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【独自】オーバーステイ外国人にワクチン集団接種始まる 茨城県庁で大洗町インドネシア人 死角に光

米元文秋ジャーナリスト
接種会場に向かうため、大洗町内の教会に集まったオーバーステイの人々=米元文秋写す

 茨城県大洗町に住むオーバーステイ(超過滞在)のインドネシア人を対象にした新型コロナウイルスのワクチン接種が17日、始まった。住民登録をしていないこれらの人々が通常の接種の枠組みの外に置かれ、感染予防の死角となっていることを懸念した大洗町が「防疫を最優先にする」観点から接種を決定、茨城県と連携して実施に踏み切った。

 町内のインドネシア人コミュニティーで組織する大洗町インドネシア連絡協議会によると、この日は計41人が午前と午後に分かれ、水戸市内の茨城県庁大規模接種会場で米モデルナ製ワクチンの接種を受けた。第2陣以降も日程などを調整中だ。

 新型コロナワクチンを巡っては、国連移住労働者委員会などが「国籍や在留資格にかかわらず、公平なアクセスを保障する」との指針を示しており、諸外国で非正規滞在外国人への接種が進む。今回、日本でも本格的な集団接種が始まり、こうした外国人を多数抱える各地の自治体の動きが注目される。

 大洗町では連絡協議会が、接種対象者の居住実態の把握に協力したことが特徴的だ。国が、コロナ対策に当たる国や自治体の職員が、国外退去に該当する外国人を「通報しないことも可能」とする見解(リンク参照:6月28日付厚生労働省事務連絡)を打ち出したことも、町の決定を後押しした。

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現住所記入へのためらい

 大洗町は10月1日現在で人口1万6195人のうち外国人が810人で約5%に上る。うち415人がインドネシア人で、北スラウェシ州出身のキリスト教徒の日系人や技能実習生が多く、地場産業の水産加工業などで働いている。

 インドネシア人コミュニティーへの取材によると、こうした正規に住民登録している人以外に、少なくとも約200人のオーバーステイの同胞が町内で暮らし、近隣地域の農業、建物解体作業など、日本人の人手が不足しがちな現場で働いている現実がある。

 5月前後にインドネシア人の間でクラスターが発生した。コミュニティーではそれ以前から、オーバーステイの同胞への接種を希望する声が上がっていた。

 しかし、今回の接種を申し込むために接種券発行申請書に現住所を記入したり、水道などの検針票を提示したりする必要があることが分かると「一気に様子見ムードが広がった」(連絡協議会幹部)。「帰国できるほどの蓄えがなく、住所が通報され、強制送還になるのが怖い」との声も聞かれる。

大洗町のワクチン接種担当窓口を訪れた坂本さん(左)とペトラ会長=米元文秋写す
大洗町のワクチン接種担当窓口を訪れた坂本さん(左)とペトラ会長=米元文秋写す

「日本人を信じて」

 こうしたためらいを払拭するため、町の感染症対策本部広報対策部が「接種券発行申請書に記入された情報は、ワクチン接種のためだけに使う」と言明している。

 長年、大洗とインドネシアで水産加工業を営み、インドネシアからの日系人や実習生らの正規の受け入れに取り組んできた坂本裕保さん(71)は、SNSなどを通じインドネシア語で呼び掛けた。

 「私を信じて。心配しなくてもいい。あなたを通報する人はいない。ワクチンを接種しなくてはならない」「大洗町長が通報しないと約束した」「約束は日本人の名誉にかけて守られる」

 町を歩くとインドネシア人から「サチョー(社長)」と声が掛かる坂本さんだが、「最近は顔を知らないインドネシア人が増えた。オーバーステイなんだろうね」と言う。事務所でも、自宅でも、ひっきりなしにインドネシア人らから連絡が入り、ブルートゥースのイヤフォンで応対する。多くは仕事に関係する問い合わせだが、中にはオーバーステイの人に関連するコロナ感染の情報もある。「彼らをコロナから守ることは、日本人を守ることでもあるんです」

 「私の本業はオーバーステイとは全く関係がないのに」と自嘲気味に話すが、一方で「不法滞在者である彼ら、彼女らも人間ですよね。現実には、地域経済に貢献している側面もある。なのに雇用の調整弁のように、いいように使われている」と思いを述べることもある。

 坂本さんは10月8日、接種券発行申請書を提出する連絡協議会のペトラ・フェリー・ラウ会長(49)に同行し、町の窓口を訪れた。町の担当者は、提示された公共料金検針票の宛名などについて問いただし、「本当は(入管に出頭し)仮放免をもらってから申請してほしい」と指摘した。

 にこやかに話していた坂本さんが、こう返した。「それはそうですけれど、実際、彼らもビビっているんです。がけから飛び降りる思いで申請書を書いているんです」

 申請書は受理された。

「感染の連鎖を断ち切る」

 17日午前8時ごろ、冷たい雨が降る中を、大洗町内のインドネシア人教会にオーバーステイの人々が集まった。車に分乗、茨城県庁の接種会場に向かった。1台のハンドルは坂本さんが握った。パスポートを家に忘れてきた人がいる、などのトラブルもあったが、接種は無事終わった。

 11時前、教会に戻ってきた男性(43)は笑みを見せながら話した。「インドネシア国民として、私たちのためにこのような政策を実現してくださった日本政府、大洗町、そして坂本さんと牧師に感謝を申し上げたい。新型コロナの感染の連鎖を断ち切るために、日本の対策に協力していきたい」

 2年近く前に来日、大洗町の隣にある鉾田市の畑で働いてきた。「私は今年3月にコロナが陽性になった。のどや頭が痛く、鼻水が出たけれど、病院には行けず、ひたすらイエスさまに回復を祈った。一緒に暮らしていたインドネシア人の友人たちに感染させないよう、部屋にこもっていた」

 母国では牧師だったという。「日本人の魂が神に救われるよう、毎晩祈っています」

ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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