恋愛ものか人生ものか。おじさん視聴者も気になる『くる恋』と『9ボーダー』の意外なバランス
春クールの連続ドラマがクライマックスに入っていく。記憶喪失の登場人物が多いことが話題になっているが、その中で、当初の予想とは逆の色合いを見せているのが『くるり~誰が私と恋をした?~』と『9ボーダー』だ。
しっかり者の主人公が29歳で会社を辞めて
『9ボーダー』は19歳、29歳、39歳の三姉妹の物語。「大台」を迎える前のラストイヤー。「LOVE」「LIFE」「LIMIT」の“3L”をテーマに、モヤモヤや焦りを抱えながら人生を前向きに進んでいくヒューマンラブストーリー、と公式サイトに謳われている。確かにその通りになってはいるが、「LOVE」の要素が突出した印象だ。
川口春奈が演じる主人公の大庭七苗は29歳の次女で、しっかり者。銭湯を営む家を、母が出ていった中で、幼い頃から切り盛りしてきた。会社でも最年少で副部長に抜擢。しかし、実情は雑務が増えて、子どものいる同期や今ドキな後輩のフォローにも追われ、やりたい仕事から遠ざかっていく。
気づけば周りは結婚していく中、元カレとその妻の前で左手の薬指に指輪をはめたり、姉妹にも「彼氏はいる」と見栄を張っていた。「どうなりたいんだ、私?」と悩み、3話で「どこかにポーンと飛んでみたい」と唐突に会社を辞めている。その辺はヒューマンストーリーの流れだった。
大台前でも恋愛模様がストーリーの軸に
一方、1話から記憶喪失のコウタロウ(松下洸平)と出会い、一緒に夜桜を見に行く。自身の葛藤を話したあと、コウタロウから「俺のこと、好きになっていいよ。きっと俺も君を好きになるから」と、完全に恋愛ドラマモードの台詞が出た。
3話では、コウタロウが「家族が見つかったかも」と北海道に出向いたまま音信不通になっていたが、何ごともなく帰ってきて、七苗の前にお土産を並べる。泣きながら「お帰り」と微笑む七苗にコウタロウがキス……というシーンが、SNSで反響を呼んだ。
七苗は実家の銭湯のリニューアルに取り組むが、5話でも夕焼けの中でのシルエットのキスシーンがあったり、コウタロウとの恋模様がストーリーの軸になったように見えた。
姉と妹にも想いを寄せる相手がいて
その七苗には、近所の酒屋で幼なじみの高木陽太(木戸大聖)が想いを寄せていて、三女で19歳の八海(畑芽育)は陽太に恋心を抱いているという構図も。
八海は浪人生という名目で実家にいるが、やりたいことが見つからずに悩んでいる。5話では、自分を妹のように見ている陽太に「好き」と打ち明けたが、戸惑うばかりの彼に「答えはわかってる」と伝えて、部屋で1人で泣いていた。
長女で39歳の六月(木南晴夏)は会計事務所を経営。カメラマンの夫とは4年間別居しながら、想いを残していて、離婚は拒み続けていた。
会計事務所では、面接にハムスターが入ったケージを持って現れた松嶋朔(井之脇海)を採用。手品を見せたりして和ませる彼には、笑顔を見せている。
4話では悩んだ末に夫に離婚届を渡したあと、泣いていた六月を松嶋が抱き締めた。5話では「つき合ってください」と言う松嶋に、思わず「ちょっと考えさせて」と応じ、家で「良くないでしょ、部下なのに!」と後悔していた。
波乱の中であっさり越えたボーダー
前回の6話では、置き手紙を残して失踪していた父親の五郎(高橋克実)が、実は三姉妹の弟である九吾(齋藤潤)を連れて戻ってきた。一家に大きな波乱が起こり、母親が亡くなっていたこともわかる。それぞれの恋愛は小休止の回だった。
そんな中、八海は誕生日を迎えて20歳に。タイトルになっている9ボーダーを、やけにあっさり越えた感じがした。10代ラストに、八海の何かが大きく変わったわけでもないままで、ちょっと拍子抜け。やはり「大台前」を描くというより、ラブストーリーに重点が置かれていくのだろうか。
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火ドラで記憶喪失とイケメン3人と
一方、『くるり~誰が私と恋をした?~』はTBSの火ドラ。『逃げるは恥だが役に立つ』を始め、『恋はつづくよどこまでも』、『君の花になる』など女性向けの恋愛ドラマ路線の枠だ。
