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【速報】ロシア軍が初めてウクライナ西側を攻撃。戦争は新局面か:黒海、オデッサ、モルドバ、ルーマニア

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

ウクライナの西に異変が起きた。

キエフの南西約200キロにあるヴィーンヌィツャの町がミサイル攻撃を受けて、ヴィーンヌィツャ空港が破壊された。

西側への攻撃は、黒海沿岸をのぞけば、これが初めてだろう。これは、ウクライナ戦争の新局面となるに違いない。

西側というのは、ドニエプル川の西側という意味である。

プーチン大統領の「軍事インフラの破壊は終わった」という舌の根も乾かぬうちに、1日も経っていないのに、この攻撃は実行された。プーチン大統領の戦略は、首都キエフ(キーウ)、ドニエプル川の東、黒海沿岸地域だけではなく、全土を視野に入れている可能性が出てきた。

ゼレンスキー大統領は、西側が同国上空に飛行禁止区域を設ける事を拒否し、戦闘機の提供を渋っている事を再度批判。

「私達は人間であり、私達を守ることはあなた方の人道的義務である」、「少なくとも私達が身を守れるような飛行機を与えないのなら、私達の結論は一つしかない、私達がゆっくり殺されるのを望んでいるのだ!」と絶叫に近くなっている。

以下、速報なので時間がなく、フランス語の地図でわかりにくくて申し訳ないが、空港の位置(Aeroport de Vinnytsia)はわかっていただけると思う。

 Le Mondeより。https://www.lemonde.fr/crise-ukrainienne/ 参照
Le Mondeより。https://www.lemonde.fr/crise-ukrainienne/ 参照

今までは、3つの戦闘が注目されてきた。まずは首都キエフ(キーウ)。次に、第二の都市でロシア国境に近い東側のハルキフ(Kharkiv)、そして黒海沿岸の東、マリウポリ(Marioupol)である。これに最近、オデッサ(Odessa) が加わり、4つとなった。

地図を見ればわかるように、マリウポリ(Marioupol)は、ロシアが国家承認した二つの共和国・ドネツクとルガンスクと、クリミアの間にある。この街が陥落するのは時間の問題だが、そうするとロシア・自称独立共和国・クリミア地域がつながる。

そしてオデッサ。

オデッサとクリミアの間には、ミコライフ(Mykolaiv)という大変重要な市がある(上記地図にも記されている)。

今はウクライナの豊かな穀物を輸出する拠点として、国際的な投資も進んでいたのだが、かつては閉じられた都市だった。ロシア帝国時代は海軍司令部があり、ソ連時代は重要な造船所がつくられたからだ。

そのような軍事拠点だったのは、南ブーフ川を挟んでクリミア地域とオデッサを結ぶ地域に位置すること(鉄道や車にとっては不便でも、船にとっては便利)、南ブーフ川が黒海方面に流れて、川幅が広くなっている場所位置しており(河口ではなくてやや内陸)、黒海に開けていくという地理のためだ。

さらに、ブーフ川ほど大きくはないが、インフラ川という別の川との合流地点で、水の資源に恵まれていることもある。

天然の要衝という地理が今、平和な街から軍事の街へ、過去の歴史へと引き戻している。

船にとっては便利で都合のよいミコライフ市であるが、ロシア陸軍にとっては、この市にある橋を渡らないと、両地域を地上で結べないのである。

今、ロシア陸軍がこの橋を奪取した後に、ロシア海軍が上陸作戦を展開する可能性があると言われていた。

(何だかふと、日露戦争の旅順港と203高地を思い出してしまった)。

川にかかる橋。The Odessa Reviewより。http://odessareview.com/mykolaiv-grains-brains/  参照
川にかかる橋。The Odessa Reviewより。http://odessareview.com/mykolaiv-grains-brains/  参照

写真中央の紫の円で示した部分に、グレーに白抜きで橋の絵が描かれているアイコンが見えるだろうか。これが両岸を結ぶ橋である。Google Mapより
写真中央の紫の円で示した部分に、グレーに白抜きで橋の絵が描かれているアイコンが見えるだろうか。これが両岸を結ぶ橋である。Google Mapより

