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「doxing(晒し)」目的のクラウドファンディングーー個人情報を特定する“私刑”のリスク

塚越健司城西大学助教(情報社会学)。技術と人間の関係に注目
対立は憎悪を駆り立て、他者への暴力を容易なものとする(写真:ロイター/アフロ)

 2017年8月12日に生じたシャーロッツビルにおける衝突は、白人至上主義の問題が改めて世界的に注目される一件となりました。他方この事件をきっかけに、ネットでは白人至上主義者とその批判者の間で、個人の名前や住所などを特定してネットに晒す「doxing=晒し」と呼ばれる行為が問題となっています。度々生じるdoxingはエスカレートしており、クラウドファンディングという形で特定者に報奨金が支払われる事態にまでなっています。

白人至上主義への批判

 今回の一件で高まった白人至上主義への批判を受けて、彼らの姿が確認できる写真からdoxing(晒し)が行われ、多くの白人至上主義者の身元が特定されています。白人至上主義と特定されたある男性は、勤めていたカリフォルニア州のホットドッグ店を自発的に辞職しました(解雇されたとの報道もありますが、ワシントン・ポストの取材では自発的退職とホットドッグ店は答えています。自発的でなくとも退職を迫られた可能性はもちろんあります)。

 また映画『X-MEN』シリーズなどで人気の女優ジェニファー・ローレンスさんは、自身のフェイスブックに白人至上主義者の集会写真を掲載し、

「これが憎悪の顔。よく見てみつけた人は投稿して。インターネットから隠れることはできない、この哀れな卑怯者!(These are the faces of hate. Look closely and post anyone you find. You can't hide with the internet you pathetic cowards!)」と投稿しています。これはdoxingを推奨する発言とも取られ、賛否両論の議論が巻き起こっています。

ジェニファー・ローレンスさんのFacebook
ジェニファー・ローレンスさんのFacebook

 筆者はdoxingに明確に反対します。なぜならdoxingとは警察権力などと異なり、ひとりひとりの市民が行う「私刑」、つまり集団リンチにほかならないからであり、それが自分たちの首を絞めることになるからです。以下でdoxingの問題点を考えます。

doxingの被害

 doxingによって特定された人物が間違っていたらどうでしょう。実際にそのような事件も起こっています。シャーロッツビル衝突の前日、バージニア大学構内で行われた白人至上主義者たちの集会において「アーカンソー大学工学部」と書かれたTシャツを着た男性がいました。そこで写真からその人物を特定しようとした「素人探偵」が、誤ってアーカンソー大学のカイル・クイン教授がその人物だと断定してしまったのです。

 クイン教授は当日集会所から遠く離れた場所でイベントに参加していました。クイン教授は自身のフェイスブックにおいて写真の人物は自分ではないと主張しますが、熱に浮かされた人々はクイン教授の住所などをdoxingし、アーカンソー大学には「彼を解雇しろ」と苦情が相次ぎました。クイン教授の怒りはどこに向かえばいいのでしょう。

 さらにもっと恐ろしいことが起きています。現在アメリカにはdoxingに報奨金を支払うサイトが登場しています(ここでは社会的影響力を鑑みてサイト名やリンクは控えさせていただきます。ですが、こちらwiredの英語記事に詳細とリンクが掲載されています。詳しく知りたい方は参照ください)。それはdoxingによって特定したい人物について提案がされ、それに応じる人は成功報酬として金銭を送るという、いわば「クラウドファンディングdoxingサイト」です。こうしたサイトは憎悪をさらに駆り立てることにもなり、非常に危険です。

 こうしたクラウドファンディングサイト、筆者が調べた限りではいわゆるオルタナ右翼系の人々が集まるサイトが確認される一方、リベラルで人助けなどに用いられるクラウドファンディングサイトにも、トランプ支持者などのdoxingを呼びかける提案がなされています(その場合、多くは規約違反として提案そのものが却下されることが多いようです)。もちろん筆者の調べたもの以外も他のサイトや、サイトでなくともSNS上で行われていても不思議はありません。

 doxingは現在、左右関係なく行われています。シャーロッツビルの衝突以前からオルタナ右翼の活動家で「ナチスは間違っていなかった」等の問題投稿を繰り返していた「@Baked Alaska」というTwitterアカウントの人物は、「Patreon」というクラウドファンディングサイトで6000ドルの報奨金が提示されました(現在この提案はガイドライン違反として削除されています)。

 Baked Alaskaは個人情報が特定され多くの脅迫行為を受けた結果、Twitterでお互いのことを平和的に理解しなければいけないと、事実上の方向転換を8/14日に宣言しました

Baked Alasaka氏のtweet
Baked Alasaka氏のtweet

。もちろんこれは脅迫行為の影響があり、彼が本心からそう思っているかどうかはわかりません。また脅迫行為によって人の思想信条を暴力的に変えることは何の解決にもなりません(宣言後の彼の動向を詳しくは追えていませんが、トランプ支持そのものは変わらないようです)。

