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「相手にとって嫌なことは何か」。中村憲剛(川崎フロンターレ)が提言する“考えながら崩すサッカー”とは

河治良幸スポーツジャーナリスト

J1第2節の川崎フロンターレ×湘南ベルマーレは川崎のパスワークと湘南のハイプレスがせめぎあう様な激しい攻防となり、結果は4−4のドロー。川崎の風間八宏監督が”攻守一体のサッカーをやってくれた”と表現すれば、湘南のチョウ貴裁監督が「ブンデスリーガの様」と振り返る、非常にエキサイディングな試合展開。勝ち負けはともかく、スタジアムに訪れた多くのファンが楽しめたはずだが、同時に互いの狙いの中での判断の質と精度が問われる内容だった。

その中で気になったのは川崎の攻撃が前半は湘南のプレスにかかり、いつも以上にミスが目立っていたこと。途中からかなり改善されたが、その要因はどこにあったのだろうか。その疑問に関して試合後のミックスゾーン(囲み取材用のエリア)で川崎のプレーメーカーを担う中村憲剛を取材したところ、非常に興味深い内容となった。そこには川崎の進化につながるヒントとともに、日本サッカーの課題にも通じる提言が含まれている様に思う。それは“相手を見て考えるサッカー”だ。

そこで質問と回答の全文をまとめる形で掲載する。川崎サポーターはもちろん、多くのサッカーファンが中村憲剛の言葉を読み、そこから“考えるサッカー”をイメージしてみてほしい。

中村憲剛「(前半の半ばまで相手のプレッシャーに苦しんだことについては?)もっと早く気付くべきですよね。どこが空いているか。左SBの(車屋)紳太郎のところがガラ空きだったわけですよ。それに対して中央の(谷口)彰悟と俺と(大島)僚太と奈良ちゃんのところに相手のシャドーがきゅっと締まってて、ダブル・ボランチもガッと来てるのに、わざわざ俺と(大島)僚太に出す必要ないじゃないですか」

「すごい人がいるなと思って。(車屋)紳太郎にポンと出るとそのまま縦に運べてたから。これをずっとやればいいじゃないかと思って。そこからけっこう抉れていたし。それで完結してゴールキックとかCKで終わってくれれば(車屋)紳太郎の攻めからカウンターを受けることもない。それにもっと早く気付くべきでした。正直に5分ぐらいまともに受けて、けっこうボールロストしていたので」

「(2枚替えでリズムが良くなった)後半の頭から20分の時間で決めたかったなと。ほぼハーフコートに押し込んでいたので。そしたら向うも2人前の選手を替えてきて回復させてきた。いろいろ反省するべき点が多くて、勿体ないところもあります。完璧に崩されたなという失点はなくて、人の付いたところで先に触られている。4−4の試合でなかなか収穫を見つけることも難しいですけど、それでもあれだけ頑張ってくる相手に対して、試合を通じていくつも決定機を作れました、という試合です」

風間監督は記者会見で「普段もっとスピードがある練習をしているから、湘南がいくらボールを取りに来るといっても、そこでもっと正確な判断でできたはず」といった趣旨のことを話していましたけど、ああいう状況になった時に、とりあえず中村選手のところにボールが来てしまう。そのあと問題が解決されたかもしれないですけど、苦しくなると中村選手のところに一旦来てしまうみたいなところがあるじゃないですか。

中村憲剛「何だろうな・・・(選択肢が)無くなってから俺のところに来るというのが今日は多かったですね。いつもだったら、いくつもみんな作ってくれるんだけど、けっこう(谷口)彰悟のところに無理な距離感とスピードでボールが来てたりとか、ちょっと勿体ないなというのはあったので。そこはもうちょっとうまくね」

「俺もそうだし、後ろの6人だけの問題じゃなくて、もっと前の選手も含めて。ああいうビルドアップの時にプレッシャーをかけてくる。(湘南は)たぶん日本で一番速いプレッシャーというか、速くて回数の多いチームなので、これをかわしきれれば本当に自信になりますし。それでもやっぱりひっかかっちゃうのは前半、個人的には非常に悔しかったです」

「先ほど言った様に空いているところから攻めるというのも1つ解決法として持っておかなきゃいけないし、あそこでけっこう時間は作れていたので。でも俺個人も意固地になっていたところがあるというか。こういうチームに対して(中央で)やりきりたいっていうのもあるので、そこがうまく相手の思惑と重なっちゃったなというのは(笑)。チームとしてやりたいことと、湘南としてそこを潰しに来るところ。だから冷静にもっと状況判断して見られれば良かったなというのはあります」

サッカーの判断として難しいのは、ある試合で外が空いているからそこに出して解決しても、次の試合では中が空いているのに外に行っちゃうみたいな傾向が、川崎に限らずJリーグでありがちじゃないですか。でも相手を見ながらしっかり自分たちの選択肢の中で的確なことを前半からでもやっていくみたいなことはリーグのレベルアップのためにも必要なことですかね。

中村憲剛「結局、相手にとって嫌なことは何かっていうところですよね。真ん中から攻められるのが一番嫌なわけで。今日みたいにほぼ“ペナ幅”で守ってくる相手に対しては1回外は使わないといけないし、中で行けないんだったら。それで1回広げておいて中を攻めることができれば、後半の立ち上がりぐらいのテンポで、相手が外からもう来ないだろうというタイミングでも中から行ける。そうすると相手も下がらざるをえないし、クリア一辺倒になるのでボールも回収でき、自分たちのプレーができる。そういうのをもっと自分たちで早く気付かないといけないなというのは試合で感じました」

そういう判断のスイッチみたいなところは川崎だと中村選手が入れることが多いと思うんですけど、ただユベントスのピルロがいなくなった直後じゃないですが、常に考えて起点になってくれる中心選手がいるいないでサッカーが変わってしまう様だと、試合によってチームの攻撃が停滞する様なことも起きがちですよね。その中で中村選手の重要性はあるけど、もっとチームでビジョンを共有して、中村憲剛がいるいないじゃなくて、川崎としてやれる様になっていくべきでしょうか?

