リニア談合事件の捜査手法をめぐり、大成建設の弁護人が特捜部に抗議をした件について
東京地検特捜部が公取委と共同で全容解明を進めるリニア談合事件。ゼネコン側は談合を認める恭順組と否認する抗戦組に分かれている。そうした中、後者の一角を占める大成建設の弁護人が、特捜部に抗議をしたという。
報道によれば、次のような話だ。
【同じ場所を重ねて捜索した点について】
大前提として、過去に「ガサ入れ」、すなわち捜索した場所を重ねて捜索すること自体、特捜部の捜査ではよくあることだ。
既に関係者の自宅や会社事務所などを捜索していたとしても、少し間を置き、繰り返し同じ場所を捜索する。
これを「追加の捜索」という意味合いから、「追いガサ」と呼ぶ。
例えば、内偵捜査段階、逮捕段階、再逮捕段階といった具合だ。
次のような展開が、現実には多々あるからだ。
・1回目の捜索後、関係者が「もう大丈夫だろう」などと油断し、他の場所に隠していた証拠物を捜索済みの事務所などに移動させる。
・強制捜査を受けた直後の緊迫感から、関係者同士がメールなどで連絡を取り合い、大胆な口裏合わせに及ぶ。
2回目や3回目の捜索で未発見だった重要な証拠物や口裏合わせの痕跡を示すメールを押収することで、容疑を固めることが可能となる。
例えば、会社や官公庁など組織を背景とする事件だと、1回目の捜索後、内部調査の一環として歴代担当者らから聴き取りを行い、その結果をまとめたメモなどを作成していることがままある。
対外的な発表をしたり、関係者らに内部的な処分を下す前提として、独自に内部調査を行っておく必要があるからだ。
もしそうした内部調査のメモに歴代担当者らの供述が記載されており、特捜部における取調べでの供述と食い違っていれば、それがなぜなのか、取調べで追及する材料となる。
逆に、特捜部の取調べだけでなく、内部調査でも事実関係を認めていれば、自白や供述調書の信用性が増す。
将来、公判に証人出廷し、検事に押し付けられたなどと主張して供述調書の内容を覆した場合には、検察側がこれを弾劾する証拠として、先ほどのメモを使うということも考えられる。
【「ガサ漏れ」とは】
この点、捜索の際に押収すべき証拠物をきちんと押収できなかったことを「ガサ漏れ」と呼び、捜査員として恥ずべき事態だとされている。
これをリカバーするために、「追いガサ」が行われることもある。
しかし、1回目の捜索時にはその場所に存在しなかった証拠物を探し出したり、その後の取調べの進ちょくによって新たに必要となった証拠物を押収することが狙いであれば、「ガサ漏れ」とは異なる。
もちろん、強制的な捜索ではなく、必要な証拠物を任意に提出してもらうといったやり方もあり得るが、先ほど挙げたような口裏合わせのメールなどを自ら進んで提出する者などいない。
【それでも問題あり】
ただ、談合を認める恭順組の大林組と清水建設には再度の捜索を行わず、これを否認する抗戦組の鹿島建設と大成建設だけを狙い撃ちしている点は解せない。
ひとまず鹿島建設と大成建設の捜索を行い、次いで大林組と清水建設の捜索を行おうといった捜査計画だったのかもしれないが、いまだにそうした動きは見えてこない。
徹底抗戦する相手には容赦をせず、叩き潰す、という特捜検察の傲岸不遜な姿勢が如実に現れていると批判されても当然だろう。
しかも、大成建設本社には3度目の捜索まで入ったとのことだ。
大成建設くらいの大きな会社になると、捜索差押許可状も本社全体で1通ではなく、営業や土木、総務など部署や課ごとに何通かに分けて取る。
その意味で、捜査人員の都合などから、全ての捜索を遂げるために日をまたぐ結果となってしまった、ということも考えられる。
もしそうではなく、抗議を受けたことを踏まえ、あえてその直後に捜索に入ったのであれば、それこそ意趣返しの報復措置にほかならない。
【裁判官は自動販売機か】
とは言え、もとをたどれば裁判官にも大きな問題がある。
確かに、現に再度の捜索を行ったり、その前提として捜索差押許可状の請求を行ったのは特捜部だ。
しかし、その請求に唯々諾々と従い、次々と令状を出しているのは、東京地裁の裁判官にほかならない。
検察官は検察官の立場で、裁判官は裁判官の立場で、それぞれが一つ前の機関から独立した独自の判断に基づき、令状請求や発付の要件、必要性などを慎重に検討しなければ、憲法や刑事訴訟法に「令状主義」が導入された意味がない。
あたかも“自動販売機”のように、安易に「追いガサ」の令状を出している裁判官の姿勢についても、強く批判されてしかるべきだろう。
【「差押えすべき物」とは】
捜索差押許可状の請求や発付に際しては、捜索場所のほか、差押えすべき物が書面で特定されている。
しかし、特捜部では、個人宅やオフィス、事務所などに存在すると考えられるありとあらゆる物を何行にもわたって網羅的に記載して請求し、その旨の令状を得ている。
