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子供にショックを与えるいたずら動画「エルサゲート」――動機は不明のまま世界中に拡散

塚越健司城西大学助教(情報社会学)。技術と人間の関係に注目
子供用動画にショッキングな描写を挿入する「エルサゲート」動画が問題に(写真:アフロ)

 ディズニーなどの人気キャラクターを装ってはいるものの、子供たちに精神的ショックを与える「エルサゲート」と呼ばれる一連の動画がYouTubeを中心に大量に出回っています。不適切な映像は通常人工知能が見つけ出して削除しますが、エルサゲート動画は巧妙に加工されていることもあり、全てを削除することが難しい状態にあります。加えて製作者の意図が不可解なこともあり、世界中に得体の知れない不安が生じています。ちなみに本記事ではエルサゲート動画の画像などは掲載していません。ですがリンク先には一部画像が表示されます。ご了承ください。

エルサゲート(Elsagate)とは

 日本ではエストニア在住の木野寿紀さんのブログが2018年1月に取り上げたこと等から注目を浴びましたが、英語圏では少なくとも2017年からある程度認知されています。エルサゲートという名前は、ディズニー映画『アナと雪の女王』の「エルサ」と、スキャンダルを意味する「ゲート」を掛け合わせたものです(ゲートは最近の「ロシアゲート」など、1972年の「ウォーターゲート事件」にかけたスキャンダルを意味する言葉として用いられています)。

 このエルサゲート、一見すると最初は子供用の可愛い動画に見えますが、突如暴力や子供の虐待、排泄にこだわった映像が流される、といった特徴があります。また日本でもアンパンマンなどを題材にしたエルサゲート動画が確認されています。動画を見る限り、人が有名キャラクターの衣装を着て演じたり、クレイアニメを利用したりと、動画製作にはそれなりの費用と時間がかかっているものと考えられます。

 ここで疑問なのは製作者の意図です。考えられるのは金銭目的ですが、YouTubeの仕組みを考えると疑問が残ります。

YouTubeの広告収入の仕組み

 YouTubeの広告収入について説明します。YouTubeは広告収入で成り立っており、投稿者はYouTubeのアカウントを取得し、「YouTubeパートナープログラム(YPP)」というプログラムに参加することで、広告収入を得ることができます。

 YouTubeは毎日大量の動画が投稿されるので、人間がすべてを検査することは不可能です。そこで人工知能を使って、コンピューターが動画に合わせた広告をマッチングさせます。具体的にはタイトル、キーワード、カテゴリ、コメント、評価などを手がかりに、動画の種類と広告を合わせます(詳しくはこちらの記事が参考になります)。

 基本的には動画の再生数によって支払い金額が決定されますが、広告のクリック率やどの程度広告を見たかなど、様々な観点から決定されます(1回の動画閲覧で0.1円や0.3円、あるいはそれ以下とも言われていますが、正確なところはわかりません)。

 ただし、2017年末に日本の青木ヶ原樹海において自殺者の遺体を撮影・投稿したYouTuber(ローガン・ポール)が問題になったことなどから、YouTubeパートナープログラムの基準は厳格化されることとなりました。新しい基準では、「過去12か月の総再生時間が4000時間以上」と「チャンネル登録者数が1000人以上」であることが必要となり、ある程度継続的に人気を得る必要が出てきました。YouTubeは他にも2017年11月に、エルサゲート等の子供向けの不適切動画を積極的に排除するとも述べており、実際に15万もの不適切動画の削除を行いました。

 エルサゲートを投稿すれば評価が下がり、違反報告や人工知能によって動画が削除されるため、金銭目的でエルサゲート動画を投稿する意味はあまりないと言えるでしょう。なにより、再生数などで収入を得るのが目的であるのなら、真っ当な子供用の動画を製作すればいいのです。

