絶対王者の足をすくった「カップ戦の妙」【天皇杯準決勝】川崎(J1)vs大分(J1)
■川崎と大分、それぞれの「勝たなければならない」理由
12月12日、天皇杯JFA第101回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の準決勝2試合が行われた。カードは、川崎フロンターレvs大分トリニータが等々力陸上競技場、浦和レッズvsセレッソ大阪が埼玉スタジアム2002。それぞれの勝者が、12月19日に東京・国立競技場で開催される決勝戦に進むこととなる。今回は14時キックオフ、J1優勝の川崎とJ2降格の大分が顔を合わせる、等々力のカードを選んだ。
J1では2連覇、4回目の優勝を果たしている川崎は、この天皇杯でも2連覇を狙っていた。とはいえ、昨年の天皇杯優勝については「2試合勝利しての優勝」だったことは、留意する必要がある。前回大会は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、大会方式を大きく変更。J2とJ3の優勝クラブが準々決勝から、そしてJ1の上位2クラブが準決勝から、それぞれ参戦するレギュレーションとなっていた。
昨年の天皇杯は、記念すべき第100回大会だった。それだけに、主催者側としては「アマチュアだけの大会」にしたくなかったことは、容易に想像できる。その一方で、長い中断で過密日程となったJリーグに、迷惑をかけたくないという思いもあった。かくして、上記したレギュレーションが実施されることとなり、ブラウブリッツ秋田(準決勝)とガンバ大阪(決勝)を破った川崎が、天皇杯初優勝を果たすこととなった。
そんな川崎も、大阪で開催された2016年大会の決勝では、鹿島アントラーズに苦杯を喫している。あれから5年が経ち、6つのタイトルを獲得して国内での「絶対王者」となった川崎。そんな彼らが、2試合に勝利しただけで手にした天皇杯に、どれだけ満足しているだろうか。おそらく今大会では、リーグ戦と並行しながらトーナメントを勝ち抜き、このタイトルを堂々と掲げたいはずだ。
対する大分は、ここで敗れれば今シーズンは終了。退任が決まっている片野坂知宏監督は、天皇杯敗退が決まった翌日には、大分のファンやサポーターに向けて惜別の会見を行うことになっていた。相手が絶対王者の川崎であっても、共に6年間戦ってきた片野坂監督とは、1試合でも多く戦いたいと誰もが願っていることだろう。立場は違えど、川崎と大分、それぞれに「勝たなければならない」理由があった。
■絶対王者の川崎に対して120分持ちこたえた大分
この日は入場者数の上限が撤廃され、等々力のスタンドには1万7595人もの観客が詰めかけた。もちろん、そのほとんどが川崎のサポーターである。県協会がハンドリングする天皇杯でありながら、フロンパークの屋台はいつもどおりの賑わいを見せ、ふろん太とカブレラのマスコット2体も通常稼働。リーグ戦のホームゲームと変わらない雰囲気の中、川崎は大分を迎えることとなった。
すでにリーグ戦は終わっているため、負傷のため帰国したジェジエウを除けば、川崎のスタメンはベストメンバー。しかもベンチには、小林悠やマルシーニョといった、スタメンでもおかしくない面々が並ぶ。一方の大分は、最終節に出場していた呉屋大翔、増山朝陽、野嶽惇也の3選手がベンチにもいない。いずれも今季の夏に加入しており、前所属で天皇杯に出場していたためメンバー外となった。
戦力の充実度はもちろん、選択肢においても川崎は大分を凌駕していた。当然ながら、試合は川崎ペースで進む。面白いように決定機を作る絶対王者に対し、大分は亀の甲羅のような固い守備で対抗した。今季得点王のレアンドロ・ダミアンに対しては、エンリケ・トレヴィザンとペレイラの両センターバックが的確に対応。シュートは打たせても、ゴールは割らせない。そして際どいシュートに対しては、元川崎のGK、高木駿が見事なセーブを連発した。
川崎の鬼木達監督は、65分に大島僚太に代えてマルシーニョを、さらに82分には旗手怜央とレアンドロ・ダミアンを下げて知念慶と小林を投入。攻撃の層をさらに厚くして、90分での決着を図ろうとする。それでも、両者スコアレスのまま延長戦に突入。そして113分、ついに均衡が破れる。途中出場の小塚和季が右から折り返し、最後は小林が飛び込んでネットを揺らした。
延長戦のアディショナルタイムは4分。それでも大分は、最後まで諦めなかった。失点の直後、片野坂監督はDFの羽田健人をピッチに送り出し、エンリケ・トレヴィザンにパワープレーを指示する。そして120+1分、川崎に負傷者が出て1人少ないタイミングで、下田北斗が右サイド後方からクロスを供給。これをエンリケ・トレヴィザンが頭でとらえ、ボールはそのまま川崎ゴールに吸い込まれていった。
■敗れた川崎が真の意味で「絶対王者」となるために
120分を通してのシュート数は、川崎の28本に対して大分は8本。延長後半の15分だけで、実に8本のシュートを浴びながら、それでも大分はしたたかにPK戦に持ち込むことに成功した。先攻の大分は2人目と5人目、後攻の川崎は2人目と4人目が失敗。サドンデスの状態は7人目まで続き、大分の町田也真人は成功。川崎の山根視来のシュートは、高木の右手1本に弾かれる。この瞬間、大分にとって初となる、天皇杯ファイナル進出が決まった。
試合後の両チームのキャプテンのコメントを紹介しよう。まずは、古巣相手にファインセーブを連発した大分の高木。「自分でもびっくりするくらい当たっていました」と笑顔で振り返りながら、こう続けた。
「(PK戦のデータは)頭に入れていましたが、知っている人が多すぎて、やりにくさはありました。今日は調子が良かったので、身体と目と予測が上手く噛み合っていれば、あまりデータを意識しなくても良かったと思います。最後、自分が止めたら終了とは思っていなかったんですよ。みんなが駆け寄ってきて、それで『あ、勝ったんだ』と(苦笑)」
一方、敗れた川崎の谷口彰悟。失点のシーンについて「(遠野)大弥がケガをして10人という状況の中、一番気をつけなければならないところで(下田)北斗をフリーにさせてしまいました」。ちなみに下田も、昨シーズンまで川崎の所属。続きを聞こう。
「ずっと押し込んでいましたけど、なかなかビッグチャンスというか、相手のゴールに迫って行くような時間帯は多くなかったと思います。リーグ戦と違って、どちらかに差がつくまでやるのがカップ戦。そこを割り切って(相手は)守っていた印象でしたね」
今季も川崎は、複数のタイトル獲得を目指していた。しかし、YBCルヴァンカップではアウェーゴールで、そしてACLと天皇杯ではPK戦で、いずれも敗れ去ることとなった。リーグ戦では無類の強さを見せていたものの、アウェーゴールやPK戦といった不確定要素が絡むカップ戦では、結果が残せなかった川崎。真の意味での絶対王者となるためには、この「カップ戦の妙」というものを克服する必要がある。
そして、カップ戦の醍醐味というものを、存分に表現してみせた大分。12月19日の決勝の相手は、浦和に決まった。今大会はベスト8の時点で、すべてJクラブとなり、しかも大分を除く7クラブに優勝経験があった。そうした中、それまでベスト8が最高だった大分が、ついに決勝の舞台までたどり着いた。元日の晴れがましさこそないものの、話題性に富んだ決勝になりそうだ。
<この稿、了。写真は筆者撮影>