生見愛瑠が演じる主人公の緒方まことは、階段を落ちる事故で記憶喪失になった。自分の名前も仕事も忘れていたが、カバンの中に男性用の指輪。恋人に贈ろうとしていたらしい。
そんな彼女の前に現れた3人の男性。会社の同僚の朝日結生(神尾楓珠)、元カレと言うフラワーショップ店主の西公太郎(瀬戸康史)、ひと目惚れして“運命の相手”と称する板垣律(宮世琉弥)。律はまこととの偶然の出会いを実は仕組んでいたりと、それぞれ裏があるようだが、全員まことの持つ指輪がピッタリとハマった。
という設定からは、記憶喪失を重く描く話でなく、その状況での生見とイケメンたちの四角関係を描くラブコメだと思われた。公式サイトのトップ画像もそういう雰囲気だ。
ラブコメよりも自分を探す物語の色合い
実際、1話から記憶喪失自体は、そう深刻には見せていない。ただ、まことが病院から自宅マンションに戻ると、部屋はものが少なく殺風景で、クロゼットには無難なモノトーンの服が並んでいて。
会社に行って、同僚たちに自分に関する話を聞いても、薄いエピソードしか出てこない。どうやら誰とも適当に表面だけでつき合い、悪目立ちしないように、ただ要領良く立ち回っていたようだ。
記憶にない自分に嫌気を覚え、買ってきた好きな服を着て出社。復帰後にサポートしてくれた派遣社員が、社員に押し付けられた仕事もこなしていたのに契約を切られると聞き、自分が代わりに辞めると衝動的に訴えた。「たぶん私、この仕事がそんなに好きじゃないんです。覚えてないけど」と。
この1話ではラブコメというより、まことが人生をリセットして、本当の自分を探す物語の色合いが感じられた。
2話でも就職試験で落ち続けながら、仕事選びは「好き嫌いか、向き不向きか」で悩む。結局、自分が持っていた指輪を作ったリングショップで、「ただやりたいんです」と職人として弟子入り。続く3話は、リング作りの修行メインだった。
蘇った8歳の記憶と無難に生きてた理由
4話は一転、まことが誕生日に律とデートする恋愛モード。日付が変わる直前、東京タワーの前で1人になっていた彼女の前に、3人が別々に駆け付けて鉢合わせになる少女マンガ的なシーンも。
イケメンたちに想いを寄せられるヒロイン。女性には夢のシチュエーションかもしれないが、このドラマのターゲットでないおっさん視聴者としては、「結局こういう話か」と正直興醒めだった。だが、そのまま恋愛メインにシフトすることはなく、5話でまことは母親と義父がいる実家を訪ねる。
そこで蘇ったのが8歳の頃の記憶。両親の離婚が決まり、母親に「本当は(父と母と)どっちが好きなの?」と聞かれ、「選べるわけがない」と思いながら何も答えられずにいた。
「ここにいたのは、お母さんにとっての私をやってた私。誰かのための私をやるのが、本当の私だった。無駄なく堅実に人生失敗しないように、必死に頑張ってきたんだね」と涙ぐむ。記憶を失くす前の生き方の理由が、図らずも明らかになる。
女性視聴者をときめかせる以上のもの
この帰省には朝日が「心配だから」と同行して、まことを抱きしめたりと、イケメン3人は張り合いながら、女性視聴者をときめかせるシーンが随所に盛り込まれている。だが、全体的には、まことの人生やり直しが主軸のまま。
ちなみに、生見はGP帯の連続ドラマでは初主演。バラエティでのイメージが強かった中で、『風間公親-教場0-』や『日曜の夜ぐらいは…』などに出演した頃は、予想外の演技のうまさに驚かされた。
今回はもはや、うまいとも感じさせないくらい、うまい。繊細な感情をごく自然体で見せて、気づけば引き込まれて胸を打たれている。
ともあれ、このドラマのサブタイトルは「誰が私と恋をした?」。次の8話では、3人のまことを巡るつばぜり合いが激しくなるようだ。他の男からの連絡は一切ないが、指輪を贈ろうとした相手は誰だったのか? ミステリー的な部分も明かされていくのだろう。
やはり恋愛話に収れんしていくのか。だとしても、記憶を少しずつ取り戻しているまことが、より大きな意味でどんな人生を歩むか気になる。中年の男性視聴者としても、意外なほど目を離せないドラマになっている。