賞味期限の愛称「おいしいめやす」に 環境先進国スウェーデンのいう「安売りより10倍価値ある」こととは
消費者庁が主催した賞味期限愛称コンテストで「おいしいめやす」が大臣賞に決定し、「食品ロス削減の日」の2020年10月30日に発表された。筆者も審査員の一人として10月初め、消費者庁で審査会に出席してきた。
そもそも本来、おいしさの「めやす」に過ぎないものが「期限」と名付けられ、人々の間に浸透してしまったがために、表示されたピンポイントの日付を過ぎると処分され、食品ロスの大きな要因となっている。
似たような期限表示に「消費期限」がある。これは、日持ちがおおむね5日以内のものに表示される。たとえば弁当やおにぎり、サンドウィッチ、調理パン、生クリームのケーキなどだ。品質の劣化が早いので、保存方法に留意するのはもちろん、すぐに食べ切った方がよい。
英語の表現の方が、2つの違いはわかりやすい。
消費期限はused-by(date)。これを過ぎたら食べない方がよい期限。
賞味期限はbest before。おいしく食べることができる目安。
昔はなかった「賞味期限」
賞味期限、昔は表示されていなかった。筆者が勤めていた食品メーカーでは、昭和の創業時代からの製品パッケージをすべて保管していた。それを見ると、賞味期限どころか、原材料欄もアレルゲン表示も何も書いていない。この状態で、消費者は加工食品を消費していたのだ。
期限表示の変遷を見てみると、期限表示が初めて導入されたのが1985年(昭和60年)。
1994年(平成6年)には、食関連の委員会で、「消費期限」や「賞味期限(品質保持期限)」の表示が答申されている。
その後、2001年(平成13年)には、すべての加工食品に期限表示(賞味期限あるいは消費期限)が義務付けられた。
2003年(平成15年)には、ちょっとまぎらわしかった「品質保持期限」が「賞味期限」と統一され、期限表示は「賞味期限」と「消費期限」のみになった。
こうしてみると、賞味期限表示の義務付けは2000年代に入ってからのことだ。
「義務付け」とはいえ、賞味期限表示が免除されている食品はたくさんある。野菜や果物には表示されていないし、セルフのパン屋では、表示されていないものがほとんどだ。アイスクリーム類はマイナス18度で保存すれば品質の劣化はゆるやかなので表示はなくてOK。水分量が少ないガムにも表示はない(ただし、トクホ=特定保健用食品 のガムは表示必要)。一部のアルコール類にも賞味期限はないし、砂糖や塩にも書いていない。
参考:
消費者庁・加工食品の表示に関する共通Q&A (第2集:消費期限又は賞味期限について) p4-5「期限表示の表示対象である品目及び期限表示の省略が可能な品目」
講演で、アイスクリームにない表示を聞いてみると、正解率は非常に低い。三者択一で「賞味期限」「消費期限」「品質保持期限」から選んでもらうと「品質保持期限」を答える人が圧倒的に多い。
たとえ賞味期限が書いてあっても、ほとんど見ないで買うというものもある。ペットボトル飲料などはそうだろう。
卵の賞味期限は夏に生で食べられる期限
卵の賞味期限は、夏場に生で食べられることを前提に、パックされてから2週間とされているのがほとんどだ。10度以下で保存してあれば、産卵から57日間、生で食べることができるというデータがあり、筆者も拙著『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』に書いた。
市販の卵のパックには、次のように、賞味期限が過ぎたら加熱調理して食べなさいの旨が書いてあることが多い。
つまり、賞味期限が過ぎてもすぐに捨てる必要はなく、加熱調理して早めに食べなさい、ということが書かれている。
参考:
賞味期限切れ卵は生で何日食べられる?ニワトリが24時間かけて産んだ卵を賞味期限で容赦なく捨てる私たち
ミネラルウォーターの賞味期限は飲めなくなる期限ではない
ペットボトルのミネラルウォーターに表示されている期限は、正確には賞味期限ではない。長期間保存しておくと、容器を介して水が蒸発し、明記してある内容量から欠けてしまい、計量法に遵守しないことになってしまう。内容量がきちんと入っている期限が表示されているのだ。もしミネラルウォーターがペットボトルではなく、ガラス瓶に入っていれば、賞味期限表示はなくてOK。
参考:
なぜ賞味期限切れの水は十分飲めるのに賞味期限表示がされているのか?ほとんどの人が知らないその理由とは
20年以上前から賞味期限の年月表示を続けている企業もある
2020年10月30日、農林水産省は、商慣習を変えることで食品ロス削減に取り組む事業者を公表した。3分の1ルールといわれる納品期限の緩和や、3ヶ月以上賞味期限があれば日付表示を省略できるので、日付を抜く、などを行った企業を公開している。
筆者の勤めていた食品メーカーでは、20年以上前から年月表示を実施している。が、この企業リストには載っていないようだ。長年、年月表示化を実施してきた企業こそ、たたえてほしい。
2012年10月に、このような商慣習緩和のワーキングチームが農林水産省や食品業界で始まってから、8年以上が経った。歩みは遅々としているが、着実によい方向に進んでいる。
