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今や全国ブランドの人気チョコレート店との出合い。障がいのあるなし関係なく共に働ける職場に魅せられて

水上賢治映画ライター
「チョコレートな人々」より

 東海テレビドキュメンタリー劇場第14弾作品となる「チョコレートな人々」が取り上げているのは、愛知県豊橋市に本店のある「久遠チョコレート」。

 夏目浩次さんが立ち上げた同店は、いまではショップやラボなど全国に57拠点を展開し、東名阪のデパート催事でも人気のチョコレートブランドになっている。

 作品は、夏目さんと「久遠チョコレート」の歩み、そして、心や体に障がいがある人、シングルペアレントや不登校経験者、セクシュアルマイノリティら同店で働く人々と、誰も排除されないインクルーシブな職場作りにも目を向ける。

 そこから見えてくること、「久遠チョコレート」が実現してきたことは、今の時代において、社会において本気できちんと考えなければいけないことだ。

 ある意味、いまの日本社会に大きな問を投げかける本作について鈴木祐司監督に訊く。(全五回)

「チョコレートな人々」の鈴木祐司監督
「チョコレートな人々」の鈴木祐司監督

25歳で髭もはやしていない(笑)好青年の夏目浩次さんとの出会い

 はじめに本作「チョコレートな人々」は、前身となるテレビドキュメンタリーがある(※作品内でも触れられている)。

 2004年に放送された「あきないの人々~夏・花園商店街~」がそう。

 愛知県豊橋市のさびれつつあったアーケード街に再び火を灯そうとする商店街の人々を追った本作に、「チョコレートな人々」の主人公となる夏目さんは登場している。

 当時(2003年)、夏目さんは商店街に障がいのある従業員3人を含む6人のスタッフでパン屋をオープン。バリアフリー建築を学んでいた大学院時代、障がい者のあまりにも低い賃金を知ったことをきっかけに、従業員全員に県の最低賃金を上回る賃金を出すことを目標に掲げてこの店を開店した。

 その夏目さんとの出会いは偶然だったという。

「当時、わたしは報道部の新米記者でした。

 そもそも花園商店街を取材することになったきっかけは、夏目さんがオープンさせたパン屋ではありませんでした。

 もともとは、車いすの利用者が車いすの専門店を開店するということで、夕方のニュース番組のために取材を始めたんです。

 何度かその車いすの専門店に取材クルーと通って取材を重ねていたところ、お店の横に空き店舗があったんですけど、そこでパン屋を立ち上げるメンバーとともに会議を重ねていたのが夏目さんでした。

 そして、2002年、当時、まだ25歳で髭もはやしていない(笑)好青年の夏目さんに声をかけられました。『どういう取材ですか?僕たちのパン屋をオープンするので、よかったら取材してください』と。

 さらに、その場で『ふつうは障がいのある方って支援される側ですけど、僕たちは違う。障がいのあるない関係なく、みんなで話し合って、意見を一つにして、すべてを決めていく。障がいなんか関係なく働くことができて、きちんと最低賃金を上回るお給料を払うお店にする』『障がいがあるだけで給料が違うのはおかしい、僕がモデルケースを作って社会を変えたい』といった主旨の、いまも夏目さんが目指すビジョンをいきなり熱く語られました。

 その夏目さんの熱量に圧倒されたことをいまもよく覚えています。

 ものすごい理想が高いこのビジョンを、どこまで実現できるのか、と興味をもって、夏目さんをしばらく追ってみたいなと思いました」

興味が夏目さんのパン屋にかなり向いている(苦笑)

