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中村憲剛と中西哲生の発言から考える「サッカーをコトバにする」ということ。

河治良幸スポーツジャーナリスト
常に狙いを持ってプレーする中村憲剛選手はサッカーをコトバにする能力も優れている。(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

新著『解説者のコトバを聴けば サッカーの観かたが解る』ではサッカー解説者のコトバにフォーカスしてまとめた。

サッカーをコトバで表現する。それは簡単な様で難しい。すでに作られたコトバに当てはまらないシーンが多く、時にコトバが実態から独り歩きしてしまうためだ。日本では”4−4−2”や”3−5−2”といったシステム表記や日本代表の外国人監督が持ち込んできた”インテンシティー””デュエル”といった用語がよく使われるが、すでに定義された言葉から外れるプレーやシチュエーションには弱い部分がある。

「サッカーの本質はそうしたコトバに当てはまらない”グレーゾーン”にある」という玄人的な言い方もできるわけだが、試合で見えたものをよりカテゴライズして表現できれば、観戦の視点をより進めることは可能ではないか。スポーツジャーナリストの中西哲生氏を取材した時に、そのテーマで議論になった。

■”横からのパス”をどう表すか?

(以下、『解説者のコトバを聴けば サッカーの観かたが解る』の抜粋を含む)

中西「メディアの中からでもサッカーに関すことを発信するというか、新しいコトバを作るというね。たとえば”攻撃のスイッチ”というコトバは最初に言ったんですけど、今はみんな使ってるじゃないですか。『中西さんが言ってたけど使っていい?』と言っていたりしたけど、ぜんぜん言っていいと思う。誰もが言うべきだし

ーー例えば横からのパスってどうしましょうかね。クロスの中でもテーゲットの相手が分かってそこに狙って、キーパーとDFの間に通すではなくて。

中西「点で合わせると言うのは大事だよね。面も大事だけど、クロス自体がラストパスっていう定義にならないと。クロスはラストパスという

ーーコトバは日本人は記号化する傾向もあるけれども、コトバによってよりイメージが進みますよね。

中西「それは作ればいいと思うよ、河治さんが。クロスボールって俺たちの中では上げたら終わりじゃない。でもクロスを上げておけば怒られないから、責任逃れのクロスが多いんですよ。クロスというのはラストパスだということで、もっと丁寧にやってほしいんですよ。丁寧だからといって大胆さが無いとダメだけど。大胆かつ繊細に行くことが大事なので

■中村憲剛のコトバ

なぜ自分がここで”横からのパス”というコトバを出したのか。2016年の3月だから、もう1年半になる。J1の川崎×湘南の試合後に中村憲剛選手とこんなやりとりをした。

相手にとって嫌なことは何か」。中村憲剛(川崎フロンターレ)が提言する“考えながら崩すサッカー”とは

ーー終盤に追いついた(森本選手の)4点目というのはチームとしてエドゥアルドを入れてクロスからという形はある中でも、大島選手のサイドチェンジが1回入ったじゃないですか。あそこから上げてもおかしくないところでサイドチェンジを入れたことで、車屋選手の決定的なクロスにつながりましたけど、あのあたりは川崎らしくないところでも川崎らしさが出たところでしょうか。

中村「要はあのクロスも投げやりで上げているわけじゃなくて、たぶん(車屋)紳太郎も(小林)悠の動きが見えているわけで。悠もあそこに紳太郎が蹴ると考えて行っていると思うので。言ったらクロスじゃなくてパスですよね。だから俺が中野に出したやつもパスですよ。あれをクロスと言うのかパスと言うのかで、観ている皆さんの質も問われるわけで。間違っちゃいけないのはパワープレーが悪いわけじゃないし、そのボールの質ですよね。アバウトに蹴ってるのか、ちゃんとそれを狙って蹴ってるのか。それを正確に評価してほしいなというところはあります

