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「国」って何だろうか【前編】国には複数の種類がある:英国解体の危機に考える

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
英国国旗は、左から北アイルランド旗、スコットランド旗、イングランド旗の組み合わせ(写真:PantherMedia/イメージマート)

スコットランドの議会選で、独立派が過半数を占めた。

これから、英国の長い戦いが始まる。

英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの「くに」の連合からなっている。スポーツ好きな人なら、ワールドカップ等で、他の国は「日本代表」とか「フランス代表」なのに、英国は異なり、イングランド代表、スコットランド代表等になっていることを知っているだろう。

国の正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」で、通常はイギリスとか英国と呼ばれる。

ただし、日本語では、公的な名称では決して「イギリス」を使わない。「イギリス」は「イングランド」がなまったものと言われており、スコットランド・ウェールズ・北アイルランドを無視した呼び方になると考えるためだ。そのためちゃんと訓練を受けたジャーナリストは「イギリス大使館」とは絶対に書かず、「英国大使館」という。

このような英国の様子を見ていると、「くにとは一体、何だろうか」という問いが生じてくるのである。

仏語や英語で主に3種類ある「くに」

このような問いに、フランス語や英語などでは答えを与えている。「くに」には複数の種類がある。種類ごとに、違う単語が存在するのである。つまり複数の異なる考え・思想が存在するのだ。

英語では主にNATION(ネーション)、STATE(ステート)、COUNTRY(カントリー)の3つがある。これはフランス語でも同じで、NATION(ナシオン)、ETAT(エタ)、PAYS(ペイ)となる。

NATION(ネーション)とSTATE(ステート)の違い

それではまず最初に、大変重要なNATION(ネーション)とSTATE(ステート)の違いを説明したい(3つ目は最後に解説する)。

NATION(ネーション)は日本語では「国家」、STATE(ステート)は単に「国」と訳すことが多い。

NATION(ネーション)というのは、歴史、文化、民族の意識などで、心や精神的な面で一つの国や集合体となっているものをいう。感情が移入されている言葉といえる。

STATE(ステート)は中立的な言葉で、単純に行政的な「国」という意味合いである。

例を挙げてみたい。

まずは、ドイツである。

冷戦時代、ドイツは東西に分割されていた。つまりSTATE(ステート)は、東独と西独と2つ存在したが、NATION(ネーション)は「ドイツ」という1つだけだったのだ。

逆に、冷戦時代のユーゴスラビアはどうだろうか。

チトーという傑出したリーダーのために、「民族の火薬庫」と呼ばれたバルカン半島の上のほうでは、「ユーゴスラビア連邦」という一つの国に統一されていた。

当時の内部は、6つの共和国と2つの自治州、合計8つに分かれていた。6つの共和国は、クロアチア、スロベニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ。2つの自治州はコソボ とヴォイヴォディナだ。

ところが冷戦が終わると、ユーゴスラビア連邦は解体。それぞれの国々が独立しようとして、また戦争が起きて不安定化してしまった。

つまり、かつての「ユーゴスラビア連邦」は、一つのSTATE(ステート)だったが、複数のNATION(ネーション)に分かれていたと言えるだろう。ドイツと逆である。

上記2つは、わかりやすい例である。世界の現実は、もっとあいまいだったり、時間の経過とともに変わったりする。

イタリアはどうだろうか。

イタリア半島には、かつて複数の都市国家や、王国があった。ミラノ、フィレンツェ、ナポリ、ベネチア、シシリア・・・時代によって版図は異なるが、独立した国が複数存在した。

フランス革命による知的衝撃、ナポレオンに一部土地を征服された激動や、その後のオーストリア帝国による復古体制への反発、産業革命に遅れをとった危機感などによって、これらの国が「イタリア」として統一されたのは、1861年のことだ。まだ150年しか経っていない(※統一当時は、まだベネチアやローマ法皇領等は含まれていなかった)。

なぜ統一されたのだろう。ローマ帝国が崩壊してから1600年以上、西ローマ帝国が崩壊してからでも1500年以上も経っているのだ。ローマ帝国の記憶という歴史だろうか、受け継いできた共通の言葉や文化か、それとも宗教(カトリック教会)だろうか。

とにかく約1600年間、この地にはたくさんの国や勢力があった。長く存続する国もあれば、新たに興ったり消えたりした国もあった。外国の支配を受けた地域も多い。それでなお、彼らには「1つのNATION(ネーション)」という意識があったと言えるだろう。だから統一できたのだ。

とはいえ、今のイタリアは、「1つのNATION(ネーション)の中に複数のSTATE(ステート)」なのだろうか。ミラノやボローニャ、パルマ、ベルガモ、ナポリ・・・サッカー等のスポーツで、あの各都市・地方のチームの熱狂ぶりをみると、それぞれが「NATION(ネーション)」なのではないか・・・と思わせることがある。

そんなイタリアの政治は、ちっとも安定しない。直接的な理由は政治制度の不備だが、大きな目で見ると、各都市や地方が「NATION(ネーション)」とまで言わなくても、それに近い意識が強すぎて、1つにまとめるのが大変だからだ。制度改革すらできないのである。

そのためか、始終国民投票をやっている。1981年からの40年間で、憲法に関する国民投票4回、その他の国民投票で15回(64の質問)、計68件も国民に問うている。平均すると、1年に1つ以上の質問を国民に直接問うていることになる。「バラバラだから、国民に聞く」というのは、ある意味大したものだと関心する。

アメリカの場合はどうだろう。

さて、それではアメリカはどうだろうか。

アメリカの正式名称はUSA=United States of Americaだ。日本語に正確に訳すなら「アメリカ合国」である(誤訳で「アメリカ合国」になったと言われている。これはこれで意味的には合っているが・・・)。

ここで州=STATEが使われているのに注目したい。STATEは、日本語では、「国」とも「州」とも訳せるのだ。

実際、アメリカの州は、まるで一つの国であるかのように、各州で法律が違う。アメリカでは、「国内ニュース」は州のニュース、「国際ニュース」はUSA全体のニュースと言われるほどだ。アメリカの広大さが、うかがえる。

あるアメリカのアニメ(コメディ)では、ホモセクシュアルの結婚を認める州と認めない州についての題材を扱った。認めていない州に住むあるゲイのカップルが「私たちにも結婚を!」と主張すると、州内にいる超保守派が、「けしからん!」「許さん!」と、彼らを退治しようと武器をもって追ってくるのだ。

カップルは、結婚が認められている隣の州に逃げ込もうとする。カーチェイスが繰り広げられ、隣の州の境界(線一本のみ)の向こうでは、住民が「こっちにいらっしゃーい!」「速く!速く!」「つかまるな!」と声援を送っているーーという内容だった。

ただ、このようにSTATE(州)によって法律、文化やカラーの違いはあるものの、「NATION(ネーション)」というほど違いがあるとは、言い難い。あの直線上の不自然な州区分を思い出せばわかる。

アメリカに加わって51番目の州になりたいと望む人々はいても、アメリカのどこかの州が独立運動を起こすとは、とても思えない。

アメリカは、明らかにアメリカという国全体が1つの「NATION(ネーション)」であり、50州は「STATE(ステート)」なのだ。

このような「国」には複数の種類があるという考えは、さらに発展していく。

長くなったので中編に続く(火曜日公開。本当です)。

中編:国家も民族も自明ではない。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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