例えば、「現金、預貯金通帳、手形帳、小切手帳、印鑑、会議議事録、日誌、指令、通達、連絡文書、報告書、メモ、カレンダー、手帳、文書ファイル、パーソナルコンピュータ、ハードディスク、スマートフォン…」といったものだ。
その上で、最後に念の為に「その他本件に関係すると思料される一切の物」といった記載を付加している。
ごく限られた品目だけしか挙げていなければ、仮に令状に記載されていない重要な証拠物を捜索場所で発見しても、その令状では差し押さえできない。
先ほども述べたようにその場で任意に提出を求めるというやり方もあり得るが、拒否されたら改めて令状を取り直さなければならず、時間と手間がかかるし、令状を取るまでに廃棄されてしまったら終わりだからだ。
そうした網羅的で包括的な令状請求でも、1958年の判例で最高裁がお墨付きを与えていることから、裁判官は何も文句を言わず、やはり“自動販売機”のように次々と令状を出してくれる。
逆に言うと、いちいち「弁護士のパソコン」といった具体的な特定をした令状の取り方はしていないというわけだ。
【弁護士のパソコンが押収された件】
その意味で、特捜部の捜査官は、捜索の現場において、令状に網羅的に記載されているあらゆる物を次々と押収することができるし、現に「引越し業者か」と言われるほど徹底して押収している。
捜査官がその場で内容を詳細に読み込み、吟味している時間などない。
特に、パソコンやハードディスクといったデジタル媒体だと、中のデータをプリントアウトすると段ボール箱で何十箱とか何百箱分にも上るものであり、わずかな時間で全てのデータを見尽くせるはずもない。
「ガサ漏れ」の事態の方が怖いので、ザッと目を通し、これは事件と関係があるだろうなと考えると、念のために広めに押収しておくわけだ。
検察庁に持ち帰った後、各捜査官が分担して仔細に分析、検討した上で、もし必要がなかったということが分かれば、早急に持ち主らに返せばよい、という発想だ。
会社にパソコンがあれば、誰のものかに関わりなく、軒並み押収する場合もある。
今回の事案が、その典型だろう。
押収されたのが談合事件の弁護人を務めている弁護士のパソコンではなく、法務部のインハウスローヤー、すなわち社内弁護士らのパソコンということなので、現場の捜査員は、大成建設内の業務の一環として事件に関係する何らかのデータが保存されている可能性がある、と判断したのだろう。
【ヒアリング記録が押収された件】
もちろん、刑事事件の弁護人のパソコンを、そうだと分かりながらあえて押収していたとしたら、大問題だ。
これは、弁護人が法的アドバイスを提供する目的で作成したとされる「ヒアリング記録」についても同様だ。
確かに、こうした内部調査のメモを押収することこそが、まさしく「追いガサ」を行う目的の一つだし、現にその狙いは達成できている。
しかし、刑事事件の弁護人が作成していたものということになると、被疑者である大成建設側の防御権やその弁護人の弁護権などに対する格別の配慮が必要だ。
過去にも、強盗事件で否認のまま起訴され、勾留中だった被告人について、検察側が捜索差押許可状を請求し、拘置所の居室などを捜索した上で、弁護人あての手紙や弁護人から差し入れられたメモなどを押収したケースがあった。
これに対し、2016年に最高裁は「違法」と判断している。
起訴後の公判段階における事案であり、今回のような捜査段階とはやや趣を異にするかもしれないが、たとえ押収した時点では談合事件に関する弁護人が作成したものだと分かっていなかったとしても、これが判明した以上、速やかに返すべきだろう。
【検事の取調べ】
他方、特捜部の検事が捜索の現場で関係者の取調べを行うこと自体は、よくあることだ。
例えば、押収した証拠物をその場でお互いに確認しながら一つ一つ説明を受けるといったやり方だ。
特に、初めて特捜部が捜索に入った日だと、関係者も事態の深刻さに直面し、協力したほうが身のためだと考え、事実関係を認める展開となりやすい。
その場合でも、会議室や打合せ室などを使わせてもらうか、ごく簡単な聴き取りにとどめ、続きは検察庁で、というパターンがほとんどだ。
関係者のプライバシーに配慮するという面もあるが、捜査継続中の段階で検察側の手の内が明らかとなってしまうおそれもあるからだ。
【「検察の理念」はどこへ…】
しかし、今回、検事らは、大成建設の役職員らを社長室に呼び出し、社長がいる前で取り調べたとされる。
しかも、弁護人の抗議書によれば、憲法や刑事訴訟法で求められている黙秘権の告知をしなかったばかりか、「社長の前で嘘をつくのか」「ふざけるな」などと怒鳴りつけたという。
もしこれが事実であれば、開いた口が塞がらない。