ーーただ、イングランドのプレミアリーグなんかだと名前はクロスでも、しっかり受け手を狙って蹴っている。あれがクロスとも言えますよね。

中村「まあそうですよね。だからその定義が難しい訳で。こういう話を皆さんとするのはすごく有意義なことだと思うし、その1本のクロスの話だけで、この後みんな夜話してくれればいいし、そういう風にみんなで質を高めていければ。あれをクロスと言うのかパスと言うのか。それだけでサッカーが変わりますから。あれを俺はパスだと思う

■”横からのパス”は”デリバリー”

中西氏とも親交が深い中村憲剛選手はオフにWOWOWのリーガ・エスパニョーラなどでゲスト解説をすることもあり、同書の取材でWOWOWの柄沢アナウンサーから「すぐにピンで解説者がつとまる」と評価された。プレーヤーとしての能力はもちろん、サッカーをコトバにできる選手の1人だ。その中村選手が「あれを俺はパスだと思う」と語ったことは大きな意味があると考えた。

ーー車屋紳太郎選手が小林悠選手に出したクロスに関して、中村憲剛選手と試合後に話した時に“あれはクロスではなくパスだと思ってやっている”と言われました。ただ、例えばエバートンのレイトン・ベインズがちゃんと狙って正確に出しているけどクロスやセンタリングと言っているじゃないですかと憲剛選手に言ったら、そこはちゃんと言語化したいという話になって。

中西「それはピンポイントクロスですよね。もっとピンポイントで上げた方がいいですよ。もう1個言うと通らないのはFWの位置取りが悪いからなんですよ。FWがボールの軌道を追っているよりも、常にDFとDFの間に立てばいいわけだから。もちろんFWのタイプによっては、とにかく中に早いボールを蹴ってくれとか、シュート性のボールを上げてくれればこっちが合わせるからというケースもあるけどね

ーー選手によっても変わりますよね。

中西「例えばサイドにいるのが駒野(友一)だったら狙ってくるだろうし

ーー走って来ようが待ってようが、狙ったところに上げますよね。

中西「だから海外で観ている時に聞くけど”デリバリー”って言えばいいんじゃないかと。いい”デリバリー”をすればということでしょ。ピンポイントのデリバリー。ピザの配達みたいなものでしょ(笑)。隣の家に行ったら困るじゃん。配達する。そういう場合は”デリバリー”がいいんじゃないですか。クロスというのは抽象的なので

ーーデリバリーもクロスの範疇かもしれないけど、狙いという部分で、よりカテゴライズはされますね。

中西「”デリバリー”がいい。時間もそうだけど、速くて正確という。正確にそこに届けますよ。届けてはじめてデリバリー成功ですと。サッカーの辞書を作ってほしいといつも思ってるんですよ。もっと名前をたくさん作った方がいいって。抜くドリブルか運ぶドリブルか

ーー日本人はシステム論とか、4−4−2というとパズルゲームのように4−4−2を解釈してしまいがちですが、良い方に捉えれば言語化ができるということなので、そこをさらに細分化して、もっとグレーゾーンと言われているところのメカニズムも明確にしていけば定着するかもしれませんね。

中西「カテゴライズした方がいいんですよ、いろんな傾向を。僕は得点の状況をカテゴライズしているんですけど、大きく2つあって、1つはシビアゴールで、先制点、同点ゴール、逆転ゴール、勝ち越しゴール。残りは追加点とか、2点差が3点差になるようなゴールを分けてるんですよ。それで全然違う

もちろんサッカーはファンも記者も解説者も、自分の目で試合を観て楽しんだり評価するわけだが、明確なコトバがあるほど表現は豊かになるし、議論も整理される。そこで当てはまらないシチュエーションやプレーが出てきた時に、そこで終わらせてしまうのではなく、よりカテゴライズを進めていくことで、広く共有しやすくなる。サッカーを観ることとコトバにすすることを両輪にしていくことで、さらにサッカー観戦は豊かになるのではないか。筆者もそう考えさせられる取材となった。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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