200年に一人の天才ボクサーが語る、統一ヘビー級王者
連載終了からおよそ1カ月。
現役時代、所属ジムの会長(協栄ジム、金平正紀)に「200年に一度の天才」と評された、元WBA世界ジュニアウエルター級1位、日本同級&ウエルター級王者の亀田昭雄に、レノックス・ルイスについて語ってもらった。
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レノックス・ルイスのように「安全運転」しかしないボクサーというのは存在します。そういうタイプの選手というのは、チャンピオンになる前に消えていくものです。しかし「安全運転」ばかりのファイトで統一ヘビー級王者になれたのですから、ルイスは稀有な男ですね。
こういう選手は、メンタル面を鍛えなければいけない。発想の転換で、ガラッと変わるボクサーというのも、僕は結構見て来ました。やはり気持ちの問題で、闘う姿勢は会得できるんです。
僕は今回、ルイスの足跡を目にしながら、エマニュエル・スチュワードがもう少し追い込めば良かったのではないか、闘う気持ちを教えるべきだったと思いました。ただ、スチュワードはルイスのトレーナーになった時点で、既に、業界ナンバーワンと呼べるポジションを確立していましたよね。何と言っても、トーマス・ハーンズを育てたトレーナーですから。
ルイスのレベルで世界ヘビー級タイトルマッチを戦えば、1試合のファイトマネーが最低でも10億円にはなる。米国の場合、トレーナーのギャラは選手のファイトマネーの10%が相場でしょう。スチュワードの最大の仕事はルイスを勝たせることだったから、あまり口うるさく言って、クビになるのは避けたい、という思いがあったかもしれません。スチュワードもビジネスですから。
僕自身、日本ウエルター級タイトルを獲得した試合は燃えました。次の試合が東洋太平洋タイトル、その次が世界なら、本気でボクシングに向かったでしょう。でも、日本チャンピオンになったら、そのタイトルの防衛戦が組まれてしまった。日本ランカーなら練習しなくても勝てると、モチベーションが半減してしまったんです。
世界ヘビー級王者とはいえ、ある意味ではルイスも、自分を燃えさせてくれるライバルがいなかった為に、中途半端な気持ちでリングに上がっていたのかもしれません。自分の力を出し尽くさなくても勝ててしまった…。実力はあったでしょう。「倒さなくても、勝てるなら無理しなくていいか」という気持ちだったんじゃないかな。そういうタイプは、やはりボクサーとしての魅力に欠けますね。
僕は今回、ルイスを思い出しながら、その対極にいたチャンピオンはマニー・パッキャオだったと感じました。パッキャオは、どんな試合でも必ず相手を倒しにいきました。最終ラウンド、残り10秒でもです。だからこそ、アメリカでスーパースターになった。フィリピン人が本場でトップに上り詰めるなんて、彼以外に考えられなかったじゃないですか。
ルイスというのは、例外的な王者でしたね。ボクシングファンというのは、通常、試合を見てスカッとするものなんです。でも、ルイスのファイトを目にすると、不満を覚えてしまうんですね。それでも統一ヘビー級チャンピオンになれるのだから、やはりルイスは例外ですよ。
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奇しくもPACMANは、レノックス・ルイスvs.マイク・タイソン戦の前座に登場し、第2ラウンドで挑戦者を沈めてIBFスーパーバンタム級タイトルを防衛している。フロイド・メイウェザー・ジュニアの前座を務めたファイトから、7ヶ月後のことであった。パッキャオが、メキシコの英雄たちと戦い始めるのは、ルイス・タイソン戦から1年半後だ。
改めて述べるまでもないが、パッキャオはルイスを遥かに凌ぐ伝説のファイターとなった。