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吉田夕梨花、ハイブリッドな次世代リードの矜持「いつか子どもたちが憧れるポジションに」

竹田聡一郎スポーツライター
4シーズンをサードで過ごした経験がリードで活きた(著者撮影)

 キャリアリードという言葉がある。

 いや、「あった」と書くべきだろうか。

 リードの仕事には何といってもまず、どんなアイスコンディションでも各エンドで足場になるべく狙ったところに石を置くことが挙げられる。ウェイトや曲がり幅、試合前の感触と同じなのか変わったのか、あるいは変わっていきそうなのか。チームに情報をもたらす斥候であり切込隊長であり物差しでもある。

 おのずとアイスリーディングやデリバリー技術に長けた選手が務めることが多かった。チームの調子云々ではなく、常に淡々とショットを決める、そういう職人肌のポジション、あるいは人種を指した。国内でいうと2010年バンクーバー五輪に出場した石崎琴美、2014のソチ五輪では苫米地美智子などが近いかもしれない。彼女らはそれぞれの経験を安定に昇華させ、チームに貢献していた。

 しかし、近年のカーリングでは、リードには安定感に加え、スイーピング能力が重視されてきた。ただ早く強くアイスを溶かしストーンを運ぶだけではなく、ストーンの回転を視認しながら適切なウェイトジャッジを下す眼も必要になってくる。この10年でもっとも進化を求められたのはこのポジションかもしれない。

 そういう意味では日本女子はリード大国になりつつある。北海道銀行フォルティウスの近江谷杏菜は経験という意味では国内トップクラスでデリバリーとスイープの総合力も高い。中部電力の石郷岡葉純も若いが安定感のあるリードに変貌しつつある。

 そしてそのハイブリッドなリードの旗振り役がロコ・ソラーレ北見の吉田夕梨花だ。今回の五輪では序盤こそアイスリーディングに苦しんでショット率が上がらなかったが、後半戦でアジャストすると準決勝は91%、ブロンズメダルゲームも85%としっかりと自身の仕事を果たした。

 特筆すべきはショットよりもスイープ面だ。セカンドの鈴木夕湖とのフロントエンドを海外選手は、そのハードワークに驚きと敬意を込めて「クレイジースイーパーズ」と呼んでいるが、五輪ではスイープ次第で好ショットにもミスにも転ぶキーショットを大過なく運び、存在感を示し続けた。

 しかし、意外なことに、吉田夕はチーム結成時からリードだったわけではない。当初はスキップの本橋麻里に仕えるサードを務めていた。元々、ソフトウェイトのショットは得意だったため、攻守のスイッチャーとして手探りのチームにおいて初年度から日本選手権入賞に尽力した。

 15年シーズンに姉の知那美が加入しサードに入り、夕梨花はリードの経験を積み始めるが、これがハマった。

「ちゃんとカーリング頭を持っている」と夕梨花を評するのは、知那美と夕梨花の姉で、自身もカーリング経験のある長女の菜津季さんだが、4シーズン、サードとしてスキップショットをハウスで待った、つまり石をじっくり注視した日々がスイーパーとしての能力に化けたのだろう。AプランからBプランへの切り替えの際に発揮される判断力もサードの時期にベースは培われていたのかもしれない。

 性格的な面もある。控え目な物言いやおっとりした笑顔からは想像しにくいが、母・富美枝さんが「一度、決めたら自分の中で確かなものを確立するまで絶対にやるタイプ」、長女の菜津季さんが「家族の中で一番、頑固かもしれない」、次女の知那美は「不言実行で虎視眈々」と、三女をそれぞれ語る。黙々と淡々と炎を内に秘めるプレースタイルはリード向きと言っていい。

 バックエンドの面白さ、華やかさを知っている本人は、以前、冗談めかして「悪い石を持ちながらドローを決めて、テイクもできて当たり前。プラスアルファでスイープの技術も求められていく中で、あんまり私の手柄にはならないんです」と、ボヤいてたことがある。

 悪い石、とはクセのあるストーンだ。カーリングストーンはそれぞれに微妙な個性があり、曲がりやすい石やまったく曲がらない石が混在する。クセのある石を得点に直結するスキップに投げさせるわけにはいかないので、LS北見では吉田夕が“荒れ石担当”になることが多い。これにはスキップの藤沢五月も「うちにはプロフェッショナルがいるから、本当にありがたい」と全幅の信頼と多大な感謝を寄せている。むしろ彼女の存在感や仕事量はリードになってからの方が大きいかもしれない。

 悪い石を情報の乏しいアイスで投げ、そのガードを攻撃の起点にして攻めるエンドもあれば、彼女が決めたウィックで逃げ切るエンドもある。しかし、その仕事はあまりに地味で評価されにくい。テレビのハイライトにはいつもスキップが投げる映像と決めた後の笑顔で、フロントエンドはセットアップとスイープの脇役だ。自身でそういうポジションだということは十分、理解したうえでこうも言う。

「たぶん周りの人が思っているより自分のポジションに自分でプライドを持っています。やればやるほど難しさを感じますし、重要性を感じます」

 五輪前、抱負を聞かれて「結果ではなく、リードとして世界一になりたい。日本のリードは良いリード、強いリードだと言われるように」と言っていた。自らのポジションを誇れるようになった小さな頑固者は、世界一に近づくことができたのだろうか。

 また、五輪後については「何も決めていないし、最後になるかもしれない。どうするにしても覚悟は必要かな」と話すにとどまった。LS北見の中で、競技の継続という意味では一番、危うい存在だったかもしれない。

 しかし、五輪で銅メダルを獲得して、最初に「グランドスラム」の単語を口にしたのは彼女だった。五輪は五輪。その次にはツアーの最高峰タイトルが待っている。世界一のリードへの道はまだまだ途上で、自分を戒めたのかもしれない。どこまでも前向きでマイペースだ。

「いつか子供達が憧れるポジションにしたいなと思う」

 吉田夕梨花は自身のインスタグラムにそう綴っていたことがある。

 98年の長野五輪。スタンドでカーリングを観戦していた男子代表の両角兄弟がそれをきっかけにカーリングを始めたのは有名な話だ。今回の平昌でも、笑顔で着実に仕事を遂行する彼女の姿に何かを感じた、ハイブリッドなリード予備軍は必ずいるだろう。彼女に憧れた次世代が育つまでさらにキャリアを積んで、世界一のリードとして後進の挑戦を受けて欲しい。

吉田夕梨花(よしだ・ゆりか)

1993年7月7日、北海道北見市出身。母や姉の影響で5歳からカーリングを始め、学生時代から日本ジュニア選手権や日本選手権で入賞する。高校2年時に創部メンバーとしてロコ・ソラーレ北見の立ち上げから在籍し、国内屈指のリードに成長した。好きな食べ物は馬刺し。カーリングちび部副部長。

スポーツライター

1979年神奈川県出身。2004年にフリーランスのライターとなりサッカーを中心にスポーツ全般の取材と執筆を重ね、著書には『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』『日々是蹴球』(講談社)がある。 カーリングは2010年バンクーバー五輪に挑む「チーム青森」をきっかけに、歴代の日本代表チームを追い、取材歴も10年を超えた。

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