なでしこリーグ首位浮上を視界にとらえたベレーザ。新たなサッカーの浸透度は?
【ベレーザが取り入れた新たなコンセプト】
今シーズン、リーグ4連覇を目指す日テレ・ベレーザ(ベレーザ)は、永田雅人新監督の下で新たなスタイルを構築している。そのサッカーが、いよいよ輪郭をあらわしてきた。
5月26日(土)、ベレーザはホームにマイナビベガルタ仙台レディース(仙台)を迎え、2-0で勝利。開幕当初は点が取れずに苦しんでいたエースのFW田中美南が4試合連続となるゴールで勝利を牽引し、順位も2位まで浮上した。
永田監督の指導で特徴的なのが、トップチームの東京ヴェルディも採用している「ポジショナルプレー」の発想。その原則の一つが、「変化する試合状況の中で適切なポジションを取り続け、攻守において優位を保ち続ける」ことだ。選手の特性を生かす配置や組み合わせも重要だが、まずはそのベースとなる理論を、全員が理解しなくてはならない。それを実戦で表現するとなると、さらに難しそうだ。
実際、昨年までは試合の中で選手同士が流動的にポジションチェンジをしていたが、今シーズンのここまでの試合を見る限り、その動きに制限が加わっているように見える場面が多い。
だが、選手は新たなチャレンジを前向きに捉えているようだ。ベレーザで18年目のシーズンを迎えるベテラン、DF岩清水梓の言葉は印象的だった。
「産みの苦しみという言葉を身にしみて感じていますが、ビルドアップやボールの奪い方など、永田監督に教えてもらうことが多くあります。自分の引き出しを増やすという意味でも、日々サッカーを学んでいる充実感があって、楽しいですね」(岩清水/5月11日練習後)
リーグ開幕前後の3月から4月にかけて、代表活動に参加するために主力メンバーが長期間チームを離れた。その中で戦術理解にも差が生じたが、岩清水を中心にコミュニケーションを重ねて、そのギャップを埋めてきた。
だが、その後にさらなる試練がチームを襲った。
4月末のリーグ戦で、MF阪口夢穂が負傷。診断結果は、右膝前十字靭帯損傷および内側半月板損傷ーー最長で全治8カ月にも及ぶ大ケガだ。ベレーザのリーグ3連覇を牽引した大黒柱の離脱は、深刻だ。
新たなスタイル習得にチャレンジしながら、阪口の不在をどう埋めるのか。様々な困難が立ちはだかる中、8節を終えて5勝2分1敗という結果は、決して悪くない。
チームは予想以上のスピードで、新たなスタイルを体得しているのではないか。その印象を永田監督にぶつけてみたところ、次のような答えが返ってきた。
「(ベレーザには)元々、上手いだけではなく、考える力とか、それを自分のものにしていく吸収力が高い選手が多いので、予想以上に(新しい戦術に慣れるのが)早いな、と思います」(永田監督/5月11日練習後)
ベレーザは、勝ち点「2」差で首位のINAC神戸レオネッサ(INAC)を視界に捉えた。そして、6月3日(日)にリーグ前半戦の山場となるINACとの直接対決を迎える。
【仙台戦で見えた成果】
永田監督が今シーズン、採用しているシステムは4-1-4-1。その中で、仙台戦で目に見えた成果が、MF長谷川唯をインサイドハーフのポジションで起用したことと、MF宮澤ひなたを右サイドハーフで起用したことだ。
新システムで重要な役割を担う2列目のインサイドハーフについて、永田監督は、
「最終ラインを越えていく選手であり、中間のポジションでボールを受けて攻撃の起点にもなる。やや下りてボランチにもなり、ローテーションするとサイドバックにもなる。その多機能性が問われるポジションです」
と、話している。
