全日本ロードレースに久々の大型ルーキー爆誕!ヤマハの岡本裕生が王者を相手に優勝争い
4月2日〜3日に栃木県のモビリティリゾートもてぎ(旧ツインリンクもてぎ)で開催された「MFJ全日本ロードレース選手権」の開幕戦はファンが胸を熱くするレースが数多く展開された。
軽量級のJ-GP3クラス(250cc)では18歳の木内尚太(きうち・しょうた)がチャンピオンのベテランライダー尾野弘樹とのバトルを制して優勝。ST600クラス(600cc)ではスペイン帰りの羽田大河(はだ・たいが)が7台による混戦を制した。
それだけではない。最高峰のJSB1000クラス(1000cc)では誰も想像しなかった、激しいトップ争いが展開されたのだ。
スーパールーキー、岡本裕生の衝撃デビュー
10度のチャンピオン、中須賀克行に真っ向勝負を挑んだのは、なんとJSB1000クラスにデビューしたばかりのチームメイト岡本裕生(おかもと・ゆうき)だった。
岡本は今年、鳴り物入りでヤマハワークス「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」入り。岡本は昨年、ST1000クラスに参戦して1000ccバイクの経験を積み、レースウィークの練習走行でも中須賀の1.2秒落ちのタイムを刻んでいたが、トップ争いができるようになるには数戦かかると見られていた。
4月2日(土)のレース1では予選5位からスタートし、決勝レースも全く勝負を挑めず5位完走という平凡な結果に。プライベーターのライダーに先行されてしまっていた。JSB1000ルーキーの初戦は誰しもがこれくらいの成績になる。
しかし、そんな岡本に風が吹いたのは4月3日(日)のレース2。レース開始直前に雨が降り出し、全車スリックタイヤでスタートすることを危険と判断し、レースは赤旗中断になってしまう。レインタイヤを装着できる「ウェットレース宣言」が出され、上位陣はセオリー通りにレインタイヤを選択。5番手スタートの岡本も当然レインタイヤを選んだ。
21周のレースがスタートすると、岡本はレインタイヤによる初レースとは思えないほど、次々に順位をあげ、トップに浮上。すぐ後ろに中須賀が追いすがり、プレッシャーをかけていく。ヤマハワークスの後輩と先輩によるチームメイトバトルになった。
しかし、岡本は2コーナーでミスをおかして失速。中須賀があっさりトップを奪うが、レース後半に再び岡本は中須賀に追いつき、テールトゥノーズのギリギリの戦いを演じてみせたのだ。ヤマハの2人による手に汗握る戦いにサーキット内の視線は釘付けになっていく。
残り2周、差をつめてきた岡本はS字で中須賀に仕掛けるも、クロスラインで中須賀がトップを奪い返し、その後は中須賀が岡本のミスを誘い出すかのようなレイトブレーキングでトップを死守。優勝は中須賀、そして2位岡本のヤマハワークス1-2フィニッシュのレースとなった。
全日本最高峰クラスでは久しぶりの興奮バトルに観客が酔いしれた。まさに歴史に残るガチ勝負であった。
雨のレースの利点を活かした岡本
近年稀に見る名レースを展開した岡本裕生。まだ21歳のJSB1000のルーキーライダーであるが、そのステップアップも規定外だ。ここ最近ではJSB1000のワークスチームに新人が起用された例はなく、若手はジュニアチームやプライベートチームで結果を残してからワークス入りするのが通例である。
ルーキーがトップチーム体制で起用されにくい最大の理由はJSB1000で使用するタイヤの使い方に「学びの時間」を必要とするから、と言われている。近年はブリヂストンユーザーが上位を独占しておりタイヤメーカーによる競争は以前ほど激しくはないが、JSB1000には夏の「鈴鹿8耐」を見据えた戦いという意味合いがあるため、トップチームはスペシャルなタイヤを装着してレースを戦っている。
というのも「鈴鹿8耐」はFIM世界耐久選手権の1戦であり、総合優勝を狙うEWCクラスではタイヤメーカーの競争(ブリヂストン、ダンロップ、ミシュラン)が存在するマルチメイクのレースだからだ。そのため、ほぼ同じレギュレーションのJSB1000でもタイヤメーカーは特殊な構造のスリックタイヤを供給している。
