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「クラゲ」の刺傷に「お酢」は有効か

石田雅彦科学ジャーナリスト
毒性を持つライオンタテガミクラゲ(写真:アフロ)

 夏も終わりに近づき、海水浴の機会も残り少なくなってきた。この時期の海にはクラゲが多く現れ、触手の刺胞(Nematocyst)に刺され、痛い思いをした人も少なくないはずだ。クラゲの刺傷をお酢で洗うと効果的という説があるが本当だろうか。

よくわかっていないクラゲ毒

 この記事で紹介するのは、効果がはっきりと明らかになった治療法ではない。従って、ここでは文献や臨床での報告などから得た情報を述べる。迅速な救急搬送を含む医療機関での治療が第一なのはもちろんだが、海水浴でクラゲに刺されたときの参考にしてもらいたい。

 刺胞動物(Cnidaria)の一種であるクラゲは、世界で約1万種類が知られ、その中で人に対して害をなすものは約100種類といわれている。毒を持つクラゲが危険なのは、その触手の表皮に備えられた刺胞から発射されるコイル状のチューブ(カプセル)に入った毒素が強力だからだ。クラゲの種類によって異なるが、その触手には数千から数億個の刺胞がある。

 全てのクラゲ類は毒を持つが、人に害をなす毒クラゲは刺胞が人の皮膚を貫通するほどの長さを持っているからだ。刺胞から毒カプセルが発射されると、数秒で皮膚の下へ入り込む。刺胞は毒液を相手に注入しやすいような巧みな構造をしている。

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クラゲと同じ刺胞動物のヒドラ(Hydra)の刺胞のメカニズム。刺胞の中に毒チューブが収まっているが(a)、刺激を受けると先端が尖ったカプセルが飛び出して相手の皮膚を突き破り(b)、毒液が詰まったチューブを引き出しながら(c)、皮膚の中へ深く侵入する(d)。このため、毒の入ったチューブから毒を出させないで取り除くことができれば最も効果的な治療となる。また、刺胞には刺激を受ける刺針というセンサーも備えている。Via:Pierre Tardent, Thomas Holstein, "Morphology and morphodynamics of the stenotele nematocyst of Hydra attenuata Pall. (Hydrozoa, Cnidaria)." Cell and Tissue Research, Vol.224, Issue2, 269-290, 1982

 世界で毎年約1億5000万人がクラゲの刺傷被害にあっていると推定されているが、実数はもっと多いだろう。被害者の中には、死者も報告されている(※1)。クラゲの被害を完全に防ぐには、海水浴場にネットを設置するなどの物理的な対応を取るしかないが、海水浴場の多くにはそうした防御ネットはないし、あっても波浪などですぐに壊れてしまう。そのため、クラゲ被害は観光業へも影響を与える。

 万が一、クラゲに刺されてしまったらどうすればいいのだろうか。クラゲに刺された場合の応急措置や解毒法は、まだはっきりと確立されているわけではない。クラゲに刺された状況も多様だからだが、そもそもクラゲ自体が入手しにくいこともあって研究が進んでいないのだ。

 クラゲの場合、ヘビ毒のように毒牙の根本にある毒腺からする採毒(Milking)も容易ではない。ほかの組織を混在させずにクラゲの刺胞だけを採取するのは難しく、タンパク質であるクラゲ毒は採取後に変化して生物活性を失ってしまいがちだ。

 このように、クラゲ毒については未知の部分が多いが、少しずつ毒性のあるタンパク質がわかってきている(※2)。だが、解毒薬が開発されるまでにはまだ至っていない。

刺激せずに刺胞を除去する

 クラゲに刺された瞬間には、鋭い痛みを感じるが、刺されたところに炎症が起きたり腫れや痒みを生じる。毒性の強いハコクラゲ(Cubozoa)の仲間に刺されると皮膚が壊死し、オーストラリア沿岸やインド洋にいるオーストラリアウンバチクラゲ(Chironex fleckeri)というハコクラゲに刺されると死に至ることも多い(※3)。

 日本にもハコクラゲがいる。南西諸島近海に棲息するハブクラゲ(Chironex yamaguchii)には強い毒があり死亡例も報告され、日本近海に広く棲息するアンドンクラゲ(Carybdea brevipedalia)も毒性が強い。また、ハコクラゲの仲間ではないが、カツオノエボシ(Physalia physalis)も強毒性があり、アナフィラキシーショックを引き起こすこともある。

 刺されたときの症状は、クラゲの大きさや触手の長さ(=刺胞の数)にもよると考えられ、当然だが小型のクラゲより大型のクラゲや刺胞が多いクラゲに刺されたほうが一度に注入される毒素の量が多くなり症状が重くなる。また、刺された痕がミミズ腫れのようになり、長期間、痛みや痒みなどに悩まされることも多い。

 毒性の強いハコクラゲに刺された場合、激しい痛みや急性の肺水腫などが起きることがある。特に耐性の弱い子どもの場合、海水浴場の医師に救援を要請したり救急車を呼ぶなどの措置が必要だ(※4)。

