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「深夜帰宅の父」を持った娘の立場から、父親不在と子の成績を結び付ける記事に反論する

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
育児する父が増える中、(ペイレスイメージズ/アフロ)

 昨日、9月20日、ネットニュースで流れてきた「父親深夜帰宅」だと「子どもの成績がいい」という趣旨の記事、一夜明けても嫌だな…と思っています。

 タイトルを見ても、煽りコメントを前に、本質的な解説を後半にもってきてしまう構成を見ると、PV狙いの釣り記事だと分かります。この記事のPV増に加担することは、私の趣旨に反するため、あえてURLは記載しません。

■相関関係のおかしさ

 そもそも、父親が深夜帰宅「だから」子どもの成績が良い、かのような誘導は間違っています。深夜帰宅は男女共に高学歴で高収入の会社員に共通の傾向です。いわゆる擬似相関の問題だろう、ということはすぐ分かりますし、記事の後半では専門家がそのような指摘をしています。

 私が懸念するのは、見出しだけ読んだり、流し読みする読者を想定しており「やっぱり子どもの教育は【母だけがやったほうがいい】」と思わせる仕組みです。それは、共働き家庭と専業主婦家庭を分断したり、家庭参加したい父親の意欲を削いだりする好ましからざる結果を生みます。賢明なみなさんには、だまされないでほしい、と思います。

 このように思う理由のひとつは、うちの子たちの教育も世話も「パパ」がよくやっているのを目の当たりにしてきたこと。この点については、イクメン当事者が語るべきだと思うので、今回は省きます。

■深夜帰宅の父は子どもの教育に関わっていないのか

 もうひとつの理由は、深夜帰宅の父が、子どもに何も関わっていない、もしくは関わらないのがいい、かのような印象操作は、リアルに生きている早く帰れない父親たちに失礼だ、と憤慨する気持ちです。

 まず、私の体験を記します。

 私の父は団塊世代で片働き専門職会社員、主婦と二人の子を養い住宅ローンと学費と仕送りをひとりで担っており、帰宅は早くて22時、遅いと日付が変わっていました。私が育った家庭は、あの記事が描く「深夜帰宅の父親と主婦の母親」です。

 忙しくて日々の育児こそ母まかせでしたが、父はここぞという時は存在感がありました。大学合格発表の時、私はひとりで見に行き、自分の受験番号を確認してから公衆電話で自宅の母に知らせました。そのすぐ後、私は父の会社に電話をかけています。実家は千葉の奥の方で大学まで3時間弱かかり、父の勤務先は大手町でした。

■大学合格を知らせたら、会社を休んだ父

 私が大学の近くにある喫茶店で小一時間、待っていると、電話を受けてすぐに休みを取った父が駆けつけてくれて、一緒に入学手続きをしました。「会社の隣の席の同僚は、息子さんがやはり受験で、ふたりで電話を待っていた。あちらも受かって良かった」と言っていました。

 大学受験の際、社会科の科目を世界史にして、どこが出題されるか分からない中、山川のドリルや参考書を頭から覚えていたら、司馬遼太郎の小説でモンゴルを描いたものを買ってきてくれたのも、父です。

 私は学校の成績が良い方でしたが、その理由は「父親が深夜帰宅だったから」ではなく「両親ともに子どもの教育に関心が高かった」こと、「男女問わず同じように教育投資をしてくれた」ことに集約されます。狭い家に住んでいた時期も家に本だけはたくさんありました。

 これは、私が育った家庭だけの話ではありません。

■受験対策、地域の子ども支援などに関わる父たち

 父親が育休を取るということは想像もつかない時代に、男性が働いてひとりで家族を養うのが当たり前とされる中で、それでも出来る範囲で子どもに関わってきた会社員の父たちを、私自身が16年間会社員をする中で、たくさん見てきました。

 ある上司はお子さんの受験勉強を見るだけでなく、自分で予想問題を作ったと言っていました。お子さん達は無事に合格し、学業・スポーツの両方で活躍しています。

 別の先輩は地域の子どもの活動の指導係として、自分のお子さんだけでなく、気になる家庭のお子さんの支援を学校と連携してやっていました。

■父親が子どもと関わるのが難しい環境は変えるべき

 私が働いていた会社は、業界特性もあり深夜勤務も出張も珍しくありませんでしたが、何とかやりくりして、子どもの教育に出来る形で関わる「深夜帰宅のお父さん」はいました。中には働き方を変えて、子どもとの時間を確保するようになった元深夜帰宅のお父さんもいます。

 彼らは、30年後で生まれていたら、今でいう「イクメン」になっていたかもしれません。雇用慣行やひとりで家計を支える関係を途中で変えるのが難しい現実、男女ともに早く帰るのが難しい職場の雰囲気という制約ゆえに、深夜帰宅していたのです。

 時代が変わり、男性も女性も仕事と家庭生活や地域の活動を両立できるような働き方が望ましいと、多くの企業が大っぴらに言うようになりました。

■懐古趣味は誰も幸せにしない

 そういう中、あえて昭和に戻ろうとするような懐古趣味の論調は、子どもも母親も父親も幸せにしないでしょう。

 ですから、早く帰って子どもと過ごしたいお父さんたちは、勇気と行動力をもって、そうしてほしい。お母さんたちは、それは子どもにとって良いことだ、と自信をもって受け止めてほしいです。

(注:批判している元記事が、父と母と子どもという家族を想定しているので、本記事でもそれに則って書いています。同性カップルが養子を迎えることも、今後は真剣に議論されるようになるでしょう。また、ひとり親家庭に支援が必要であることについて、筆者は別の場で多くの記事を書いていますので、ご関心ある方は検索して下さい)

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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