よくライダーたちが「フロントタイヤを潰して走る」という表現をするが、JSB1000ではライダーが積極的に荷重をかけてタイヤを潰すことによって高いグリップ力を得た走りができる。つまりはこの荷重をかける技術力の差がラップタイムの差になって表れてくるのだ。
予選でも3周、4周あるいはそれ以上に渡ってベストに近いタイムを刻むチャンピオン、中須賀。20周以上の決勝レースになると、その差が決定的な差となってしまう。序盤はバトルをしつつも、後半にはライバルを引き離すのが中須賀の決勝レースのセオリーで、中須賀克行はまさにJSB1000用タイヤのマイスターだ。
特殊なライディングが求められるスリックタイヤのレースでは誰も中須賀の高い技術に追いつけないが、今回はレインタイヤでのレース。公式ライブ配信「motoバトルLive」で解説を務めた2003年のJSB1000チャンピオン、北川圭一氏は「岡本選手はレインタイヤのレースになったことで、(昨年の)ST1000クラスと同じようなイメージでレースができたのではないか」と分析する。
「中須賀選手に挑めたことはライダーにとって大きな自信になるので、次戦以降も期待ですよ」と北川氏は興奮気味に語った。
次の鈴鹿がキーポイントに
開幕の2レースを終えて、ランキング首位は2連勝の中須賀克行(ヤマハ)=50点、2位は連続表彰台の渡辺一樹(スズキ)=36点、3位が岡本裕生(ヤマハ)=31点となった。
開幕前は中須賀克行(ヤマハ)と渡辺一樹(スズキ)の一騎打ちになると見られていたが、そこにルーキーの岡本裕生(ヤマハ)がシーズンを通じて応戦してきそうな勢いだ。
ヤマハワークス「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」の吉川和多留監督は岡本の走りについて「ドライ路面ではまだまだ課題がありますが、レース2の走り、そしてレース2の結果が、彼を大きく成長させてくれると思いますし、レインでのレースに自信を持てたと思います」とコメント。
開幕戦は「合格点だ」としつつも、本音では岡本が中須賀にドライ路面で追いつけるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
今季全13レースでチャンピオンを争うJSB1000。6月の第4戦・SUGOまで1大会2レース制が続き、半分以上の8レースが6月上旬までに固まっている。
第2戦・鈴鹿(4/23-24)はドライコンディションに恵まれることが多いが、4輪のスーパーフォーミュラ、スーパーフォーミュラライツと同時開催であるため、走行ラインが異なるJSB1000のライダーたちにとっては路面状況の変化にアジャストする経験が必要になってくる。ルーキーの岡本にとっては一つのハードルになるだろう。
一方で、第3戦・オートポリス (5/21-22)、第4戦・SUGO(6/4-5)、は梅雨が近づいていることもあり、ウェットコンディションになる確率が高いレースと言える。そういう意味ではまた開幕戦のようなウェットレースになればルーキーの岡本にとってもチャンスが巡ってくるはずだ。そこまでに岡本は鈴鹿でJSB1000の走りを習得し、可能な限りのポイントを重ねておかなくてはならないと言える。
岡本は21歳ながら、すでに全日本ST600で2度のチャンピオンを獲得。グランプリライダーとして名を馳せた阿部典史の父、阿部光雄監督が率いる「Team Norick」の出身。岡本もノリックこと阿部典史を育てたダートトレーニングを受け、ヤマハのワークスライダーに抜擢されるまでに成長した。
ただ、岡本にとって本当の意味での戦いはこれからだ。全日本ロードレースに久しぶりに現れた超新星。岡本の存在は新たなロードレースファンを作り出す重要なエッセンスになるだろう。
開幕戦・もてぎのレースの模様はYouTube「motoバトルLive」で視聴できるほか、4月末にBS12chの「tv.moto Channel」でダイジェストが放送される予定だ。
(motoバトルLiveによる中継/岡本が活躍したJSB1000レース2は3時間54分ごろから)