 先で触れたようにテレビドキュメンタリー「あきないの人々~夏・花園商店街~」は商店街の店主たちの奮闘を追った。

 ただ、気持ちとしては夏目さんひとりに絞りたい気持ちが当時から心の片隅にあったという。

「取材を重ねて、最終的には、商店街全体の再生物語となりました。

 ただいま見返すと、わたしの興味が夏目さんのパン屋にかなり向いている(苦笑)。

 商店街のいろいろな店主の方が出てくることは出てくるんですけど、たぶん1/3ぐらいは夏目さんがオープンしたパン工房『ら・ばるか』が占めている。

 全体的に見ると、かなりバランスがおかしい番組になっている気がします(笑)」

「チョコレートな人々」より
「チョコレートな人々」より

気づけば、20年以上通うことに

 こうした夏目さんとの出会いがあって、「あきないの人々」放送後も取材を続けることになる。

「夏目さんをしばらく見てみようと思ったのがきっかけで、最初は番組になるかどうかもわからなかったので、会社が休みのときにハンディカメラをもって出かけてひとりで取材していました。

 それが気づけば、20年以上通うことになりました(笑)」

自分の気持ちをリセットしたくてつい行ってしまうことも

 夏目さんをそれだけ長きにわたって追い続けた理由はどこにあったのだろうか?

「やはり夏目さんが実現しようと考えていることに僕自身が共鳴していたことが大きかったと思います。

 『障がいがあるなしは関係ない。みんなに得意、不得意があるから、それをうまく生かしていくのが社会じゃないか』という考えが夏目さんにはある。

 それが実現したらあらゆる人が生きやすい社会になるんじゃないかなと思いました。

 それと、誰しもちょっとは心の隅にあると思うんです。

 『障がいがあるなしにかかわらず、みんなが幸せになれるような社会になればいいな』という思いが。

 理想論で現実的ではないかもしれない。けど、そうなればいいなという気持ちがちょっとはあると思うんです。

 で、ほとんどの人はそんな社会は理想論に過ぎない、実現不可能と考える。

 でも、夏目さんは本気でそういう社会になるよう実現に向けて動いている。真剣に取り組んでいる。その中で、実現させたこともある。

 わたしも夏目さんと同じ志はもっているつもりです。ただ、わたしは夏目さんのようにはなれない。実行力もなければ、決断力もない。

 夏目さんは『久遠チョコレート』を一大ブランドにしていったわけですが、そのような優秀な経営ノウハウもない。

 夏目さんはいろいろと困難にその都度見舞われながらも、思い描いたビジョンを決して見失うことなくそこへ到達していく。

 そのような明確なビジョンや理想の形も、わたしはなかなか見いだせない。

 はっきり言って、夏目さんのようなことはわたしには到底できないと思いました。でも、思いは共有したい。

 となったとき、わたしにできることはもう夏目さんを応援することだけだなと。

 ひたすら取材し続けて、事あるごとに伝えられたらと思いました。

 それが夏目さんを長年にわたって、今も現在進行形で追い続けている理由のような気がします。

 というとかっこよく聞こえるんですけど、理由はほかにもあって。

 実は、夏目さんが作った『久遠チョコレート』の職場の雰囲気がとてもいい。

 みんなが楽しくいきいきと働き、笑いが絶えない。

 ほんとうに自分の気持ちも優しくなって、職場のみなさんの温かさに癒される。

 だから、訪れると楽しいのでついつい通っていたところもあります(笑)。

 特に用事もないのに、あの職場の雰囲気を味わいたくてつい足が向いてしまう。

 訪れてみなさんとわいわい話したりして心が穏やかになって、『明日から仕事頑張るか』と思って帰宅するみたいな、自分の気持ちをリセットしたくてつい行ってしまうこともけっこうありました(笑)」

(※第二回に続く)

「チョコレートな人々」ポスタービジュアル
「チョコレートな人々」ポスタービジュアル

「チョコレートな人々」

監督:鈴木祐司

ナレーション:宮本信子|プロデューサー:阿武野勝彦

音楽:本多俊之|音楽プロデューサー:岡田こずえ

撮影:中根芳樹 板谷達男|音声:横山勝

音響効果:久保田吉根 宿野祐|編集:奥田繁

公式サイト https://www.tokaidoc.com/choco/

全国順次公開中

製作・配給:東海テレビ|配給協力:東風

写真はすべて(C)東海テレビ放送

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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