 ただし、エルサゲート動画の中には500万回以上再生されたものも存在しており、削除までに稼ぐ、という金銭目的の可能性がないとは言い切れません。また2017年1月、ヴェトナムでエルサゲート動画が70ほどアップされ、3000万以上の再生数を稼いだ事例や、投稿者が罰金を科せられる事件がありました。この事例では、ヴェトナム国内ではクレームを考慮してか再生禁止処置が取られており、海外からの再生で金銭を得ようとしていたものとみられています。特に一見すると不適切であるかどうか判断が難しい動画であればこそ、内容によっては再生数を稼ぐことができるからです。

世界中に拡散するエルサゲート

 エルサゲートはYouTubeに限らず、世界中の動画サイトでも拡散しています。中国の北京文化市場行政法律執行総隊は2018年1月にエルサゲートを排除するよう求め、すでに「Youku」などの中国動画サイトもエルサゲート排除に取り組んでいます。また前述の木野さんによれば、日本でもエルサゲートが拡散しているとのことです。ロシアが2016年の米大統領選に介入したとされるいわゆる「ロシアゲート」が問題となっていますが、子供用のエルサゲート動画もまた世界中で製作されている可能性があります。

エルサゲート対策はあるのか

 エルサゲート動画への対策として、まずはスマートフォン・タブレット用の「YouTube Kids」アプリが挙げられます。しかしこのアプリは最初から子供用動画だけが閲覧可能ですが、検索にエルサゲートが引っかかる可能性は拭えません。ですので、検索機能もオフにして、オススメ動画しか視聴できないようにするという方法があります。ただしこれだとYouTubeの機能がかなり制限されてしまいます。

 2つ目は、タブレットなどを子供に渡してしまうのではなく、親が一緒になって動画を視聴するということが考えられます。これならいざという時にエルサゲート動画を見てしまった際に親がすぐに対応が取れます。しかしこれも、親が子供に常に寄り添っていなければならず非常に労力がかかる問題になっています。

不透明な目的

 結局のところ、エルサゲート動画の製作意図は不透明です。金銭目的のものも一部存在していると思われますが、すべてではないでしょう。また真偽のほどがわからない情報なのでリンク等は控えますが、エルサゲート動画を組織的に製作している、との声もあります。ただし仮にそれが正しいとしても、金銭目的かどうかは判断が難しいところです。

 金銭目的の他に考えられる要素としては、悪趣味ないたずらが挙げられます。エルサゲート動画の製作・拡散には時間もコストもかかるのですが、裕福な誰かがいたずら目的で資金を出しているのでしょうか。

 またアメリカの人気キャラクターが多いことから、アメリカ文化への抵抗が目的と捉えることもできます。ですがエルサゲート動画にはアンパンマンなどアメリカ文化とは異なる領域でも製作されています。このことからも、アメリカ文化への抵抗、というのも一面的であるように思われます(ただし、最初にエルサゲート動画を製作した人々とは異なる個人・団体が別の文脈で製作している可能性も考えられます)。

 インターネット黎明期には掲示板などにリンクが貼られ、クリックするとグロテスクな画像や動画が再生されるといった、悪意あるいたずらがよくありましたが、それが現在は子供に向けて行われているのでしょうか。結局のところ、その目的は不透明なままです。

 ちなみに日本では、民間企業がエルサゲート動画がないかチェックするサービスを開始すると発表しました。だがすべてを取り締まるのは依然として困難でしょう。日本におけるエルサゲート問題は、2018年1月〜2月にかけて報道されはじめました。ですが原稿執筆時点の3月においても、まだエルサゲート動画は再生数は多くないもののYouTubeに散見されており、根絶は難しい状況にあります。そのため、注意喚起も込めて本記事を執筆しました。子供を持つ方々は特に注意してください。

城西大学助教(情報社会学)。技術と人間の関係に注目

1984年生まれ。城西大学助教。専攻は情報社会学、社会哲学。コンピュータと人間の歴史など幅広く探求。得意分野はネット社会の最先端、コンピュータの社会学など。著書に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』(出版芸術社)『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)その他共著など多数。 TBSラジオ『荻上チキ・Session』Screenless Media Lab.コーナー、Tokyo FM『ONE MORNING』(水木コメンテーター)など、メディア出演多数

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