検察の取調べに弁護人からクレームが付けられたらどうなるか?
医療法人徳洲会を巡る選挙違反事件で、東京拘置所に勾留中だった被告人の弁護人が、担当検事の取調べにクレームを付けた。
その内容は、夜半、取調べを拒否する被告人との間で取調べの機会を得るべく、担当検事が「弁護人との接見」を装い、拘置所職員をして被告人を独居房から連行させ、だまし討ち的に取調べを強行したなどというものだ。
東京地検特捜部は「指摘のような違法な取り調べ等を行ったことはないと承知している」と述べている。
問題の所在
確かに、起訴した後、新たな証拠が出てきたなどの理由により、なお被告人の取調べが必要となる場合もある。しかし、既に起訴を終えている以上、勾留中であるからといって被告人には取調べに応じる義務などないから、取調べはあくまで被告人の任意の意思・承諾に基づかなければならず、事前に弁護人にも告げてその了承を得ておくべきだろう。
取調べの内容も、基本的には起訴された事件以外の余罪などに限定されるはずだ。被告人や弁護人が当初から起訴後の取調べを明確に拒否しており、「検事の取調べ」というだけで独居房から出ることをも拒否していたのであれば、取調べのために独居房から連れ出すという行為自体、拘置所の対応を含め、違法・不当性が高いものと言える。
そもそも拘置所職員は、被告人に対して何と告げて独居房から出るように指示したのか(「検事の取調べ」か「弁護人の接見」か「一般の面会」か)、取調べはどこで行われたのか(「取調べ室」か「接見室」か)、また、その取調べは現在の特捜部で求められている全面録音録画が実施されていたのかなど、前提となる事実関係の確定が必要だ。特に拘置所の対応がどのようなものだったのかが鍵となる。
検察の事実調査と対応策
ここでは、このように検事の取調べに対して苦情の申入れがあった場合、検察内部のルールではどのように対応することとなっているのかということを示したい。
まず、申入れを受理した検察官や検察事務官は、申入書を添付した「取調べ関係申入れ等対応票」と題する調査書を作成した上で、副部長ら直属の決裁官に上げなければならない。というのも、事実関係の調査は捜査主任検事ではなく、副部長ら決裁官が行うとされているからだ。
そして、副部長らは、申入書を精査した上で、そこに記載されている事実があったのか否かなどを担当検事や取調べに立ち会う検察事務官などから個別に聴取することとなる。
その上で、その内容や程度によって対応策を検討し、聴取内容や実際に行った具体的な措置を先ほどの調査書に記載した上で、特捜部長や地検ナンバー2の次席検事ら上位の決裁官の決裁を得る。ただし、正式な決裁の前に特捜部長らに口頭で報告や相談を行うし、事案によっては地検トップの検事正にも報告を上げる。
併せて、苦情の申入れをした弁護人に対しても、電話や面談により、可能な範囲で調査結果や対応策などを伝える。例えば、クレームの内容が真実であり、重大なものであれば、直ちに取調べ検事を交代させ、捜査から外すといった措置を取るし、軽微なものであっても、担当検事に口頭注意を行うといった措置が取られる。
調査制度の実態
こうした制度は、もともと民主党政権前の自公政権下において、取調べの全面可視化を阻止したい法務検察が、可視化に前向きだった公明党に配慮し、全面可視化を実現させないための方策の一つとして、2008年にアリバイ的に導入したものだ。
しかし、副部長らの担当検事に対する調査がおざなりとなることもある。担当検事らの不当な行為を実際よりも矮小化しようとしたり、担当検事らに落ち度はなく、むしろ被疑者側に何らかの落ち度があったかのような内容で調査書をまとめ、捜査の正当性を強調しようとする例も散見される。
例えば、ある事件で、検事が勾留中の被疑者の態度に激高して取調べ室で土下座をさせたことに対し、弁護人から苦情の申入れがなされたことがあった。しかし、幹部の指示により、被疑者が自ら進んで土下座をしたという話にすり替え、それを前提とした調査書を作成した。
併せて、その補強のため、被疑者に対し、自発的に土下座をしたという内容の自筆の上申書を作成させた。その際、被疑者は抵抗を示し、当初はあえて「自発的に」という文言を書き込まなかったが、担当検事の指示により、最終的にはオリジナルの文章に後から挿入するという形でその文言を書き込むに至った。
現在、特捜部では、逮捕勾留中の被疑者の取調べについては原則として全面可視化が行われており、こうした小細工など不可能だ。それでも、警察の取調べを含め、可視化が行われていない他の多くの事案では、実際にやるか否かは別としても、なおこうした工作が可能な状況にあるということを忘れてはならない。
苦情申入れの意義
こうした弁護人のクレーム申入れであるが、それでも、そうした書面を提出していさえすれば、全く提出していない事案に比べ、被疑者が取調べや供述調書の作成過程、内容などに納得していなかったということを「証拠」として残すことができ、来るべき公判でその証拠に基づいて具体的な主張をすることが可能となる。
また、苦情申入れに対する検察の調査書も、公判で供述調書の任意性や信用性が争われる事案では、最高検の指針により、弁護人の求めに応じて被告人側に開示しなければならないとされている。
これにより、弁護人も、検察内部で具体的にどのような調査が行われたのかを後で確認し、取調べ担当検事らを証人尋問する際の追及材料とすることもできる。
なお、検察同様、警察にも取調べの苦情申入れに対する調査や措置の制度がある。しかし、警察の取調べについても検察に苦情を申し入れておけば、検察が警察に対して調査や措置を指揮するし、検察にも警察の取調べの問題点を把握させることができるので、一石二鳥だ。
苦情の申入れは口頭でも構わないが、検察がその内容を正確に記録しない可能性もある。弁護人が具体的な苦情内容を書面に記載し、検察あてに提出しておく方がベターだろう。(了)