26日の仙台戦で、そのインサイドハーフで起用された長谷川は、新たなスタイルのサッカーの中でも、水を得た魚のように躍動して見えた。ポジションにとらわれずにピッチ上のあちこちに顔を出し、相手と駆け引きをしながら出し手のタイミングをうかがい、ギリギリでプレーの判断を変えるーーそんなプレーが随所に見られた。前半7分の田中の先制ゴールの起点となった縦パス、そして、相手のミスを見逃さず、左足で冷静に決めた50分のシュートが試合の決め手になった。
「練習では試合でできなかったことをトレーニングで改善して、一つずつできるようになっています。まだ(完成度は)20、30パーセントですが、すべてを完璧にできるようになったら(相手を)圧倒し続けられると思います」(長谷川)
長谷川の言葉には、岩清水同様に、新たなチャレンジを楽しむ響きがあった。
また、昨年までとの違いで特に明確なのが、両サイドハーフが縦への突破を積極的に狙うことだ。そして、そのサイドで持ち味を炸裂させているのが、高卒1年目の宮澤。デビュー戦となった開幕戦で後半から出場すると、1ゴール1アシストで勝利に貢献。その後もコンスタントに活躍を続け、ここまで8試合で4ゴール4アシストと、たしかな結果を残している。
相手の裏をとるタイミングの良さ、足に吸いつくようなボールタッチとスピードの緩急、対峙するディフェンダーとの巧みな駆け引き。一つひとつのプレーに高いサッカーセンスを感じさせながら、観客をあっと言わせる意外性もある。仙台戦では、69分に反転しながら2人をかわして打った20m超のミドルシュートが、意表をつくファインプレーだった。
「どのポジションでも、自分のやるべきことは変わらないと思っています。自分自身だけでなく、見ている人が楽しんでくれるようなサッカーを、どこに行ってもやりたいと思っています」(宮澤)
プレー同様、宮澤の言葉には力強い響きがあった。INAC戦では、宮澤を含めた両サイドがいかに先手を取れるかが、試合の流れを左右するカギとなりそうだ。
【周囲を生かすスペシャリスト】
仙台戦で印象に残ったもう一人は、長谷川とともにインサイドハーフに入ったMF中里優だ。今や、阪口不在の中盤に欠かせない存在となっている。
中里は、148cmの小柄さも武器の一つ。予測やテクニックはもとより、体が大きい相手に優位に立つための間合いの取り方やボール奪取の精度には、人一倍のこだわりを持っている。代表に選ばれた2017年末のE-1選手権では、
「自分の間合いに持っていければ、どれだけ大きくてスピードがある選手からでも、ボールを奪ったり、逆を取れる自信があります。相手の懐に入りやすいのは、(背が)小さいことの利点だと思っています」
と話していた。そして、ベレーザでは昨年まで、パスで攻撃を組み立てる阪口と、ダブルボランチであうんの呼吸を見せていた。
今シーズンは、ポジショニングの取り方に多少の変化があった中で、中里がボール奪取に飛び出すシーンをあまり見ない。本人曰く、「ボールを奪いに行くことで、自分が空けたポジションを相手に使われることを避けるために」意図的に抑えている部分もあるという。代わりに、少ないタッチ数でボールを散らし、味方を生かすプレーが多くなった。それは、周囲の選手や試合状況に応じてプレーをいかようにも変えられる、中里のポリバレントな能力でもある。
「個で突破できるタイプではないので、(長谷川)唯みたいに個で仕掛けたり、動き回る選手と組んだ時に、全体のバランスをとることを意識しています。考えることが多くて、たまにパニックになっていますけど(笑)」(中里)
阪口の代わりになれる選手はいない。だが、周囲の良さを引き出せる中里がいれば、ベレーザの中盤が破綻することはないだろう。
今週末のINAC戦は、リーグ中断期間前最後の大一番だ。ベレーザにとっては、勝てば今シーズン初めて首位に立つチャンスでもある。両者の意地がぶつかり合う、熱い一戦になるにちがいない。