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買い物難民解消と魚食文化の普及に取り組む、鎌倉と阿久根がつながる協同販売所「サカナヤマルカマ」とは?

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー
イラスト:中田製作所

鎌倉の住宅地で進む高齢化と買い物難民

「鎌倉」といえば、昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が話題で、鎌倉時代から続く寺社仏閣をイメージし、観光地として訪れる人も多いだろう。

海と山に囲まれた自然豊かな鎌倉は、駅前には鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」という名で地元住民から親しまれている、市内や近郊農家らの鎌倉野菜を中心とした地産地消の販売所には、連日地元住民が買い物を楽しんでいる。

そんな鎌倉だが、高齢化に伴う地域課題がある。その一つが、「今泉台」という大船と北鎌倉の間にある高台の郊外住宅地だ。

高度成長期に作られた住宅地のため、今泉台は65歳以上の高齢者は40%以上と鎌倉市内でも高齢化率の高い地域である。最寄りの駅からもあまり近いとはいえず、住民は自家用車や路線バスを使って丘を下り買い物に出かけるのが日常だ。また、地元住民達は自動車の免許を返納された方も多く「買い物難民」化する地域でもある。

今泉台に魚の協同販売所「サカナヤマルカマ」が開店

(筆者撮影) 開店当日の様子。当日はあいにくの雨模様だったが、地元の方々が多く来店していた
(筆者撮影) 開店当日の様子。当日はあいにくの雨模様だったが、地元の方々が多く来店していた

そんな今泉台に、かつて鮮魚店があった場所を改修して、旬な魚が集まる魚の協同販売所サカナヤマルカマ」が4月26日に開店した。

「サカナヤマルカマ」は、<地域がつながる協同販売所>という名を掲げている。運営メンバーは、20代の大学院生から、70代後半の元町内会長など、世代やバックグラウンドの異なる多様なメンバーで構成されている。

実は鎌倉も漁業が盛んな地域なのだが、獲られた魚を鎌倉で楽しめる場所は少ない。というのも、鎌倉には漁港や市場がなく、獲った魚を市外の仲買業者などに持ち込むケースがほとんどだという。

そのため、鎌倉野菜のように直売所があるわけではなく、鎌倉市民であっても鎌倉の魚を味わう機会は少なく、鎌倉漁協が月一程度で開催する朝市でしか手に入れることは難しいのが現状だ。

「サカナヤマルカマ」では、湘南、三浦エリアの水産加工品や調味料の販売、そして、鹿児島県にある阿久根市の仲買人から直接仕入れた鮮魚や日替わり惣菜、加工品等を販売している。

筆者撮影
筆者撮影

鹿児島県の北西部に位置する阿久根市は、日本で獲れる魚種の約半数が水揚げされる水産業が盛んな地域として知られている。そんな阿久根市では、水産業における後継者不足や販売ルートの確保などが課題となっていた。

肉食文化の広がりやスーパーなどでも切り身で購入することが当たり前になるなか、鮮魚で購入し魚を捌ける人も減る一方で、魚離れを食い止めるための魚食文化の普及は水産業全体の課題でもあった。

魚に関する「よろづや」的な存在

「サカナヤマルカマ」では、以下のようなポリシーを掲げている。

  • 魚を通じて産地と消費地をつなぎます
  • 魚の知識やおいしく食べる技術を伝えます
  • 丁寧な仕事で魚のすべてを無駄なく活かします
  • 環境に配慮し、簡易包装を心がけます

「サカナヤマルカマ」では、まるごとの魚をどう選んで食べたらいいかわからない人に向けた手ほどきや魚の保存方法なども丁寧に教えてくれるため、魚のすべてを無駄なくおいしく食べる方法を知ることができる。

もちろん、自宅で魚を捌けない人は、その場で魚を捌いたり下処理もしたりしてくれる。まさに、魚に関する「よろづや」的な存在ともいえる。

単純にお魚を売るだけではなく、店だけでなく鎌倉市内各所で移動販売のほか、魚の捌き方のレクチャーや、子ども対象の職業体験を企画するなど、魚の魅力を伝えながら、地域の交流拠点や地域と漁業をつなぐ橋渡しとなることを目指している。

(筆者撮影) 地元客が熱心に魚の説明に聞き入っていた
(筆者撮影) 地元客が熱心に魚の説明に聞き入っていた

地域プロジェクトから始まった鎌倉と阿久根のつながり

「サカナヤマルカマ」は、2022年に設立した一般社団法人「鎌倉さかなの協同販売所」が運営している。

同法人は阿久根と鎌倉という2つの地域の交流・連携を通じ、一方は地域の高齢者における買い物難民の解消、もう一方では漁業支援や魚食文化の発信といった、互いの地域課題の解決を目的としたプロジェクトの一環として立ち上がったものだ。

設立の背景は2017年にまでさかのぼる。「サカナヤマルカマ」のメンバーである狩野真実さんが主催する、地域と地域をつなぐ企画「〇〇と鎌倉」という鎌倉と他地域をつなぎ交流するプロジェクトの一環として、「阿久根と鎌倉」という企画が2017年から始まった。

