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日本人「が」/「も」/「だから」イスラーム過激派の攻撃対象になる時代を生きる

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
バングラデシュでの襲撃についての犯行声明。「日本」とは一言も書かれていない

2016年7月2日(日本時間)にバングラデシュのダッカでレストランが襲撃され、イタリア人9名、日本人7名を含む20名以上が殺害された。事件については「イスラーム国 バングラデシュ」名義で犯行声明が出回った。イスラーム過激派が引き起こしたとされる事件で日本人が犠牲となる例は、2013年のアルジェリア、2015年1月のシリア、同年2月のチュニジアに次ぐものであり、その点から見ても日本人や日本権益の安全確保は、日ごろの情報収集・分析・警戒情報の発信から、現場での個々人の振る舞いにいたるまで直ちに対策を講じるべき問題となっている。また、この種の事件への反応のありかたとして、一人一人に考えてほしい点もたくさんある。

誰がなぜ攻撃されるのか???

その一方で、このような事件が発生し犠牲者が出るたびに繰り返される「日本人が狙われたのは何故か?」、「日本人が攻撃対象となった」という問いや議論についても一考の余地がある。結論から言えば、日本人は昔からイスラーム過激派にとっては「敵」であり、「日本人だからイスラーム過激派に攻撃されない」と信じ込む根拠は全くない。しかも、イスラーム過激派から見て日本や日本人が敵方に分類される理由は、その時々の日本政府の政策や動向、個人や企業の振る舞いに起因するものではなく、世界を「正しいムスリム対不信仰」の二分法でしか認識できないイスラーム過激派の思考・行動様式に起因する。この二分法に従えば、平均的な日本人が「味方」と認識されることは決してないし、仮に個人や集団が「味方」と認識されるような振る舞いに努めたとしたら、国際的な「テロ対策」の文脈での制裁対象となるか、日本の国内法での取り締まり対象となる可能性が高い。また、イスラーム過激派の側でも、彼らが敵と認識している対象のどれを優先的に攻撃するのか、あるいはどのような対象に最も関心があるのかはその時々の状況によって変化するものであり、いつでもいかなる犠牲も顧みずに特定の対象(上記の問いに沿うならば「日本」)をつけ狙っているわけではない。「イスラーム国」が本来イスラーム過激派として最大の敵対者と位置付けるべきイスラエルにほとんど関心を払わず、専ら欧米諸国、「シーア派」、「背教者」に攻撃の矛先を向ける現状は、こうしたイスラーム過激派の側の事情をよく表していると言えよう。2015年1月の日本人2名の誘拐・斬首事件の際は日本を名指しした強烈な脅迫があったが、それにしても日本人を殺害する際にアメリカやシーア派の悪事を並べ立て、そちらを脅迫してもどうにもならないはずであるから、日本人を殺すという行為を正当化し宣伝効果を上げるためには、日本を攻撃する理由を探し出してそれをことさら強調するのはある意味当然のことといえよう。

バングラデシュの事件については、犯行声明で挙げられている犠牲者の国籍はイタリアだけであるし、声明の中では襲撃対象の選定やその理由についての説明は一切ない。つまり、現時点で「イスラーム国」は襲撃の対象とその理由について全く説明しておらず、犯行声明としてはできそこないといってもいい程なのである。無論、今後「イスラーム国」が各種媒体を通じて事件や襲撃対象の選択について詳しく論じるかもしれないが、事件発生からそれなりに長時間を経過した後の論説は多くの場合既存の報道を利用・引用して広報効果を高めることを意図したものとなる。「イスラーム国」の広報部門の者が日本について論じた方が広報効果が上がると考えれば日本についての言及や脅迫が増えるであろうし、イタリアなど別の対象に注目した方がよいと考えれば日本についての言及は減るだろう。結局のところ、イスラーム過激派が政治的な目的を達成したり、メッセージを広めたりする手段として暴力をふるうこと、つまり行動様式としてテロリズムを採用しているならば、攻撃によって影響を受けやすいところ、脅迫に屈しやすいところが攻撃対象として価値が高い対象となるのである。

いかにしてリスクを下げるか

それでは、どのようにすればイスラーム過激派などによる攻撃の危険性を低下させることができるだろうか?バングラデシュの事件については、今後の「イスラーム国」の宣伝のやり方によっては攻撃対象は日本人ではないと判断できる場面もあろうが、それでも「日本人は攻撃されない」と思い込んだり、「(日本人でなければ)シリア人、イラク人がいくら死んでもかまわない、欧米諸国の人々や権益が狙われるのは当然だ」と言わんばかりの態度をとったりするようでは、これまで「日本人は大丈夫」との思い込みの根拠となってきた、日本人に対する素朴な信頼感や親近感すら台無しにしかねない。

