下、FCTC)への対応で幕を開けた。1998年にJTはR.J.レイノルズのタバコブランドの国際販売権を買収し、1999年にブリティッシュ・アメリカン・タバコ(以下、BAT)が英国のロスマンズを買収、インペリアル・タバコ(以下、IT)は2002年にドイツのレームツマを買収、JTに国際部門を売ったR.J.レイノルズは2004年にブラウン・アンド・ウィリアムソンを買収する(2017年にBATがR.J.レイノルズを買収)。

 FCTCで国際的にタバコ規制が強まることが予想され、先進諸国での健康志向の高まりや市場の多様化への対応を含め、タバコ産業は同業他社を飲み込むことで規模を大きくしようとしたというわけだ。

 2003年、その間隙を縫って登場したのが電子タバコだ。中国人が開発した新たなニコチン・デリバリー・システムは、次第に米国や英国などの市場に浸透していく。

 タバコ産業はかつて同じような製品を出したときの失敗体験から、電子タバコが市場に受け入れられることはないだろうと様子見だった。そのため電子タバコ対策が後手後手にまわり、JTが米国のプルームという電子タバコ会社に投資したのがようやく2011年、ITが中国の電子タバコ会社Cragoniteを買収したのが2013年だ。

 電子タバコの登場から約10年間、手をこまねいていたタバコ産業は、その後、自社で電子タバコを開発したり電子タバコ会社を買収したりするが、すでに力を付けて市場から資金を集めていたインディペンデントの電子タバコ会社を根絶することはできない。最近では新たなニコチン吸収法を開発した米国のJuulが大人気となり、そのキックのある使用感が紙巻きタバコに匹敵すると話題だ。

 日本国内に目を転じると、紙巻きタバコはその売上げを激減させている。たばこ税収の落ち込みに政府も重い腰を上げ、平成三十年度税制改正では2018年10月から1本あたり1円(20本入り20円)ずつ3回(2020年10月、2021年10月)に分けて税率を上げることにした。

画像

いわゆる「失われた30年」はタバコ消費の減衰と軌を一にする。2010年の増税と値上げにより販売代金は持ち直したが、ここ数年は売上げも急落している。一方、政府答弁によれば「日本におけるアイコス、グロー及びプルーム・テックに係る平成二十九年四月から同年十二月までの製造たばこの売上額については約三千九百九十三億円」(※1)ですでに10%以上になっており、紙巻きタバコの市場を喰いつつある。Via:日本たばこ協会より

JTIは新型タバコを開発できるか

 一方、加熱式タバコのほうはどうなるか。政府(財務省)は加熱式タバコの課税について「近年の国民の健康意識の高まりや喫煙環境の変化に対応して、健康影響を意識したたばこ製品が開発されることは、個々の事業者の経営判断として考えられる」とし「平成三十年度税制改正における加熱式たばこの課税方式の見直しは、事業者の開発努力等に配慮する観点から、五回に分けて段階的に実施していく」とする(※2)。

 改正前の加熱式タバコの税額は、アイコスのヒートスティック(マルボロ・レギュラー、460円、15.7グラム)192.23円(紙巻きタバコ比78%)、グローのネオスティック(ケント・ブライト、420円、9.8グラム)119.99円(紙巻きタバコ比49%)、プルーム・テック(メビウス・レギュラー、460円、2.8グラム)34.25円(紙巻きタバコ比14%)だった。これを改正税制だと2018年10月から2022年10月まで5年かけて5段階に分けて税率を上げることとし、重量では0.4グラムごとに紙巻きタバコの本数(0.5本)に換算し、小売り定価(消費税抜き)では紙巻きタバコ1本あたりの平均価格で紙巻きタバコの本数(0.5本)に換算し、両方で紙巻きタバコ1本として換算する。

 重量ではこれまで製品重量1グラムを紙巻きタバコ1本に換算していたものを、葉タバコと溶液(スティックなど以外の溶液も)の重量とする。つまり、アイコスやグローのような葉タバコのみで溶液を使わない製品では課税額が低くなり、プルーム・テックのような溶液を使う製品では逆に課税額が増える。

 ただ、5段階に分けての見直しというのは、これまでの旧課税方式(2018年9月まで)から1/5ずつ新課税方式へシフトさせていくもので、2018年10月では新課税方式の換算は1/5しかせず、残りの4/5は旧課税方式のままとなる。つまり、5年間の間にプルーム・テックのような溶液を使う製品は何らかの対策をしなければ、税制上かなり不利になるわけで政府はJTへ時間的な猶予を与えたという意味にも受け取れる。

 餅は餅屋というが、タバコ産業は基本的に葉タバコ栽培に依存するアグリカルチャーであり、こうした電気式デバイスの開発は荷が重い。実際どの製品も需要に供給が追いつかず、アイコスは1年保証だが保証前の故障対応に追われているともいわれ、一部投資家の間では無料修理や製品の取り替えなどが経営資源を圧迫しているのではないかと取りざたされている。JTにしてもプルーム・テックの供給ができず加熱式タバコの競争に出遅れた。

 すでに市場は飽和しているという報道もあるが、加熱式タバコのシェアでは相変わらずアイコスが独走している。PMIはアイコス以外の新型タバコを市場に投入したいのだろうが、アイコスの対応に追われ、ほかに手が回らない状態のようだ。

 JTはプルーム・テックをT-Vaporという、電子タバコ(E-Vapor)と加熱式タバコ(Heated Tobacco)との中間に位置づけている。プルーム・テックはその機構上、どうしてもニコチン量が少なく紙巻きタバコに匹敵する使用感がないともいわれる。

 日本ではニコチン添加式の電子タバコに販売規制がかけられ、その結果としてアイコス人気につながっているが、紙巻きタバコのユーザーを新型タバコへ導入させるにはプルーム・テックのようなT-Vapor方式では難しいだろう。JTとしては早急にアイコスのような使用感の強い加熱式タバコの開発をしたいところだ。

 PMIは、1990年代後半から2000年代初めにかけてオアシス(米国名アコード)という加熱式タバコを開発し、市場へ投入しようとしたが挫折した。紙巻きタバコに匹敵する味わいを再現できなかったことが主要因とされるが、PMIはそれから約10年の年月と累積3000億円以上の研究費をかけ、アイコスに結びつけた。

 JTは政府・財務省から研究開発の猶予期間を与えられていることになるが、米国の既存企業が持っていた技術を応用したと考えられるプルーム・テックでさえ需給マネジメントをうまくできていない。JTが多様化する喫煙者の嗜好に合わせた新型タバコを独自開発し、順調に市場展開できるのかどうか、超えるべき課題は多そうだ。

※1:内閣衆質一九六第二一二合 平成三十年四月十三日「衆議院議員初鹿明博君提出『健康増進法の一部を改正する法律案』、『諸外国における加熱式たばこの販売状況』、『米国における加熱式たばこの販売承認』及び『米国におけるニコチン量の規制』に関する質問に対する答弁書」より

※2:内閣衆質一九六第二〇七号 平成三十年四月十三日「衆議院議員古本伸一郎君提出たばこ税のあり方に関する質問に対する答弁書」より

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事