オデッサのロシア海軍からの砲撃準備が整ったというが、何か陸で展開があったのだろうか、それとも無いから、海からの攻撃に切り替えたのだろうか。何か予測外のまったく別の展開があったのかもしれない。

ゼレンスキー大統領が自ら、6日の昼間に「ロシア人はいつもオデッサに来て、オデッサのあたたかさと誠実さだけを感じている。今はどうなっているか? オデッサに爆撃? オデッサに大砲? オデッサへのミサイル?」と訴えているのだから、筆者にわかるわけがない。

とまれ、上記二つの地域を奪取すれば、ロシアークリミアーオデッサが陸上でつながる。 プーチン大統領が黒海沿岸地域を占領しようとしているのは間違いない。

しかし、まさか西に来るとは・・・。

ロシアが制空権を握れない状態が続く限りでは、そんなに簡単に陸軍が西側全域に展開することはできないだろう。

しかし、西側の軍事インフラを爆撃で無力化し続け、怖れる人々がさらに国外へ逃避し、国民の気持ちもどんどん無力化するならば、例えば首都キエフ(キーウ)が落ちてしまったとしたら、全土を掌握することは、不可能ではないだろう。

人々は必ず飽きる。関心が低くなる。今は温かく迎えているウクライナ移民も、必ず膿んでくるようになる。急激に行うより、ある程度は時間をかけたほうが、心理戦ではロシアが有利かもしれない(経済戦では不利になるだろうが)。

それとも、ある時電撃的に、主力の力を一気に投入してくるだろうか。マクロン大統領は、プーチン大統領とコンタクトを取れる立場にあるが、先日大統領府のエリゼ宮は「ロシアは全土を掌握するつもりである」と発表したばかりだ。

赤枠の中が首都キエフ(キーウ)。真ん中を川が流れる。パリのセーヌ川、ロンドンのテムズ川、ウイーンのドナウ川と似ている。Google Mapより。
赤枠の中が首都キエフ(キーウ)。真ん中を川が流れる。パリのセーヌ川、ロンドンのテムズ川、ウイーンのドナウ川と似ている。Google Mapより。

首都キエフの戦闘が始まったときから、あるフランス人識者は「(ウクライナの真ん中を流れる)ドニエプル川の東という観点で私は見ている」と発言した。ここで重要なのは、「ドニエプル川」である。

欧州では川は非常に大きな意味をもつ。主要な街は、ほぼすべて川沿いにある。人間は何千年もの歴史の中で、車も飛行機もなく、物資の陸上輸送は馬(や他の動物)が担っていた。重いものや大量に運ぶのには、船舶が最も重要な輸送手段だったのだ。

首都キエフ(キーウ)は、ドニエプル川を挟んで東と西に街がまたがっている。現在、ロシア軍の攻撃は、西側で苦戦している。

先日、ロシア軍の攻撃があった、欧州最大の原発サイトがある町ザポリージャ(Zaporijjia)も、ドニエプル川沿いにある。原発は、冷却に大量の水を必要とするからだ。

そしてクリミア半島は川から見ると東側にある。

もしプーチン大統領の考えている事を大胆に予測するのならーー人命が関わる事で安易に予測を披露するのはためらいがあって、今まで一度も書かなかったのだが、川の東を占領するという計画なのかもしれないと内心では思っていた。

支配の仕方は、直接の占領、自称独立国、傀儡政権など、他にもあるかもしれない。そして西側を緩衝地帯として、ウクライナ独立国として残す。

しかしもう書いてもいいだろう。予測は外れたからだ。予測をまるであざわらうかのように、ロシアは西側の攻撃を始めた。

いつも悪い方へ、悪い方へと外れる。ヒトラーとナチスドイツの拡張の時代も、このように裏切られ続けた思いが、西ヨーロッパ人にのしかかったのだろうか。

ただし、黒海沿岸は別だ。どのような形であれ、ロシアが支配を確実なものにしようとするだろうとは、侵攻が始まる前から、ほぼ確信に近かったのだ。地政学と歴史から考えて、欧州の識者には特に珍しくもない発想だと思う。

参考記事(2021/12/5):ロシアとアメリカとEU、ウクライナで戦争が起こるのか。なぜこうなったのか。現状は。(わかりやすく)