まず、既に様々な場所で発信されている、現場での直接の行動としての様々なアドバイスに目を通す、耳を傾けることが重要だろう。極端な言い方をすれば、日本の自宅にいるときでさえ事件事故の被害にあう危険性はゼロではないのだから、海外での犯罪被害回避・軽減のためのアドバイスの中には類は日ごろの防災・防犯と同レベルで心掛けるべきものも多い。例えば、地震や火災対策でも襲撃への対応でも、避難経路の確保・確認が挙げられている。

日本人が被害にあう可能性、日本でイスラーム過激派による攻撃が発生する可能性について考えるならば、やはり日常的な情報収集と分析が欠かせないだろう。これまで「イスラーム国」の事件が発生したチュニジア、フランス、ベルギー、インドネシアは、過去5年に「イスラーム国」に向けて人員を多数送り出した実績がある。つまり、突如「イスラーム国」が勢力や影響力を増したから攻撃を受けたわけではなく、以前から「イスラーム国」の勢力が存在していたからこそ事件が発生したのである。バングラデシュについても、「イスラーム国」の存在を否定する同国政府の発表に対し、実際にはある程度の数の人員を「イスラーム国」に送り出すだけの活動が同国にあった可能性が高い。この観点から考えれば、「イスラーム国」への人員送出しの実績に乏しい日本には、直ちに攻撃を実行できるだけの基盤があるとも、今後短期間のうちに外部から工作員・戦闘員が浸透できる土壌があるとも言い難い。一方、このような事件があるたびに繰り返さざるを得ないが、情報収集や分析、それに基づく安全情報の発信は、「事件を事前に防ぐ」ことにその本来の意義があり、事件が発生した際の解説やコメントのためにする活動ではない。つまり、この種の活動は「無事の状態を保つ」、防犯・防災に通じる活動であるため、むしろ平時にこそ社会や個人が関心を持ち、資源を投じて育成すべきものである。

今後日本人やその権益が攻撃を受ける確率を下げるためには、攻撃対象としての日本・日本人の価値を下げる工夫が重要であろう。筆者は、今般の事件やそのしばらく前に発生したフロリダ州での乱射事件については、「イスラーム国」が何の意思表示もしていないうちから彼らが「何故」事件を起こしたかについて解説を求められ、当惑する場面があった。このような場面で下手な解説をすることは、「イスラーム国」の側に襲撃する正当性があり、襲われた側に何か落ち度があると読者を錯覚させることにもなりかねない。そして、現実の問題として「先回り」の解説は「イスラーム国」のプロパガンダに引用・利用されることが多い。つまり、先走った解説は「イスラーム国」の側に脅迫や攻撃の材料を与えるだけに終わりかねず、そうした材料が多い国や、脅迫や攻撃を受けて「イスラーム国」の主張や要求についての報道の量が増える国は、攻撃の対象として「おいしい」わけである。脅迫や攻撃の反響が少なければ、攻撃対象としての価値は下がることになるので、「イスラーム国」に限らずテロリズム、テロ行為に対する反応としては、筆者も含めまだ工夫の余地があると言えよう。

最後に、「危険だから海外、特に中東やイスラーム圏には行かない方がよい」という反応について考えてみたい。眼前のリスクだけを回避しようとする発想に立てばこのような反応はもっともなことである。しかし、現場に行かない、仮に行ったとしても現地の人々や社会との接点を最小限にする「引きこもり的安全対策」にはデメリットもあることを忘れてはならない。旅行も含めて日本人が海外に出かけ、活躍する機会は相当増えており、「研究者」と呼ばれる人々の留学や現地調査のため毎年少なからぬ予算が費やされている。その結果、実は日本社会には中東やイスラーム圏についても様々な経験が蓄積されているのである。ここで「行かない、行かせない」ことを安全対策としてしまうと、現地の社会との接触を通じて実践的な知恵や経験を得る機会が制約されてしまう。このような知恵や経験は、所属機関内での引継ぎだけでなく、旅行案内から専門書にいたるまでの書籍などを通じ所属や立場を越えて流布・継承してゆくべきものである。知識・経験の獲得や継承の経路を絶つような安全対策だけが前面に出るようならば、長期的には失うものの方が多くなりかねない。また、研究者や専門家にも、自分が専門とする地域の暗い面から目を背けずに情報を発信することや、実践的な経験を社会に還元する活動が求められることになるだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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