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クロフォード対ポストルのWBC & WBO世界スーパーライト級はなぜPPV中継されるのか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Mikey Williams, Top Rank

7月23日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBC & WBO世界スーパーライト級タイトルマッチ

WBO王者

テレンス・クロフォード(アメリカ/28歳/28勝全勝(20KO)

WBC王者

ビクトル・ポストル(ウクライナ/32歳/28勝全勝(12KO))

マニア垂涎のマッチメーク

スーパーライト級の統一戦は今年度屈指の好カードである。次代のスーパースター候補と目されるようになったクロフォードと、昨年10月にルーカス・マティセをストップして名をあげたポストルの激突。無敗王者同士のマッチメークは、緊迫感の漂う接戦になる可能性も高い。

前座にはWBO世界スーパーミドル級王者ヒルベルト・ラミレスの初防衛戦(対ドミニク・ブリティッシュ)、オスカー・バルデスが初戴冠を目指すWBO世界フェザー級暫定王者決定戦(マティアス・エイドリアン・ルエダ)、さらには村田諒太、ホゼ・ベナビデスのノンタイトル戦も用意されている。MGMグランドは一階席のみが使用されるというが、それなりの観衆を集めるのではないか。

ただ・・・・・・いかに評価の高いタイトルホルダー同士の統一戦とはいえ、この試合がPPVで放送されることに驚いたファンは多いだろう。

これまでクロフォードの試合中継はHBOのレギュラー放送が続いたが、今戦は49.95ドルのPPV。地元オマハでこそビッグネームのクロフォードだが、その知名度は全国区とはまだ言えない。正直、“余計に金を払って観るアトラクション”として計算できるとはとても言えないのが現実だ。

なぜPPVなのか

「クロフォードは今年中に3戦したいが、HBO は2戦の枠しかなかったため」

この一戦がPPVになった背景を尋ねられ、トップランクのボブ・アラム・プロモーターはそう説明する。

本来であれば、クロフォード対ポストルはHBOの看板番組である「HBO Championship Boxing」のメインにすべきカード。しかし、他にもサウル・“カネロ”・アルバレス、ゲンナディ・ゴロフキン、ローマン・ゴンサレス、アンドレ・ウォード、セルゲイ・コバレフらを擁するHBOの放送枠はすでにほぼ埋まってしまった。

ならば枠を増やせば良いかと思うかもしれないが、過去数年はジリ貧だったHBOのボクシング予算は、親会社のタイムワーナーの都合ゆえに今年に入ってさらに削減された。それゆえに、クロフォード対ポストルの番組作りに必要な放映権料が弾き出せないのが実情だ。

「ボクシングに詳しい人なら良いカードだとわかってくれる。前座を充実させて、成功を願うだけ。売り上げ50万件を目指しているわけじゃないからね」

アラムがそう語る通り、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオの全盛期のようにこの試合が100万件といった売り上げを叩き出すことはあり得ない。30〜40万件もまず考えられない。おそらく購買数10万件前後に留まるのではないか。

もっとも、その程度の数字に終わったからといって、失敗興行だと考えるのは早計ではある。その背後には、ボクシングビジネスのからくりがある。

10万件で御の字

「過去にもやってきた種類のPPV興行。10万件も売れば御の字なのさ」

アラムの言葉通り、今戦はもともとプロモーション、宣伝に高額をつぎ込んで行われるカードではない。

PPV興行には大まかに分けて2種類あり、大抵の人はメイウェザー、パッキャオ、現在のアルバレスのようなビッグネームがメインのメガイベントを思い浮かべるだろう。これらのスター選手たちのファイトに必要な予算はHBO、Showtimeの放映権料では賄いきれないため、視聴者が払う別料金で番組作りをする。

一方、テレビが興味を持たなくとも、多くの好選手を抱えるプロモーターが、傘下のボクサーに必要な経験を積ませるために打つ小〜中規模興行がPPVで中継されることもそれほど珍しくない。

特にトップランクはそのやり方でも実績豊富。ラテン系選手を顔役に据えた「Latin Fury」、フィリピン人ファイターがメインを務める「Pinoy Power」といった自前のPPVシリーズを過去にも盛んに行ってきた。台頭期のノニト・ドネアも「Pinoy Power」で腕を磨いた一人である。

クロフォード対ポストルはHBOのプラットフォームを利用したPPV興行のため、「Latin Fury」や「Pinoy Power」よりも規模は大きくなる。ただ、メインを務めるクロフォードは現時点でまだ法外なファイトマネーを受け取る選手ではない。それゆえに、利益を出すのに莫大な購買数は必要ない。

PPV=ビッグファイトとは限らない

ESPN.comの報道によると、出場選手のファイトマネーを含む諸経費は、PPVの売り上げ7万5000件で元がとれる額に設定されるという。そして、上記通り、アラムはだいたい10万件の購買数を見込んでいるようである。

約50ドルで10万件を売れば、単純計算でPPV によって約250万ドルがプロモーターの懐に転がり込む。それに入場料収入、海外での放映権料、スポンサー、カジノから入る金額などを合計すれば、クロフォード、ポストル、ラミレスといった主役ボクサーへのファイトマネーを支払ったうえでお釣りがくる。

一部のファンの認識とは異なり、「PPV=メガファイト」「売り上げ30〜40万件以下=大失敗」とは限らない。

PPVの成否はかかった費用と入ってくる金額の差異次第。メイウェザー対アンドレ・ベルト、パッキャオ対ティモシー・ブラッドリーは約40万件の売り上げでは赤字だが、クロフォード対ポストルは10万件でも黒字になる。

視聴者に余計な出費を強いるという点で、PPVはファンにとって歓迎すべきものではないのは事実である。ただ、地上波での無料視聴を売り物にしながら、結局はクオリティが徐々に低下しているアル・ヘイモンのPBC を見ても、少なくとも現在のアメリカのボクシング界においてはやはりPPVは必要なのだろう。

百戦錬磨のトップランクは、クロフォード対ポストル戦でも可能な限り魅力的なイベントをファンに供給し、同時に着実に利益を上げる計算を綿密に行っているはずなのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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