モルドバとルーマニアの恐れ

前の記事で書いたように、いよいよモルドバに近くなってきた。

オデッサからモルドバへは、約50キロしかない。

参考記事:キエフ陥落を前に、フランス人の72%が欧州軍の創設を支持、モルドバもEU加盟を申請:欧州の歴史の転換

モルドバとウクライナの国境には、ロシアが支援してつくった、自称「沿ドニエストル共和国(英語名Transnistria)」というものがある。モルドバは、ウクライナと同じで、NATO加盟国ではない。

真ん中の細長い部分、英語でTransnistriaと書かれているのが、ロシアがつくった自称「沿ドニエストル共和国」である。Wikipedia英語版(Asybaris01作)より
真ん中の細長い部分、英語でTransnistriaと書かれているのが、ロシアがつくった自称「沿ドニエストル共和国」である。Wikipedia英語版(Asybaris01作)より

また、ルーマニアの恐怖も勝ってきているだろう。オデッサは、ルーマニアから遠くない(下の地図参照)。

ロシアが要求する「NATOを1997年以前の状態に戻せ」となると、ルーマニアもブルガリアも入らないことになるのだ。

読者の中には、ロシア海軍が、黒海の小さな島にいるウクライナ国境警備隊に向かって「武器を捨てて降伏するよう提案する。さもなければ爆撃する」と呼びかけたところ、「地獄に落ちろ!」と返答。全員死亡したという話を覚えている方もいると思う。

2月25日、この13人の守備隊にウクライナ政府は英雄の称号を与えたが、幸いなことに彼らは生きていた

アメリカや日本には「英雄談」として広まったが、この島がなぜ狙われたのかを語る記事は、日本語では見当たらなかったように思う。

この島は「ズミイヌイ島」、別名「蛇島」「スネーク島」と呼ばれる。ドナウ川の河口に位置する、黒海の要衝である。

この島に起きた事件は、大変不謹慎な例えで表現すると、日韓で争う竹島にロシア軍がやってきて、ぶんどってしまったーーという感じの出来事である。その日本のショックが今のルーマニアのショックであると考えると、少し近いかもしれない。以下に説明しよう。

Wikipedia英語版の地図(Carport作)をもとに筆者が場所を挿入。
Wikipedia英語版の地図(Carport作)をもとに筆者が場所を挿入。

この島は、黒海の要衝を占めるために、ロシア帝国とオスマントルコ帝国が争い、ルーマニアが加わって、常に領土争いの対象になった。

19世紀半ばのクリミア戦争中には、フランス、イギリス、オスマン帝国の連合艦隊がクリミア半島に上陸する前の集合地点となったと言われる。また、第二次世界大戦中、ルーマニアの支配下にあったこの島は、枢軸国軍が使用する無線局が置かれた。

冷戦時代はソ連領となり、対空防衛のためのレーダー基地と、ソ連海軍の沿岸監視システムの無線セクションとして使用された。

1980年代に石油とガスが見つかって以来、ルーマニアとソ連との間に国境紛争が起きる。ソ連が崩壊するとウクライナ領になるが、今度はウクライナとの間の国境紛争に移行した。

1997年、NATOはルーマニアに対し、NATOに加盟するならばウクライナとの紛争を解決するよう強く求めた(2004年に加盟が実現)。

その結果、この島を含む6つの島はウクライナに属することが確認されたが、蛇島に対応する領海と排他的経済水域は、依然として紛争が続いていた。

蛇島という名前は、14世紀に黒海を支配したジェノバ人が池に多くの爬虫類をみつけたため。ソ連時代に蛇を駆除したらネズミが増え、殺鼠剤で島が汚染されたという。Wikipedia英語版(Фотонак提供)
蛇島という名前は、14世紀に黒海を支配したジェノバ人が池に多くの爬虫類をみつけたため。ソ連時代に蛇を駆除したらネズミが増え、殺鼠剤で島が汚染されたという。Wikipedia英語版(Фотонак提供)

2004年9月、ルーマニアはハーグの国際司法裁判所に提訴した。同国の主張は「これは岩」、ウクライナの主張は「これは島」。大変身近に感じる争いだが、裁判では全会一致で、両方で分ける結果となった。

