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引き出し屋問題 破産手続き中のひきこもりの自立支援業者らを遺族が提訴

加藤順子ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士
男性が最後に暮らしたアパート(2019年11月、熊本県あさぎり町、加藤順子撮影)

 20年間にわたってひきこもり状態にあった40代の男性が、2019年4月に熊本県内の自宅アパートにて餓死状態で見つかったのは、「第三者の保護が望めない状態の要支援者を業者が放置したため」として、神奈川県の遺族が今月1日、ひきこもりの自立支援業者2社らを相手取り、約5000万円の損害賠償を求めて提訴した。

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 今年もまた、引き出し屋が提訴された。

 裁判を起こしたのは、2017年1月から2018年8月にかけて、東京都内と熊本県内でひきこもりの自立支援施設「あけぼのばし自立研修センター」の支援を受け、その後自宅で死亡した状態で発見された男性(死亡時48歳)の遺族。

 提訴されたのは、同センターを運営していた、クリアアンサー株式会社(東京都、破産手続き中、破産管財人田島正弘)と、「曙橋自立研修センター くまもと湯前研修所」(熊本県湯前町)を共同で運営していた株式会社常笑(熊本県湯前町、代表藤岡洋史)らだ。(センターの表記かなと漢字の違いは、そのまま)。

 訴状によれば、亡くなった男性は、支援開始当時は20年間にわたる完全なひきこもり状態にあり、2017年1月から8月にかけて東京の同センターで過ごした後、同年8月末に熊本県湯前町の研修所に移された。同社の管理下で、その年のうちに一人暮らしと就労をし始めたが、家族に対するセンターからの報告は秋頃から途絶えがちになり、男性が同県あさぎり町の自宅アパートで餓死状態のまま発見される2019年4月25日までの間、男性に関する報告書は1度も届かなかった。状況を把握できなかった遺族は、男性が亡くなったのは、「第三者の保護が望めない状態の要支援者を業者が放置したため」として今月1日、2社らを相手取り、約5000万円の損害賠償を求めて元日に東京地裁へ提訴した。

■ 相次いでいたトラブル

 クリアアンサーは、ひきこもりや不登校等に悩む親や家族などから高額な自立支援契約を取り付け、本人を共同生活型の施設で生活させる民間業者のひとつ。俗に「引き出し屋」などとも呼ばれる。

 同社の場合は特に、拉致・誘拐ともいえる暴力的な連れ出し手法や、法的権限がないにもかかわらず、本人に著しい私権制限を課すといった管理手法などの被害を訴える人たちが続出し、訴訟が相次いだ。同社は暴力的手法を否定するか、「本人が暴力で家族に迷惑をかけていた」などとして手段の正当性を主張してきた。ところが、契約した親たちからも「説明と異なっていた」「支援内容が契約に見合わない」などして、提訴されたり返金要求されたりした。

 こうしたなか、同社は2019年11月に突然、「いわれのない誹謗中傷や誤った情報が報道されている。研修生の安全を守れない」などとして突然、閉鎖を通告。直後に子会社のリアライズ株式会社とともに、東京地裁に破産を申し立てた。2020年11月までに3回の債権者集会が開かれたものの、現在も資金の流れの解明は続いている。また、クリアアンサーの監物啓和代表ら関係者9人に対しては、暴行罪、逮捕監禁致傷罪、監禁罪で東京地検が捜査中だ。

あけぼのばし自立研修センター関連の債権者集会に向かう被害者やその家族たち(2020年11月、東京地裁、加藤順子撮影)
あけぼのばし自立研修センター関連の債権者集会に向かう被害者やその家族たち(2020年11月、東京地裁、加藤順子撮影)

 常笑は、熊本県内で児童発達支援サービスや放課後支援サービスを運営する支援業者で、同県内や東京都内で複数のこども園を運営する社会福祉法人慈光明徳会との「Jグループ」を構成する。最近は、2020年の熊本県南部豪雨災害の被災者支援に奔走する同社だが、男性が亡くなった2019年当時は、あけぼのばし自立支援センターの強引な支援・管理手法を踏襲する多数の「育成スタッフ」と、研修所の施設と利用者の生活寮を、クリアアンサーに対して提供していた。