2018年に「阿久根と鎌倉」で制作したフリーペーパー。「○○と鎌倉」のサイトから、フリーペーパーの内容を閲覧することができる
2018年に「阿久根と鎌倉」で制作したフリーペーパー。「○○と鎌倉」のサイトから、フリーペーパーの内容を閲覧することができる

2017年11月、魚食の普及をテーマに鎌倉の飲食店で「鎌倉で鹿児島のうまい魚を楽しむ3日間」と題したイベントが開催された。

当時、阿久根市の地域おこし協力隊員だった石川秀和さんは、魚の仲買人や水産加工会社の若手社員、食品加工科の高校生・卒業生、阿久根市の職員を鎌倉市へ短期滞在のコーディネートをするなどし、互いの地域交流を深めていった。

同イベント中、鎌倉駅近くではじめて阿久根の鮮魚を販売したところ、想定以上の反響があったという。石川さんから「駅から離れた住宅での販売も試してみたい」という意見から、翌2018年11月に開催した「阿久根と鎌倉」FISH WEEKでは、飲食店で阿久根の魚を使ったオリジナルメニューの提供や漁業と地域おこしに関連するトークイベントなどだけでなく、移動式の「阿久根鮮魚店」を由比ヶ浜の通りと今泉台で巡回させた。

この移動式鮮魚店の巡回には、当時の今泉台町内会長で現「サカナヤマルカマ」のメンバーである尾島隆史さんが賛同・協力したことで実現に至ったという。

移動式の鮮魚店に人が来るか不安だったが、フタを開ければ、平日の昼間にもかからわず、今泉台の住宅地で移動式鮮魚店には連日行列ができるほどの反響だったという。そこから、今泉台における買い物難民という課題など、様々なことを知るきっかけになったと狩野さんは話す。

こうした互いの地域それぞれにおける地域課題に対し、地域プロジェクトで生まれたご縁を形にしたいという思いを積み重ねた結果、日常的に鮮魚が買える場所、地域の交流拠点としての魚屋づくりを展開しつつ、その魚屋を拠点とした移動式販売を今泉台の住民自らで実現したいという思いへと変化していった。

そこから、かつて今泉台にあった鮮魚店跡地を活用し、鎌倉市民と阿久根の水産業者が協同しながら鮮魚店をつくるという流れに至ったのだ。

折しも、コロナ禍を通じ魚屋の開店には数年を要したものの、その間、阿久根と今泉台、そしてプロジェクトのメンバーらはZoomなどオンライン会議を通じて議論を重ねてきた。

2022年には魚屋開店のためのクラウドファンディングを実施、目標金額500万円に対し760万円以上の支援金を集めるほどにプロジェクトの熱は広がっていった。

「サカナヤマルカマ」開店資金のためのクラウドファンディングページ
「サカナヤマルカマ」開店資金のためのクラウドファンディングページ

2つの地域で生み出す協同の形

今回の「サカナヤマルカマ」は、単純に新しい地域の店舗が開店したしたというわけではなく、2つの地域それぞれの地域課題の解決、鎌倉・今泉台はスーパー以外の身近な場所で鮮魚を入手でき、地域における買い物難民解消や地域交流の場所作り、さらに鎌倉界隈の漁師らから地元魚を仕入れる地産地消の推進を、阿久根は水産業における後継者不足や販売ルート確保、魚食文化そのものの普及の発信拠点に寄与することを目的としたプロジェクトとなっている。

それぞれの地域課題に対して、互いの地域資源やリソースを活かし、事業を生み出す、まさしく協働事業による共創関係が生まれた事例といえる。

「サカナヤマルカマ」のサイトで紹介されている、阿久根、鎌倉それぞれのメンバーおよび各人の関係図
「サカナヤマルカマ」のサイトで紹介されている、阿久根、鎌倉それぞれのメンバーおよび各人の関係図

もともと、「○○と鎌倉」という地域プロジェクトがきっかけで地域の交流が始まり、足かけ6年以上を経つつもプロジェクトそのものが発展し、今回の魚屋開店にまで至ったという過程そのものにも注目すべき点がある。

多くの地域プロジェクトは、立ち上げはしたもののその後活動そのものが縮小したり消滅したりすることも少なくない。特にここ数年のコロナ禍によって、地域で人が集まったり地域間同士が交流したりすることそのものが難しい時期が続き、各地の地域プロジェクトそのものも中身やありようが問われた数年だっただろう。

「阿久根と鎌倉」というコロナ前に活動したプロジェクトが、コロナ禍を経ながらも互いのつながりを途切れさせることなく活動を継続し、こうして新たなスタートを切ったのはとても素晴らしいことである。

「サカナヤマルカマ」では、今泉台での魚屋運営のみならずワークショップや子ども向けの教室など、積極的に魚食文化の普及のための活動にも注力していく。また、今泉台を拠点に鎌倉市内複数箇所での移動販売にも力をいれていく。

鎌倉市内で「サカナヤマルカマ」の移動販売を見かけたら、どんな新鮮な魚が並んでいるか、ぜひチェックしてみてはいかがだろうか。

■サカナヤマルカマ

https://sakanayamarukama.com/

住所 鎌倉市今泉台4-12-1

営業時間 11時~18時頃

営業日 水・木・金・土

最新の活動については、FacebookInstagramをご覧ください。

*住宅地のため、お車等で来られる際は近隣のご迷惑とならないようお気をつけてください。

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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