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「魚が食べられなくなる」は、本当か?

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

日本の食卓には、水産物を欠かすことはできません。魚そのものはもちろん、例えば和食の基本である出汁は、カツオや昆布などの水産物に由来しています。「魚は余りたべない」という人でも、和食の出汁がなくなったら、困るでしょう。

「魚が食べられなくなる」という話をしばしば耳にします。ウナギやクロマグロが絶滅危惧種になっていることは、皆さんもご存じだと思います。日本近海でカツオやサンマが捕れなくなったとか、ホッケの大きさが小さくなったというような報道も目にする機会が増えています。魚が減ったと言いつつも、スーパーマーケットの鮮魚コーナーには多種多様な魚が並び、夕方になれば、毎日のように売れ残りの半額セールが実施されています。一体どうなっているのでしょうか。

水産物がこんなに身近にもかかわらず、漁業の現場のことは一般人にほとんど知られていません。これまで、食卓と漁業の現場には、ほとんど接点がありませんでした。皆さんが知っているようで、実は何も知らない漁業の現場の話をしようとおもいます。水産物が、海の中から皆さんの食卓にとどくまでに、様々なドラマがあります。きっと、「そんなことは知らなかった」という驚きがたくさんあるはずです。

日本人の魚の消費量、ピークは2001年

手始めに、日本人の水産物の消費量がどれぐらい減っているのかをみてみましょう。食品の生産量や消費量(供給量)を表した、食糧需給表というものがあります。この中から、平成26年の魚介類(海藻を除く)のデータをみてみましょう。2016年4月3日現在、1960年から、2014年までの数値が公開されています。

[食糧需給表 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/]

食糧需給表から、日本人が一年に何キロの魚介類(頭や骨などを抜いた可食部)を食べてきたかを示したのが次の図の青線です。一人あたりの消費量は、1960年からほぼ一定の割合で増加して、そのピークは2001年の年間40.2kg(一日に直すと約110g)です。昭和の時代の方が沢山魚をたべていた印象があるのですが、消費のピークが平成13年というのは意外な気がします。2001年にピークを迎えた後は、直線的に減少をしています。たった13年の間に32%も減少し、2014年の消費量は1960年を下回っています。ここ15年ぐらいに限っていえば、日本人が食べる魚の量が減っているのは間違いなさそうです。

肉の消費量(赤線)は現在も増加傾向ですが、1990年代からの伸び幅は小さくなっています。「2001年以降に肉の消費が増えたから、魚の消費が減った」というような因果関係をこの図から読み取ることはできません。

魚と肉の消費量
魚と肉の消費量

食用の国産魚の生産ピークは1976年

次に、生産サイドから見てみましょう。下の図は、魚介類の国内生産と輸入を示したものです。国内生産量のなかでも食用になった数量を緑の線でしめしました。単位は全て1000トンです。

日本の漁業生産(青)全体をみると、バブル期まで増加しているようにみえます。しかし、その漁業生産の中身をみてみると、食用の国産魚の量は1976年にピークを迎えた後、減少に転じています。世界の沿岸国が200海里の排他的経済水域を設定したために、海外漁場を自由に使えなくなったからです。一見、1970年代、1980年代と漁業生産が増加しているようにみえますがこれはマイワシという魚が爆発的に増えたことが原因です。ピーク時にはマイワシ一種で、現在の総漁獲量に匹敵する400万トンの漁獲がありました。大量に漁獲されたマイワシは、魚粉に加工されてブリなどの養殖の餌として利用されました。マイワシバブルの影に隠れて、食べられる国産魚はどんどん減っていたのです。

私が子供の頃には、アジ、サバ、イワシなどが、山のように魚屋さんに並んでいました。もちろん、すべて国産の近海物です。日本の漁業者と話していると、「昔はいくらでも魚がいたのに最近はさっぱりだ」という話を良く聞きます。農水省のアンケート調査では漁業者9割が「水産資源は減少した」と答えています。増えていると答えた漁業者はわずか0.6%でした。いくら補助金で漁船を造っても、獲る魚がいなければ漁獲量は回復しません。

生産量と輸入量
生産量と輸入量

消費を支えていたのは輸入、しかし好きに買える時代は終わった

食用国産魚の減少を補ったのが、輸入(赤)です。1976年から、2001年までの消費量の増加は、輸入によって支えられていたのです。バブル崩壊までは、日本は魚を食べたいだけ世界から買うことができました。なぜなら、日本では魚の値段が世界でずば抜けて高かったので、世界の漁業国が自国の水産物をなんとか日本に売ろうと必死だったからです。放っておいても、世界中から魚が日本に飛んできたのです。その当時は、日本の商社同士の争いはあっても、日本商社が海外商社に買い負けることはまずありませんでした。

しかしバブル崩壊以降、日本の購買力が減少したのと並行して、世界的な魚価が上昇し、世界の漁業国にとって、日本は魚を売りたい国ではなくなってしまいました。買いたい水産物を外国に持って行かれるというのは、これまでなかったことだったので、一時は「買い負け」としてニュースになりました。現在は、海外に負けるのが当たり前になっており、ニュースにもなりません。世界の水産物消費は伸びており、需給関係はタイトですから、昔のように世界中の魚を好きなだけ買うことができるような日はもう訪れないでしょう。つまり、現在、日本は魚を海外から買いたいと思っても思うように買うことができない状況となっているのです。近年の消費の減少は、漁獲量の減少と輸入量の減少のダブルパンチの結果なのです。今後も輸入に頼らざるを得ない状況が続けば、漁業は衰退し、日本の食卓から水産物が消えていくでしょう。

子の代、孫の代まで、魚を食べ続けるには

日本だけ見ていると想像も付かないのですが、実は世界では漁業は成長産業です。ノルウェー、米国、ニュージーランド、アイスランドなど、漁業が高い利益を上げている先進国は数多く存在します。これらの国では、資源管理(漁獲規制)とマーケティングによって、持続的に利益が出る漁業を実現しているのです。日本も政策を変えることで、漁業を利益が出る成長産業に変えることは可能です。今後、私のこの連載では、そのための道筋を示していこうと思います。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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