難民受け入れは義務かー岐路に立たされるEU
10月2日、ハンガリーで難民受け入れの是非について国民投票が行われ、焦点となっていた投票率は43%と投票成立要件の50%を下回ったが、投票した人の反対は98%と反対派が多数を占めた。これにより、法的な根拠はないものの、ハンガリーのオルバン首相が「加盟国の民意を無視するのか」と、EU批判を強め、受け入れ抑制の主張を強めることは必至だ。
今まで受け入れに積極的であったドイツもメルケル首相が「時計の針を戻したい」と失敗を認めるなど、EUの難民政策が大きく変わりつつある。
国民投票が行われた理由
昨年の「難民危機」を受けて、2015年9月にEU内相・法相理事会がイタリアやギリシャに滞留する計16万人の難民を加盟各国が人口割合に応じて義務的に分担することを決定したが、これに対しハンガリーなどの東欧諸国が反発。ハンガリーは1294人の受け入れが割り当てられた。
今回の国民投票は、「議会の承認を得ずに、非ハンガリー市民のハンガリー移住を義務化する権利をEUに与えることを望むか」を問うもので、ハンガリーのオルバン首相が主導。移民を「毒」とも表現するオルバン首相は民意の後押しを得て、EUが決めた政策を拒否する狙いがある。
EUの基盤を揺るがす事態に
一方、こうしたハンガリーの態度に対して、国内外から批判が強まっている。
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の広報官は「ハンガリーは難民の権利を厳しく制限し、問題を解決する気が全くない」と強く批判。
国内では約20のNGOが今回の国民投票を非人道的だとして、国民に投票を控えるよう求め、野党・社会党も「社会に緊張をもたらす大衆迎合的策略」だと強く批判した。政府が作成したパンフレットは、移民とテロを結びつけるなど、国民の不安を煽るものとなっている。
また、ルクセンブルク外相は「難民問題でEUの価値観を著しく侵害しているハンガリーを一時的もしくは永久にEUから締め出すべきだ」と、ハンガリーの難民対応を激しく非難。ハンガリーは今までセルビアとの国境にフェンスを建設して国境を封鎖し、難民を追い返すなどの対応を取ってきたが、「言論の自由や司法の独立も尊重していない」と非難した。
EUのユンケル欧州委員長も国民投票について「危険だ」と警告し、「EUが何か決めるたびに国民投票をやっていたら法の支配そのものが危うくなる」と批判してきた。
これに対し、ハンガリーのシーヤールトー・ペーテル外相は「他国の失敗による負担を負う義務はない」と反論し、コバチ政府報道官は「我々には自分たちとともに生きる人々を決める権利がある」と主張。
確かに、「我々には自分たちとともに生きる人々を決める権利がある」という主張は一定の説得力を持つが、EUにとどまりながら「義務」を放棄することは許されるのか、という反対意見も強い。仮にこれが許されてしまえば、ユンケル欧州委員長が主張するとおり、「法の支配そのものが危うく」なり、EUの基盤を大きく揺るがすことになるだろう。
また、イギリスの利益に見合ったEU改革を狙ったBrexitもその一環だが、EUへの反発のために国民投票が頻発し、その度にEUが停滞してしまう恐れもある。
国益の共有と対立
だが、こうしたEUが決定したことに対して、加盟各国が反対するケースは今に始まったことではない。
1980年代はじめには、加盟国間の対立が深まり、EU理事会で決定されたことに加盟国が相次いで否決。欧州統合に懐疑的なユーロペシズムが蔓延した。
だが、日米に国際競争力で遅れをとっていた加盟国は危機感を募らせ、統合の強化・発展を目指し、欧州議会の権限も強化されていくこととなる。
1985年にはEU域内の移動を自由化するシェンゲン協定が署名され、経済的恩恵は拡大していった。このように、EUの加盟国は、主権を一部譲渡する代わりに、欧州統合の大きな利益を受けることに成功してきた。また、それは経済的な利益に限らず、隣国同士で武力行使を行うことのないよう、西ヨーロッパの平和を享受することにもつながってきた。
しかし、加盟国が増え続け、世界的にも低成長が続くと、加盟国間で不均衡が生じるようになる。その結果起きたのが、債務危機と難民危機である。
