テイラー・スウィフトによる旧作再録音に著作権法上の問題はないか?
「テイラー・スウィフトが業界の大物に反撃、再録アルバムを発売」というニュースがありました。テイラー・スウィフトが、2008年に発表したアルバム”Fearless”の全曲再録音バージョンを新たにリリースしたというお話しです。旧レコード会社が、過去アルバムの原盤権を大物プロデューサー、スクーター・ブラウンに売却し、その後、投資ファンドのシャムロック・キャピタルに転売されたことが契機になっています。
原盤権を取得されると音源としての利用(たとえば、ストリーミング・サービスでの利用)をコントロールされてしまいますし、スクーター・ブラウンが、スウィフトと犬猿の仲と言われているカニエ・ウェストのマネージメントをしているという芸能三面記事的な理由もあるようです。
YouTubeで新旧バージョンの比較動画がアップされているようですが、一聴する限りアレンジもテンポも同じで区別がつきません(もちろん、ファンの方であれば微妙な違いはわかるのでしょうが)。自分の過去作品を新たな解釈で再録音する(広義の)セルフカバー(和製英語)はよくある話ですが、今回のように、旧録音と一聴しただけでは区別が付かないような新録音を行なうことに権利上の問題はないのか、ちょっと気になったので調べてみました。
言うまでもないですが、楽曲の著作権(作詞家・作曲家の権利)についてはまったく問題ありません。テイラー・スウィフトは楽曲の著作権を著作権管理団体BMIに信託しているようなので、BMIに所定の料金を払えばクリアーです。他人の作詞・作曲、あるいは、スウィフトとの共作の作品であっても、それぞれの作詞家・作曲家が権利を信託している著作権管理団体(通常、ASCAP、BMI、SESACの三択)に所定の料金を払えば済みます。
原盤権、すなわち、音源そのものに関する権利はどうでしょうか?原盤権は、日本の著作権法では「レコード製作者の権利」という著作隣接権により扱われますが、米国著作権法では、”sound recording”(録音物)という著作物の1タイプとして著作権により扱われます。いずれも「最初に音を固定した時」に権利が発生します。つまり、同じ楽曲でも再録音すれば、新しい原盤権が生じることになります(リミックスやリマスタリングの場合はどうなるかはちょっと微妙ですが別論)。
しかし、今回のように旧録音の完コピに近い新録音が旧録音の原盤権を侵害すること(具体的には、複製権の侵害、あるいは、二次的著作物(派生著作物)の作成とされること)はないのでしょうか?
米国著作権法には以下の規定があります(翻訳は公益社団法人著作権情報センター(CRIC)によるもの)。(太字は栗原による)
ということで、旧録音とそっくりの新録音を行なっても、旧録音にある音をサンプリングして使用でもしない限りは問題ないということが明記されていました(判例法とか学説とかのレベルではなく条文に書かれていました)。
ちなみに、日本の場合はどうかというと、米国のような明確な制限規定はないですが、少なくとも二次的著作物とは「ある著作物を翻訳、編曲、変形、脚色、映画化などしてできた新たな著作物」であり、前述のとおり、録音物は日本の著作権法では著作物ではない(著作権法上は「レコード」と呼ばれます)ので、二次的著作物に関する問題はなさそうです。また、レコード製作者が専有する複製権とは、自分が最初に音を固定したレコードの複製の話なのでやはり問題ないと思われます。
さらに、著作権の話とは別に、アーティストとレコード会社間の契約(アーティスト契約、実演家契約)も関連してきます。契約を解除した後の一定期間は同じ楽曲の再録音を禁じるという縛りがかけられるのが通常だからです(これは日本でも同様)。今回のケースでは2020年11月にこの禁止期間が切れているようです(参照記事)。なお、これは、テイラー・スウィフトと(旧アルバムの)レコード会社との契約の問題なので原盤権者は関係ありません。
新アルバムの発売により、多額(約330億円と言われています)で購入された旧録音の原盤権の価値は大きく毀損したことになります(どうしても旧録音の音が使いたいのでない限り新録音の原盤権の許諾を得ればよいため)。買い手のファンドが頭に来てダメ元で訴訟してきたりしないのか気になりましたが、その心配は不要のようです。