イラク:新型コロナウイルスの感染が拡大する中、予防のための規制を緩和
イラク政府は、2020年9月12日から中国発の新型コロナウイルスの感染拡大防止のために導入していた規制を一部緩和すると決定した。具体的には、新型コロナウイルスに感染して死亡した者の遺体を一定の条件下で通常の墓地に埋葬することを認める、スポーツの試合などを無観客で再開する、5つ星ホテルに付属するレストランや観光施設の再開、陸上の国境通過地点を貿易のため一部再開、政府機関の就業時間の延長、などだそうだ。
イラクに限らず、世界中の国が新型コロナウイルスの感染拡大防止と経済・社会活動の両立に苦心しているが、今般の規制緩和はイラクにおける感染者と死者数が増加傾向で、「感染拡大が制御不能になる」と懸念される中での決定だ。
当局は、住民の間で感染防止のための行動指針(マスクの着用、ソーシャル・ディスタンシングの確保、人混みの回避)が守られていないため、感染が拡大している可能性があると考えている。また、イラクにおいては断食明けの祝祭、犠牲祭などの祝祭・休日と共に感染者数が増える傾向があるそうだが、最近ではシーア派の祝祭であるアーシューラーがあったばかりだ。当局によると、祝祭の会場となった宗教施設では予防措置が取られていたが、街頭・市場・食堂などでまったく予防措置をとらない集団が多数みられ、これが感染拡大の一因である。これまでも、祝祭・休日に際して規制が緩和されてきたが、例えば夜間の外出禁止のような措置が継続されても、これを遵守しない者も多いらしい。
こうして、イラクでは過去数日間、連日4000人を超える新規感染者が確認され、通算の感染者数はおよそ27万3000人に達した。しかしながら、医療筋にはこれよりもはるかに多数が新型コロナウイルスに感染している疑いがあるとの見解もある。それによると、公立の病院に通院することによってかえって体調が悪化することを恐れ、検査や治療を受けない者が多いとのことだ。既に指摘した通り、イラクでは国家予算の編成や執行が遅れがちで、それにより病院などの公共施設に適切な資材が供給されなかったり、公務員の士気が低下したりしていることが予想される。公立の学校や病院がろくに活動せず、人民から信用されないという光景は、イラクだけでなくアラブ諸国ではよくみられるものだ。こうした機能不全を補う活動には、私立の機関だけでなく、教員や医師が副業として教育・医療行為を行う、イスラーム主義者らより士気が高い者たちがNGOなどを設立して必要なサービスを提供する、などの活動もある。とはいえ、これらの活動は、公立の機関の活動を立て直したり、公務員らの士気を高揚させたりする社会全体の要望なり活動なりにつながっているとは言えない。つまり、誰もが政治や社会に不満で、代替措置の確保に努めてはいるが、政治・社会を変革する運動にはなっていないということだ。
「アラブの春」以来、既存の体制を否定・拒絶する一方で、自らは新しい体制をどうするのか提示することも、自分が新体制を運営することもしないタイプの抗議行動は大きな混乱を招いただけに終わった。新型コロナウイルスの蔓延により、アラブ諸国が抱える様々な問題が明らかになった側面があるが、「ダメ出しするだけ」からどこにも向かうことができないという問題は本当に重症のようだ。