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米国の核が日本を狙う可能性を考えない愚かさ

田中良紹ジャーナリスト

 トランプ政権が「核戦略の見直し(NPR)」を発表した。米国は核爆弾を小型化することで通常兵器やサイバー攻撃に対しても核兵器を使用する方針である。これに対し河野外務大臣は「同盟国への抑止力拡大を明確にした」として「高く評価する」と述べた。

 核兵器の小型化は日本を守ってくれると判断した発言である。しかし米国が核戦力を見直すのはあくまでも自国の安全を第一に考えた結果であり、「同盟国を守るため」というのは「付け足し」に過ぎない。

 「同盟国を守る」ために核兵器を使うことが自国の安全に寄与するなら「同盟国は守られる」が、逆にそれが自国の安全を危うくするなら「同盟国は切り捨て」られる。「同盟」とは自国の利益を守るための協力関係であり、同盟国と運命を共にすることではない。

 冷戦後に「唯一の超大国」として世界の「一極支配」を目指した米国が、なぜ今「核戦力の見直し」を図らなければならないか。私は米国が「一極支配」するほどの力がなかったことを自覚し、ロシア、中国などとの「多極支配」が現実になる中で、わずかでも優位性を保とうとする焦りの現れだと思う。

 しかもそのことは冷戦終結時に一瞬だけ期待された「パックス・アメリカーナ(アメリカによる世界平和)」が消え、冷戦時代と同様の「軍拡競争」が再開されることを意味する。ロシア、中国は米国の核戦略見直しを受け対抗するための戦力増強を図ることになるだろう。

 これに対し、今や一国だけの力に限界を感じている米国は同盟国に負担の分担を求める。その「殺し文句」が「同盟国に対する抑止力の拡大」という説明になる。安倍政権は北朝鮮情勢の緊迫化が政権維持のキーポイントだから、「抑止力の拡大が明確になった」と「高く評価」することにしたのだ。

 しかし視野狭窄と思える安倍政権の判断を横に置けば、これから始まるのは世界規模の「軍拡競争」と「現実の核戦争」である。従来の核兵器は存在を誇示することで相手を脅す「見せびらかす兵器」であったが、小型化された核兵器は使用するための兵器であり、これからの世界はいよいよ「本物の核戦争」が起こる。それを唯一の被爆国である日本政府が認めたのである。

 第二次大戦後の冷戦時代は米ソが核戦力で優劣を競い合った。核弾頭の数と運搬手段のミサイルの性能で米ソは競走した。どこにミサイルが配備されているかを探るのがCIAとKGBの仕事で、ミサイルの発射場所は地上から地下に潜り最後は海底深く行動する原子力潜水艦になった。

 冷戦末期には広い太平洋が原子力潜水艦の活動舞台となり、南太平洋の島々で米ソが補給基地を巡る争奪戦を行った。私が取材したパラオでは大統領が次々に暗殺されるという不可解な事件が続きCIAとKGBの暗躍が噂された。

 私の考えでは冷戦を終わらせた軍事的要因は二つある。一つはレーガン政権が「スターウォーズ計画」という宇宙空間でミサイルを撃ち落とす構想を発表したことである。いまだに完成されない荒唐無稽な計画だが、しかしそれがソ連の軍事負担を増やすことになりソ連経済を圧迫したと米国の専門家は言う。

 もう一つは湾岸戦争で世界中が注目した精密誘導兵器の開発である。核兵器は市民も巻き込む大量破壊兵器で国際的に非難されるが、こちらはピンポイントで敵を破壊するため非難が少ない。それを見せられてゴルバチョフ大統領は冷戦の継続を断念した。

 大量破壊であるがゆえに核兵器は「使用できない兵器」で米ソが核を撃ちあうことはなかった。米ソは弾頭の数と発射場所を競い合っただけである。競争の結果、ソ連が崩壊して冷戦は終わった。それは米国の勝利と言えるが、同時にソ連の核管理体制をも崩壊させ、米国は核拡散の危機に直面することになる。

 ソ連崩壊後に米国が潜在的敵性国家と定義した国はロシア、中国、ドイツ、日本である。米国に脅威を感じさせる国は「同盟国」であろうとも「敵」と看做すのが米国である。ロシアと中国は軍事的脅威でありドイツと日本は経済的脅威と考えられた。

 高度経済成長を成し遂げた日本の経済構造は転換を迫られ、日本をけん制するために米国は中国と手を組む。その一方で中国の軍事的脅威をけん制するために日本に軍事面での従属を求め、それには北朝鮮の核脅威が米国にとって好都合だった。

 しかし「唯一の超大国」として米国の価値観を世界に広めようとした結果、それに反発したイスラム過激派から本土にテロ攻撃が仕掛けられ、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んで先制攻撃の対象としたことから、イスラム過激派との「テロとの戦い」は泥沼に陥り、北朝鮮は「座して死を待つより」本格的な核開発に乗り出すことになる。

 日本経済をけん制するために中国を世界経済に招き入れたことは中国経済を米国を脅かすほどの存在にまで高める。そうなれば米国は日本に反中国の役割を負わせて中国包囲網を作らせ、また米国に次ぐ軍事大国ロシアに対してはEUを使って包囲網を狭めていく。

 しかし中国はまもなく米国を経済力で上回る勢いであり、ロシアも軍事力に於いて米国に引けを取らない。その中露が接近する一方で中国と欧州が結びつきを強めている。ユーラシアが一体となれば米国は世界の中心から外れる。

 冷戦後の米国の戦略は、米国が圧倒的な力を持って世界に君臨し、世界を米国の価値観で覆い、「パックス・アメリカーナ」を実現する夢とは程遠い現実を招いた。それが「アメリカ・ファースト」を叫び「世界の警察官を辞める」というトランプ大統領を生み出す。

 かつて「スターウォーズ計画」という荒唐無稽な計画でソ連の経済力を削いだように、「軍拡競争」に持ち込んで相手国の経済力を削ぎ米国が優位に立つ思い出から米国は抜けられない。北朝鮮に軍事圧力をかけるのも、本当に攻撃するのではなく攻撃すると見せて相手にプレッシャーを与えれば相手が崩壊してくれると思い込んでいるからだと私は思う。

 核兵器の小型化は「本当に使うぞ」と相手にプレッシャーをかけるやり方だが、それが冷戦を終わらせた時と同様の効果を持つのかが問題である。相手が屈しない場合、「大量破壊兵器ではない」というエクスキューズから、本当に使われる可能性がある。

 そして問題なのは核兵器を持っている国はあるが、使った国は米国しかないという歴史的事実である。米国が広島、長崎に原爆を投下した時、原爆投下の必要性はまるでなかった。日本が終戦工作を行っていることを米国は知っていたし、敗戦を認めさせるなら無人島に投下して威力を見せつけるだけで良かった。

 しかし米国は地形や人口、風向きなどを調べたうえで広島に投下した。現実の原爆の効果を知るためである。核兵器の小型化はそうした米国人の性向を考えると極めて憂慮せざるを得ない。実験を兼ねた投下が現実に起こりうる可能性を考えてしまう。

 安倍政権のようにすべて米国の言うことを聞いて奴隷のままでいるならば日本はターゲットにならないかもしれない。しかし去年公開された日本映画「シン・ゴジラ」は米国が同盟国の首都東京に核爆弾を投下しようとする話だった。ケースによってそれはありうるのである。それを考えない人は愚かと言うしかない。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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