 基本的には、刺された皮膚から毒素を出させないまま刺胞チューブを除去できればいい。ただ、掻きむしって刺胞チューブを引き出そうとすると、それが刺激になって毒が出てしまうので掻きむしってはいけない。また、刺された場所を包帯や絆創膏などでふさぐと、刺胞チューブが自然に皮膚から排出されることを阻むため推奨されない(※5)。

 氷嚢などで冷やすより温めたほうが良さそうだ。海水で洗うのは文献によって善し悪しがある(※6)。酢酸や食酢などの酸性の強い液体で洗うと刺胞カプセルが毒を出すことを防ぐようだが、刺胞カプセルを排出させるためには海水で洗ったほうがいいという報告もある(※7)。

 刺されたら患部を酸性のお酢(食酢)で洗うのが効果的といわれるが、これはクラゲの種類によって効果が異なり、逆に症状を悪化させる場合もあるようだ(※8)。これも文献によって違いがあり、お酢の効果とクラゲの種類に依然として論争が続いている(※9)。カツオノエボシの刺傷に効果があるという文献は多いが、カツオノエボシの別種や地域によっては効果がないか、むしろ危険という文献もある(※10)。

 このように、クラゲに刺された場合、対症療法しかないが、クラゲの種類によっても対処方法が異なる。お酢で洗うという行為は、ある種のクラゲには効果的とされていて、そう報告する文献は多いが、全てのクラゲに効果があるわけではなく、むしろ症状を悪化させることもあるのだ(※10)。全てのクラゲの刺傷に対し、即効性のある治療法はない(※12)。

 以上をまとめれば、Tシャツを着て泳ぐなど、なるべくクラゲに刺されないようにすべきだが、透明度の悪い海では、どんな種類のクラゲに刺されたのかわからないだろう。種類のわからないクラゲに刺された場合、海水やお酢で洗うのは止めたほうがいい。刺激して毒を出させずに刺胞カプセルを除去し、患部を冷やさずにすぐ医療機関で診察してもらうことが重要だろう。

※1:David R. Boulware, "A Randomized, Controlled Field Trial for the Prevention of Jellyfish Stings With a Topical Sting Inhibitor." Journal of Travel Medicine, Vol.13, Issue3, 166-171, 2006

※2-1:H Nagai, et al., "Novel proteinaceous toxins from the box jellyfish (sea wasp) Carybdea rastoni." Biochemical and Biophysical Research Communications, Vol.275, 582-588, 2000

※2-2:James Tibballs, "Australian venomous jellyfish, envenomation syndromes, toxins and therapy." Toxicon, Vol.48, Issue7, 830-859, 2006

※2-3:Diane Brinkman, James Burnell, "Identification, cloning and sequencing of two major venom proteins from the box jellyfish, Chironex fleckeri." Toxicon, Vol.50、Issue6, 850-860, 2007

※2-4:James Tibballs, et al., "Immunological and Toxinological Responses to Jellyfish Stings." Inflammation & Allergy-Drug Targets, Vol.10, No.5, 438-446, 2011

※2-5:Gian Luige Marittini, Irwin Darren Grice, "Antimicrobials from Cnidarians. A New Perspective for Anti-Infective Therapy?" marine drugs, Vol.14, 2016

※3:J Lumley, et al., "Fatal envenomation by Chironex fleckeri, the north Australian box jellyfish: the continuing search for lethal mechanisms." The Medical Journal of Australia, Vol.148(10), 527-534, 1988

※4:C E. Beadnell, et al., "Management of a major box jellyfish (Chironex fleckeri) sting. Lessons from the first minutes and hours." The Medical Journal of Australia, Vol.156(9), 655-658, 1992

※5:Luca Cegolon, et al., "Jellyfish Stings and Their Management: A Review." marine drugs, Vol.11, Issue2, 523-550, 2013

※6:Angel Anne Yanagihara, Christie L. Wilcox, "Cubozoan Sting-Site Seawater Rinse, Scraping, and Ice Can Increase Venom Load: Upending Current First Aid Recommendations." toxins, Vol.9, Issue3, 2017

※7:Louise Montgomery, et al., "To Pee, or Not to Pee: A Review on Envenomation and Treatment in European Jellyfish Species." marine drugs, Vol.14, Issue7, 2016

※8-1:P Welfare, et al., "An in-vitro examination of the effect of vinegar on discharged nematocysts of Chironex fleckeri." Diving and Hyperbaric Medicine, Vol44(1), 30-31, 2014

※8-2:Najla A. Lakkis, et al., "Jellyfish Stings: A Practical Approach." Wilderness & environmental Medicine, Vol.26(3), 422-429, 2015

※9:Yao-Hua Law, "Stopping the Sting: Jellyfish almost killed Angel Yanagihara. Now, she is on a mission to save others from their fatal venom." Science, Vol.362, Issue6415, 2018

※10:J David Honeycutt, et al., "Treatment of Jellyfish Envenomation." American Family Physician, Vol.89(10), 2014

※11:Li Li, et al., "Interventions for the symptoms and signs resulting from jellyfish stings." Cochran Systematic Review, https://doi.org/10.1002/14651858.CD009688.pub2, 2013

※12:T Horiike, et al., "Identification of Allergens in the Box Jellyfish Chironex yamaguchii That Cause Sting Dermatitis." International Archives of Allergy and Immunology, Vol.167, No.2, 2015

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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