これで公式には島そのものの紛争は終わったのだが、湾と島の間の領海帯で、まだ紛争が残っている。

ところがここに、ロシア軍が侵略してきて、占領してしまったのだ。それがあの「退去しろ→地獄に落ちろ」事件である。

この事件から、ルーマニアの防衛の主張は特に激しさを増した。NATO軍はルーマニアの防備も、かなり前から始めている。最近のオデッサへの攻撃は、ルーマニアをさらなる不安に陥れている。ロシア艦隊が、再び喉元まで戻ってこようとしているのだ。

特にフランスは、2月24日のウクライナ侵攻開始以来、500人近いフランス軍をルーマニアに緊急配備している。300人近いベルギー兵を伴っている。自国軍の派遣とあって、フランスではほぼ毎日ニュースになっていた。

ルーマニアのコンスタンツァ近郊のミハイル・コガルニチアヌ基地には、2月に援軍として派遣された1000人近いアメリカ軍がすでに配備されていた。

6日(日)には、フランスのパルリ国防大臣がこの基地に到着、NATO7カ国の軍人1000人を前に言葉を述べた。

フランスのパルリ国防相と、ストルテンベルグNATO事務総長。2022年2月16日ブリュッセルのNATO国防相会合で。
フランスのパルリ国防相と、ストルテンベルグNATO事務総長。2022年2月16日ブリュッセルのNATO国防相会合で。写真:ロイター/アフロ

NATO軍の派遣により、ロシアのウクライナ侵攻後に同盟国が「揺るぎない結束」を示せるようにすべきであること。同盟国の関与は「攻撃的ではなく、防御的である」。「同盟はロシアを脅かすものではない。ヨーロッパはロシアを脅かしてはいない。誰もロシアを脅かしてはいない」と述べたという。

5日の土曜日も輸送機が飛来し、ウクライナとの国境から200キロ弱の場所にあるこの基地に、必要な機材を運び続けているということだ。

ルーマニア人には不安な状態が続くが、それでもNATO加盟国である。加盟していないモルドバに比べれば、守られていると言うべきだろう。

3月6日より、ウクライナの東や、むしろ東寄りの黒海沿岸だけではなく、全土、全方位を見なければならない事態になった。新しい局面を迎えたと言えるだろう。

2月23日、パリの市庁舎がウクライナと連帯を示すために、数日間、同国の国旗色にライトアップ。でも国旗色に全く見えず、完全に失敗だったと思う。同時開催のブランデンブルク門のほうは見事だったが。筆者撮影
2月23日、パリの市庁舎がウクライナと連帯を示すために、数日間、同国の国旗色にライトアップ。でも国旗色に全く見えず、完全に失敗だったと思う。同時開催のブランデンブルク門のほうは見事だったが。筆者撮影

欧州のウクライナに見せる連帯は続く。歌謡コンテスト「ユーロヴィジョン」の今年のフランス代表の選考会が、昨日放送された。舞台ではウクライナ国旗色のネオンが輝く中、10組の候補者も会場の人々も、ウクライナへの連帯を示して「イマジン」を歌った。

しかし、ウクライナが欲しているのは、戦闘機であり、武器である。誰も「武力介入するべきだ」とは言わない。第三次世界大戦を防ぐためではあるが、結局、ベストを尽くして協力しながらも、ウクライナを冷徹に見放している事実が存在するという事態は続く。

戦況は新局面を迎え、人々も戦争報道に疲れてくるだろう。熱狂が過ぎた後の欧州に待っているのは、挫折感だろうか、人間の心の腐敗だろうか。くじけずに訴えてゆく力は残り、輝くだろうか、白けるだろうか。

こちらはベルリン。3月4日ユーロビジョンのドイツ予選で、優勝したマリク・ハリスが自作曲「ロックスター」を歌いながらウクライナへの支援を表明。ギターに「Stand with Ukraine」とある。
こちらはベルリン。3月4日ユーロビジョンのドイツ予選で、優勝したマリク・ハリスが自作曲「ロックスター」を歌いながらウクライナへの支援を表明。ギターに「Stand with Ukraine」とある。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

2月27日、エッフェル塔がウクライナを応援するために、週末3日間国旗色にライトアップ。こちらは成功だ。筆者撮影。
2月27日、エッフェル塔がウクライナを応援するために、週末3日間国旗色にライトアップ。こちらは成功だ。筆者撮影。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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