歯が抜けると「肺炎死」のリスクが上がる
我々の歯は、加齢とともに少しずつ抜けていく。親知らず以外の歯28本が、高齢になっても全て残っている人はほとんどいない。歯を失う理由の一つは歯周病だが、口の中のケアと肺炎には関係があることが知られ、残っている歯の数で肺炎死のリスクがわかるかもしれないという研究論文が出た。
高齢になっても自分の歯で食べたい
80歳になっても自分の歯を20本以上保とうという「8020運動」というものがある。日本歯科医師会が中心になって設立した8020推進財団が提唱している運動で、厚生労働省の調査(※1)によれば日本人の歯の喪失率と本数は減少傾向にあるようだ。8020運動が奏功しているのかもしれない。
減少傾向にあるとはいえ、自分の歯(永久歯)を1本でも失った人の割合は、50〜54歳で61.5%、60〜64歳で79.2%、70〜74歳で87.4%、80〜84歳で93.8%となっている。失った歯の平均本数は、50〜54歳で2.0本、60〜64歳で4.6本、70〜74歳で8.6本、80〜84歳で12.9本であり、80歳以上の高齢者では約半分の歯を失っていることになる。
歯にも寿命があり、70歳前後になると自然に抜ける歯も出てくる。それ以外の抜ける原因は、主に歯周病と虫歯だ。厚生労働省のホームページ「歯の喪失の原因」(2018/04/14アクセス)によれば、40代から歯周病による歯の喪失が増え、全体として60代に抜歯本数のピークを迎える。
歯の寿命を長くするためにはどうすればいいのだろうか。前述した8020推進財団のホームページによれば、定期的に歯科検診を受け、自分の歯の健康状態を把握し、細菌が繁殖しやすい歯石などを除去し、歯周病などの治療を受けることなどが重要となる。また、口の中を清潔に保ち、適正な歯磨きや歯肉マッサージ、食事の際の咀嚼回数などにも気をつけるべきだ。
タバコは歯周病のリスクを高める
歯周病は単に歯を失うだけではなく他の病気になるリスクも高める。
よく知られているのが糖尿病だろう。歯周病は2型糖尿病と糖尿病性腎症の凶悪なリスク因子だ(※2)。脳卒中などの心血管疾患との関連も疑われている(※3)。歯周病の患者は、虚血性心疾患やアテローム性動脈硬化症などのリスクが高まるようだ。
喫煙も歯周病のリスクを高める。タバコを吸う人はそうでない人に比べ、タネレラ・フォーサイシア(Tannerella forsythia)という歯周病菌が口の中に多いことが知られているが(※4)、禁煙者と比較した疫学調査でもタバコが歯周病のリスクを高めるという多くの調査研究がある(※5)。ただ、心疾患との関係では、喫煙などが歯周病の交絡要因になっているのではないかという指摘もある(※6)。
いずれにせよ、歯周病が炎症を引き起こし、それが健康に対して様々な悪影響を及ぼしている可能性は高い。前述したもの以外では肺炎を引き起こすことが知られ、口の中を清潔にすると高齢者の肺炎リスクを下げる効果がある(※7)。
歯周病は高齢者が歯を失う大きな理由だが、歯の損失と肺炎の死亡率との関係について新しい研究論文(※8)が米国の科学雑誌『PLOS ONE』オンライン版に出た。これは名古屋大学や九州大学などの研究者による疫学調査で、日本全国の歯科医師が協力してデータを蓄積しているコホート研究「LEMONADE Study」を使っている。
残った歯の本数と肺炎死の関係とは
研究者は、2001〜2006年のデータ(親知らず以外の失った歯の数、生活習慣、健康状態についてのアンケート調査、1万9775人、51.4±11.7歳、男性92.0%)をこのコホート研究から入手し、肺炎による死亡率との関連を調べた。
ハザード比(HR)は、性別、年齢、BMI、喫煙状況、運動、糖尿病歴を調整して出した。また咀嚼力減退による影響をなくすため、誤嚥性肺炎による死亡は除いている。経過観察期間の9.5年(中央値)の間の肺炎による死亡者は68名だった。
その結果、歯を失う本数に応じて肺炎の死亡リスクが有意に上がることがわかったという。全ての歯を失った人は半分まで(0〜14本)しか失っていない人に比べ2.07倍のリスクがあり、15〜27本の歯を失った人の場合は同じく1.60倍のリスクがあることがわかった。これを1本あたりのリスクに換算すると1.031倍となり、失う歯の本数が増えるほど肺炎死のリスクも上がるようだ。
なぜ歯を失うと肺炎になるのだろうか。研究者は、歯周病による炎症により肺炎が引き起こされやすくなるのではないか、歯周病菌とその酵素が肺の組織に何らかの悪さをするのではないか、歯を失ったことで咀嚼力が落ち、栄養不足になったことが影響しているのではないかなど、いくつかの原因を考えている。
歯を失う原因は歯周病だけではないが、高齢になってもなるべく多くの歯を残しておきたい。若いうちからオーラルケアに気をつけておけば、年をとっても自分の歯で食事を楽しむことができ、それは栄養摂取も含めて様々な病気のリスクを下げるはずだ。
※1:厚生労働省:平成28年 歯科疾患実態調査結果の概要(PDF:2018/04/14アクセス)より
※2:Aramesh Saremi, et al., "Periodontal Disease and Mortality in Type 2 Diabetes." Diabetes Care, Vol.28(1), 27-32, 2005
※3:Armin J. Grau, et al., "Periodontal Disease as a Risk Factor for Ischemic Stroke." Stroke, Vol.35, Issue2, 496-501, 2004
※4:J J. Zambon, et al., "Cigarette Smoking Increases the Risk for Subgingival Infection With Periodontal Pathogens." Jouranl of Periodontology Online, Vol.67, No.10s, 1050-1054, 1996
※5:D F. Kinane, et al., "Smoking and Periodontal Disease." Critical Reviews in Oral Biology & Medicine, Vol.11, Issue3, 2000
※6:Peter B. Lockhart, et al., "Periodontal Disease and Atherosclerotic Vascular Disease: Does the Evidence Support an Independent Association?" Circulation, Vol.125, Issue20, 2520-2544, 2012
※7:Takeyoshi Yoneyama, et al., "Oral Care Reduces Pneumonia in Older Patients in Nursing Homes." Journal of the American Geriatrics Society, Vol.50, Issue3, 430-433, 2002
※8:Sino Suma, et al., "Tooth loss and pneumonia mortality: A cohort study of Japanese dentists." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0195813, 2018