 こうした白人至上主義者たちのdoxingは、「@YesYoureRacist」というアカウントが深く関わっています。このアカウントの人物はなんと実名&顔出しでメディアに登場しており、先に紹介したをホットドッグ店で働いていた人物を特定するなど、白人至上主義者のdoxingを主導している人物です(米TIME紙も彼の取材を行っています)。彼自身も身の危険を感じているそうですが、差別に反対する気持ちは理解できても、doxingによる反撃はやはり賛成できません。

 doxingはこうして多様な政治信条を持つ人々によって行われていると同時に、対立も激化しています。Baked Alaskaは白人至上主義に反対する人々に攻撃されていますが、先に論じたクラウドファンディングdoxingサイトでは、Baked Alaskaを攻撃した人物を特定せよ、という提案がなされています。こうなってはdoxingと暴力の連鎖反応が続くばかりです。

 さらに問題は深刻です。doxingは集会に参加するといった行動を必要とせず、多くの作業を自宅のパソコンから行うことが可能です。報奨金という形で個人が自由にdoxingに金銭を払うのであれば、報奨金を得るためだけに政治信条に関係なくdoxingを行う人々が現れてしまいます。まさに昨年の米大統領選においてフェイクニュースを拡散して金銭を得たのが、政治信条に関係ない、マケドニアの若者だったことと同様の事態が生じる可能性があります。

対立と憎悪を煽るdoxing

 このように、doxingは百害あって一利なしであり、人権的にも許されません。いかに暴力的な行為が行われても、市民が自ら手を下すことのデメリットは深刻なものなのです。

 例えとして、これを日本に置き換えてみましょう。あなたが国会前等でデモに参加するとします(内容は問いません)。その際誰かが写真を撮影し、そこからあなたの身元を晒して欲しいと報奨金を募ったとします。あなたはその日から不気味な恐怖に怯えることになります。もっと不幸なこととして、たまたま近所で行われていた政治的な集会の近くを歩いただけでdoxingの被害を被ることになれば、政治に関わることはリスクでしかなくなります。

 この状況が続けば、ただ歩いていただけでdoxingの被害にあってしまうことにもなりかねません。doxingはこうして社会生活に大きな影を落とし、何もしなくとも他者からの告げ口に恐怖する社会が到来してしまいます。恐ろしいことに、この状況は国家などの政治権力が引き起こすのではなく、ひとりひとりの市民が「群衆」へと変わり果て、自分たちで自らの首を絞めることになってしまうのです。故にどのような問題行為があったとしても、市民自ら行うdoxingは危険であり、筆者は断じてdoxingを否定します。実際に問題があれば、警察などで正当な手続きによって裁かれるべきでしょう。もちろん警察が解決できないことも多いですが、doxingは問題をますます複雑にするだけなのです。

おわりに

 確かにヘイトは許されません。しかし、ヘイトや差別主義者への批判がdoxingにまで至れば、それは彼らと同じ暴力行為にほかなりません。学問を志す学生は最初に「批判」と「非難」は違うと教えられます。議論において異なる意見を述べたり間違いを指摘するのは「批判」ですが、それが相手の人格を責め立てるようであれば「非難」として許されません。ましてや暴力を伴うことがあれば大変な問題となります。

 議論にはルールがあるように、社会運動にもルールがあります(もちろん違法行為を敢えて実践することで社会改革を目指す「市民的不服従」という行動もありますが、こうした行為は国家権力など強者の力に対抗する手段であり、個人に向けられるものではありません)。したがって、左右のどちらが(どちらも)悪いといった問題を越えて、あらゆる人々にとってdoxingは禁止されるべきもの、という認識を持つ必要があると思います。

 どのような思想信条であれ、踏み越えてはならない一線を越えてしまえば市民は「群衆」と化し、恐怖と暴力が連鎖的に行われてしまいます。しかし難しいのは、クラウドファンディングdoxingサイトなどを取り締まるなどの対策はあれ、根本的な解決策が見当たらないことです。筆者も歯がゆさを感じながら、それでもこの問題を伝えたいと思い筆を執りました。

(追記)2017年8月23日17:00、タイトルの変更および私刑について少々言葉を追加しました。

城西大学助教(情報社会学)。技術と人間の関係に注目

1984年生まれ。城西大学助教。専攻は情報社会学、社会哲学。コンピュータと人間の歴史など幅広く探求。得意分野はネット社会の最先端、コンピュータの社会学など。著書に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』(出版芸術社)『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)その他共著など多数。 TBSラジオ『荻上チキ・Session』Screenless Media Lab.コーナー、Tokyo FM『ONE MORNING』(水木コメンテーター)など、メディア出演多数

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