中村憲剛「そうですね。だから(谷口)彰悟にしてもそうだし、(大島)僚太にしてもそうだし、自分の出したパスの先でどうなっていくかというのをもっと予測しないといけない。自分がそこに出したいから出すんじゃなくて、そうなった後に相手と味方の立ち位置がどうなるか。(車屋)紳太郎に出したのはいいけど、その後にどうなるか。ひょっとしたら僚太に1回付けてから外に出した方が相手はもっと嫌かもしれない」

「そういうのを相手を見ながら、ペースを見ながら嫌らしいことを・・・だいぶ考える様にはなってきたと見てますけど、もっともっと、まあ(大久保)嘉人も前にいるわけで。そこにどうやってつなげるかというのも課題でもある。それはすごく・・・1人1人の自立というのがより求められる。あれぐらいのテンポでプレッシャーをかけてこられるチームにはなっているので、SBもそうだし、サイドハーフもそうだし、1人1人がどうやって相手の嫌がることをやって崩していくかというのを共有していかないと」

「“ボールが来ました、どうするか”じゃなくて、ボールが逆サイドにある時から自分がどう絡むかをもっと考えなきゃいけないし、そういう意味では今日の(小林)悠のゴールなんかはボールが別のところにある時から自分が欲しいスペースにしっかり走り込んでいるし、だから彼は2点取るし、4点目のモリ(森本)のゴールもアシストできる。彼は相手の嫌がることをできるスペシャリストなので」

「そういうのをもっともっと、中野(嘉大)もモリ(森本)も、(森谷)賢太郎もそうだし。車屋がフリーでボールを運ぶんだったら、左サイドの(狩野)健太とか中野がどうやったら相手が嫌なのか。背中に走ったら嫌なのか、真ん中にいた方が嫌なのかというのを常に、攻めている時はずっと考えてないといけない。それでボールを失わなければいいわけだから。だから自分がボールを取られないためのポジションを取ればいいわけで、全部が全部、受けなくてもいいわけですよ」

「そのフリーランでひょっとしたら相手が困るかもしれない。それで(大久保)嘉人が空くかもしれない。それまでに誰がどれだけ考えているかという集合体だと思うので。それが出来ている時は非常に面白いゴールも生まれるし。そういうのを日々の練習でね、ただやるんじゃなくて、そこまで考えて突き詰めてやらないと、これだけ守って来る相手というのは点を取れないですよ。まあ4点取りましたけど(笑)。チャンスも作りましたけど、もっともっと作れるっていうことです」

そうした方向性がある中で、終盤に追いついた4点目というのはチームとしてエドゥアルドを入れてクロスからという形はある中でも、大島選手のサイドチェンジが1回入ったじゃないですか。あそこから上げてもおかしくないところでサイドチェンジを入れたことで、車屋選手の決定的なクロスにつながりましたけど、あのあたりは川崎らしくないところでも川崎らしさが出たところでしょうか。

中村憲剛「要はあのクロスも投げやりで上げているわけじゃなくて、たぶん(車屋)紳太郎も(小林)悠の動きが見えているわけで。悠もあそこに紳太郎が蹴ると考えて行っていると思うので。言ったらクロスじゃなくてパスですよね。だから俺が中野に出したやつもパスですよ。あれをクロスと言うのかパスと言うのかで、観ている皆さんの質も問われるわけで。間違っちゃいけないのはパワープレーが悪いわけじゃないし、そのボールの質ですよね。アバウトに蹴ってるのか、ちゃんとそれを狙って蹴ってるのか。それを正確に評価してほしいなというところはあります」

ただ、イングランドのプレミアリーグなんかだと名前はクロスでも、しっかり受け手を狙って蹴っている。あれがクロスとも言えますよね。

中村憲剛「まあそうですよね。だからその定義が難しい訳で。こういう話を皆さんとするのはすごく有意義なことだと思うし、その1本のクロスの話だけで、この後みんな夜話してくれればいいし、そういう風にみんなで質を高めていければ。あれをクロスと言うのかパスと言うのか。それだけでサッカーが変わりますから。あれを俺はパスだと思う」

「あそこはエドゥ(エドゥアルド)が入ってきて多少そういう風に思われるかもしれないですけど、エドゥに行くのは多少パワープレーかもしれないですけど、あの点のシーンに関してはパスですよね。湘南の4点目も、あれはパスですから。(形は)クロスですけど(狙いは)パスですから。そういうことだと思います」

エドゥアルド選手が入った時のチームの狙いというのは?(エルゴラッソ竹中玲央奈記者)

中村憲剛「もう前にいたから、そういうことだろうなと(笑)。ただ、相手がそれでエドゥに目が寄るんだったら逆にチャンスだから。言ったら地上戦にも持ち込めますし、そこでみんなが・・・それこそ考え様ですよね。エドゥが入ったからボンボン放り込むのか、それとも(大島)僚太が(車屋)紳太郎に出した様にそこをうまく囮に使って攻めるのか。それは個人のあの瞬間の解釈だから、もうチームプレーとかじゃない訳ですよ。個人の判断だから。それをもう何て言うんですか・・・質の話ですね」

あそこで前の選手が前を向ける様になったというのはエドゥアルド選手が入った効果ですよね。

中村憲剛「それはありますよね、彼が引っ張ってくれたから。それは采配と言えば采配だし。まあ、こういう話がたくさんできるといいと思います」

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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