ドイツは、加盟国が増えたことで、相対的に安くなったユーロの恩恵を受け輸出を伸ばし安定的な経済成長に成功する一方、ECB(欧州中央銀行)に権限を委譲し、金融政策を自由に行うことができず、ドイツが主導する緊縮財政に抗うこともできなかった南欧諸国はリーマンショックから立ち直ることができずに、債務危機にまで陥る事態に発展した。
ドイツはプライマリーバランス(歳入と歳出のバランス)ゼロを達成しているにも関わらず、だ。
そして、人手不足な状況にあったドイツは戦後から積極的に移民を受け入れ、人道的な理由から旧ユーゴスラビアなどからも大量の難民を受け入れてきた。
一方、今回国民投票を行ったハンガリーなどの東欧諸国は共産政権時代、外国人受け入れに消極的で、特にハンガリーはオスマン帝国に支配されていた歴史を持つため、イスラム教徒に対して忌避感が強い。
そうした中、悪化の一途をたどるシリア内戦によって400万人以上の難民が発生し、ドイツが先陣を切って難民受け入れを発表。さらに、最初に難民が到達した国が、難民の扱いに責任を持つダブリン協定をシリア難民に限っては適用しないと発表した。
シリア難民の多くはドイツを目指し、海を渡ったが、その途中でハンガリーを通らざるを得ないだけではなく、EU加盟国に難民受け入れの分担を求め、既に述べたとおり、それはEU理事会で決定されることとなった。
つまり、勝手に難民受け入れを決めた癖に、他の国にまで負担させるなよ、というのが東欧諸国を中心とした難民受け入れに反対している国(国民)の本音だ。
このように、当初は(少なくとも現時点よりは)国益が共有化されていたEUであったが、徐々に加盟国間で不均衡が生じてきた、というのが現状のEUである。
そしてこうした国家間、ブリュッセル(EU本部)とハンガリーの対立は、Brexitに賛成・反対を投じた層が分かれたように、都市と地方、富裕層と低所得層、エスタブリッシュメントと非エスタブリッシュメント、と共通した違いを見出すことができるだろう(参考:終焉に近づくトランプ現象とその先)。
理念とエゴ
そう考えると、ハンガリーのことを「エゴ」だと簡単に糾弾することはできない。ドイツのメルケル首相が「失敗」と認めたのも、無秩序に難民を受け入れようとしたのは誤りであったと気付いているからだ。対応策として、「バルカンルート」と呼ばれる難民の移動経路を完全に遮断するため、国境警備隊を増やすことが決まっている。
一方で、国民の支持を得るために、難民の脅威を誇張し、国民の不安を煽る行為を認めることはできない。
EUの設立理念は平和であり、個人の自由、法の支配、である。それらを踏みにじるようでは、共産政権時代に舞い戻ることとなり、結果的には国益も損なうだろう。
EUにとっては、ハンガリーやポーランドなど東欧諸国だけに留まれば大きな問題にはならないだろうが、オランダやデンマーク、そしてフランスやイタリアにまで広がれば、EUが崩壊するリスクも現実味が増してくる。おそらく政権をとるまでにはならないだろうが、フランスの国民戦線やイタリアの五つ星運動など、反EU勢力は確実に伸長している。
今後、もちろん今に始まったことではないが、EU本部はEUの理念を見失わずに、各国の利益を守るという難しい舵取りが求められる。必要に応じて、加盟国の権限を分けるなど、価値観を共有できない国を"追い出す"必要もあるかもしれない。
今世界が共通して立ち向かっている課題は、グローバル化、経済自由化によって取り残された中間層以下の人々をどう救うか、である。自国の主権を守ろうとグローバル化に背を向けても、グローバル化の波を止めることはできない。
EU加盟国、特にドイツはその権力と責任を自覚し、自国のことだけではなく、EU共同体全体の利益を重視しなければならない。
例えば、戦争とハイパーインフレというドイツの歴史的な背景はあるものの、現実的な難民受け入れ体制の構築と過度な緊縮策を緩める必要があるだろう。難民と経済移民を明確に切り分け、一時的な庇護にとどめる必要もある。
国内での支持基盤も弱まりつつあるメルケル首相にとっては難しい挑戦ではあるが、EUが連帯することのメリットを具体的に提示しなければEUの統合を進めることはできない。ましてやこれ以上ドイツ国内の反EU勢力である「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進を許すようでは、EU統合が後退する恐れが生じる。
国境が強化されナショナルにとどまるのか、統合が深化し"欧州人"を形成していくのか、EUは大きな岐路に立っている。