確かに、一昔前の特捜部では、そうした高圧的な検事も多数おり、突破力があり、頼りがいがあると見られていた。
特に「武闘派」と呼ばれるタイプの検事だと、取調べをしている執務室から怒鳴り声や机をバンバンと叩く音などが隣の執務室や廊下にまで鳴り響くほどだった。
しかし、2011年9月、最高検は、検察のあるべき基本姿勢として「検察の理念」を公にし、大きく舵を切った。
検察庁の各執務室などにも掲示されているもので、次のように明確に記載されている。
「権限行使の在り方が、独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する、謙虚な姿勢を保つべきである」
「基本的人権を尊重し、刑事手続の適正を確保するとともに、刑事手続における裁判官及び弁護人の担う役割を十分理解しつつ、自らの職責を果たす」
「被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的にその評価を行う」
「取調べにおいては、供述の任意性の確保その他必要な配慮をして、真実の供述が得られるよう努める」
時の経過とともに、強大な権力に対する謙虚さを失いつつあるのかもしれない。
【自信の無さの現れ】
そもそも、検事が取調べの中で被疑者に対して「嘘をつくのか」「ふざけるな」などと怒鳴りつけて追及するのは、いまだ絶対確実な証拠がそろっていないからだ。
方々から自白獲得を求められ、これに応えるべく、検事に心理的なゆとりのない場合がほとんどだ。
もしすぐにでも起訴し、間違いなく有罪判決を得られる自信があるのであれば、たとえ被疑者が不合理な弁解をしていても、「ああ、そうですか」と終始余裕の対応ができるはずだ。
この事件は、恭順組の供述や彼らから提供を受けた証拠物によって事実関係を立証しなければならない。
しかし、入札全体を見ると思わくどおり落札できていない工事があるし、「こんな事件、本気でやる価値があるのか」といった声も漏れ聞こえてくる状況にある。
やはり2社では弱く、もう1社を落とし、何とか3対1に持ち込みたい、というのが特捜部の本音ではなかろうか。
個々の検事が無理を重ねると、捜査全体の違法性という不要な争点を生み、裁判所の心証を害するだけだ。
今の特捜部は、逮捕後の取調べを全て録音録画し、記録に残しておかなければならない時代となっている。
もちろん、逮捕前であっても、誰に見られても恥ずかしくないような取調べをすべきだろう。
【抗議の効果】
最後に、こうした抗議が特捜部の捜査に与える影響だが、ほぼ皆無と言ってよいだろう。
もし抗議で捜査の手が緩むのであれば、弁護人が次々と抗議を乱発すれば済む話だからだ。
せいぜい、「社長の前で嘘をつくのか」「ふざけるな」などと怒鳴りつけたとされる検事の言動を調査し、事実であれば口頭で注意するといった程度だろう。
東京地検も、今回の抗議について、「コメントはしない」と述べているところだ。
むしろ、特捜部長が森本宏氏であることを考慮すると、こうした抗議は逆効果のような気もする。
法務省勤務が長く、内閣官房副長官の秘書官として出向した経験もあるが、特捜経験も豊富で、特捜部のヒラ検事時代には実に厳しい取調べをする武闘派の「サムライ」タイプだった。
取調べを受けた被疑者の評判は芳しくないものの、群を抜く優秀さと頭のよさ、仕事のはやさであり、物腰も柔らかく、検察内部における評価は非常に高く、同期の中にこれといった対抗馬もいない。
「とにかく事件をやりたい」という情熱や強気の姿勢が際立ち、森本氏が特捜部で内偵捜査の取りまとめをしていた事件に関し、特捜部長から着手先送りの指示が下りてきた際も、部長に啖呵を切ったほどだった。
成功体験のある上司は、部下も同じことができるはずだと思い込み、何かと部下に能力以上の無理をさせがちだ。
皆さんの会社や組織の中にも、そうした上司がいるのではなかろうか。
大成建設社長室に乗り込んで発言したとされる検事の強権的な言動を見ると、まるで現場の第一線で活躍していたころの森本氏のようであり、部下がその意向を忖度しているのかもしれない。
今回の事件は、不正をいち早く認めた業者の課徴金を減免するといった独占禁止法のリーニエンシー制度をフル活用して立件に及んでいる事案であり、6月にはわが国でもスタートする司法取引制度のモデルケースとなるものだ。
森本氏が最も得意とするのがゼネコン談合やそれに付随する汚職であり、今回、特捜部は、単にリニア談合事件のみならず、東京五輪・新国立競技場や沖縄・辺野古基地の工事などをめぐる様々な疑惑の解明をも見すえ、幅広く情報収集を行っていることだろう。
それでも、最後に傷がつくのは部下だから、決して無理をさせず、改めて「検察の理念」を思い返し、正々堂々とした捜査を進めてもらいたいものだ。(了)