欠品を禁ずる商慣習にもメスを
もっと踏み込んでいえば、賞味期限の年月表示化だけでなく、欠品を禁じる小売の商慣習(欠品ペナルティ)を改革する必要がある。当事者であるメーカーの社員は、自社の商品の採用するか否かの決定権を握っている小売に対し、もの申すことができづらい。だからこそ、公正取引委員会や食品ロス削減推進法、食品ロス問題を担当する省庁は、「欠品すると取引停止」といって欠品を禁じる強者(小売)の論理に斬り込んでいただきたい。
安売りだけが食品ロス削減じゃない
賞味期限切れ食品を激安で販売するスーパーなど、マスメディアでは食品ロス問題が取り上げられることが以前にも増して目立つようになってきた。
そこでメディアの方に改めてお願いしたいのが、食品ロス削減=安売り=企業も消費者もwin-win・・・のようなお決まりのパターンは、そろそろ終わりにしてほしいということだ。
余ったものを値引き販売するのが悪いわけではない。余剰食品の活用をしながら、それと並行して、そもそも根っこである余剰食品を減らす努力をしていかなければ本質的な解決にはつながらないということだ。本来は、適量販売が理想なのに、なぜそれができないのか、そうするためにはどういうハードル(例、企業の商慣習、消費者心理など)があり、それぞれの立場で何をすればいいのか、といったことまで報じてほしい。いつも「安売り、いいね!」で終わっているので、問題が深掘りされない薄っぺらさを感じる。
なぜなら、日本は食品の品質管理や安全性を守ることに、世界一といっても過言ではないくらい神経質で、期限の迫った食品を再利用・再販売することに懸念を示す傾向があるからだ。「何かあったら自社の責任になってしまう」→「だったら廃棄」となる。
スウェーデンKarma「安売りより食品ロスを防ぐ方が10倍価値がある」
スウェーデンで始まった、期限接近食品などをアプリで安価に販売する「Karma(カルマ)」のStahlberg Nordgren(スタルバーグ・ノルドグレン)さんは、こう語っている。
再利用(Reuse)をしながら、さらに上の概念であるリデュース(Reduce:廃棄物の発生抑制)が最優先である、と認識している点が、さすが環境先進国のスウェーデン、素晴らしい。
日本では、Reuse(再利用)やRecycle(リサイクル)の事例がマスメディアに多く取り上げられる。が、最優先のReduce(ロスを減らす・廃棄物の発生を抑制する)が同時に語られない。ここが、スウェーデンやデンマークなどの環境先進国との圧倒的な差だと感じている。
豆腐の賞味期限を15日間に延長し、生産量も需要に合わせた相模屋食料
日本でこれを実践している企業の一つが相模屋食料だ。豆腐の賞味期限を15日間に延長し、生産量は、日々変わる需要に合わせるため、気象データを活用した。
豆腐は日持ちしない食品の代表格だ。スーパーでは、毎日配送される「日配品(にっぱいひん)」というカテゴリに分類される。
安売りして売り切るのも一つだが、適量製造して定価で売り切るのが理想的だ。相模屋食料は、日本気象協会が提供する気象データを使うことで、冷奴が売れやすい日には出荷を増やし、そうでない日には出荷を控え、年間の食品ロス量を30%削減した。
大量に余るのがデフォルトではなく、余らせる量を減らす
大量に製造し、大量に販売し、大量に捨てるというこれまでの経済モデルでは、もう立ち行かない。余るのがデフォルト(基本)で、余ったものを安く売るより、適量を正規の値段で売った方が、事業者の取り分は多くなるはずだ。たとえそうでなかったとしても、食品製造そのものが環境への負荷をかけているのに、余った食品を焼却処分することは、さらに輪をかけて環境への悪影響を増すことになる。
自給自足できる人は限られており、世の中の人の多くは「賞味期限」表示のついた加工食品を購入して暮らしている。賞味期限の意味や成り立ちを理解することは、ものすごく大切で、中学校の家庭科で履修しているのに、「賞味期限切れは食べない方がいい」「お腹をこわす」などといった誤った認識が少なくないことを憂いている。たとえ賞味期限内だったとしても、保存状態が悪ければ、品質が劣化している可能性もあるのだ。目に見える数字だけで判断せず、自分の頭や五感を働かせること。
賞味期限の教育と消費者啓発
中学校の家庭科で履修する、賞味期限と消費期限。アンケート調査などでは「意味を知っている」と答える人は多いが、買い物の現場では、商品棚の奥から期限表示の新しいものを引っ張り出す行為が散見される(リアルタイムアンケートシステム「respon(レスポン)」を使った筆者の調査によれば2,376名中、88%が「奥から取る(取ったことがある)」と回答)。
デンマークでは、賞味期限表示の横に「過ぎてもたいていの場合は飲食可能」という表示を入れ始めた。
学校教育だけでなく、大人になってからの消費者啓発も必要だ。北欧諸国は、企業自身が、消費者教育の責任を強く感じ、実践している。日本も見習いたい。
参考情報
『だれのため?なんのため?消費期限と賞味期限』井出留美著(『栄養と料理』2018年12月号、p81-86、女子栄養大学出版部)