 同じころ、地元の精神科病院の医師たちの間では、「人権侵害が行われているのではないか」として研修所のことが話題になっていた。常笑のスタッフが連れて来る患者たちの状態がことごとく悪く、なかには、施設に連れてこられた経緯やそこでの管理のされ方について話し、助けを求めてくる人もいたからだ。また、地元の消防や複数の関係者の話によると、男性が亡くなる前年の2018年2月には、19歳の男性が研修所から程近い通り沿いで自死したこともわかっている。

■ 親亡き後への心配から始まった典型的な7040問題だった

 男性は、死亡当時48歳。昭和46年生まれの団塊ジュニア世代だ。昨年81歳になった母親によれば、「小さい頃から内気で、誰に対しても優しい子」だったという。

遺族は複数回にわたり熊本県を訪れ、亡くなった男性の足跡を辿った(2019年11月、熊本県内、加藤順子撮影)
遺族は複数回にわたり熊本県を訪れ、亡くなった男性の足跡を辿った(2019年11月、熊本県内、加藤順子撮影)

 高校卒業後、海上自衛隊に志願した。勤務していた3年間は、カヌー競技もやっていた。釣りが好きで、休みには遠方にも出かけていた。民間企業に移って5年ほど働いたものの、上司が変わると会社に行きたがらなくなった。1997年頃に完全に退職してからは、自宅にひきこもるようになった。その頃から、家に親族や友人たちが訪ねてきて会いたがっても、会おうせず、電話にも出なくなっていった。

「男の人は何も喋らないからわかりませんが、会社で何かあったんでしょう。あれからすっかり人間嫌いになってしまったんです」(母親)

 母親も手をこまねいていたわけではなかった。息子の状態を保健所に相談に行くと、医師がアウトリーチに来た。男性の部屋で1時間近く話をした医師は、母親に、「精神的に異常はない。大丈夫」「仕事をしろと、当面は口にしないでください」と告げた。医療従事者でもあった母親は言われた通りにし、「いつか出てきてくれる」と思って見守り続けた。しかし、「気がついたら20年あっという間」(母親)に過ぎていた。男性は買い物には行かれなかったが、家での様子は、母親をはじめとする家族との会話はあり、洗濯物を取り込んで畳むなどの家事などは積極的に手伝うなどしていたという。食べることが好きで、母親が料理を作れば、一緒に食べていた。

 そんな状況に、自立支援業者を介入させるきっかけは、2016年に父親が病死したことだった。同居する家族は、70代後半の母親ひとりになってしまった。親亡き後の男性の生活を心配した母親と家族がインターネットで探した「ひきこもり支援の専門業者」が、クリアアンサーだった。早速相談に行くと、「プログラムをしっかりやっている」と説明され、さらに支援の様子の映像も見せられ、信用した。長年住んだ自宅を売るという前提にして、6ヶ月間で918万円の契約をした。

■ 突然の連れ出しに大泣きした男性

 こうして男性は、「あけぼのばし自立研修センター」に連れて行かれることになった。センターのスタッフは、訪問を事前に男性に知らせることを家族に強く禁じたため、2017年1月18日の連れ出しは、本人には突然の出来事だった。

家に届く郵便物などは、母親が男性に転送していた。「働いているからと、気をつかって食べ物はあえて入れなかった」(2019年11月、熊本県内の男性の元職場、加藤順子撮影)
家に届く郵便物などは、母親が男性に転送していた。「働いているからと、気をつかって食べ物はあえて入れなかった」(2019年11月、熊本県内の男性の元職場、加藤順子撮影)

 母親は、強引な連れ出しはして欲しくないと思っていた。あらかじめ、ガードマンはいらないと頼んでいたのに、訪ねてきたのは同社のスタッフ3人とガードマン2人の男性5人。彼らが取り囲んで施設に入るよう迫ると、男性は大声で泣き始めたという。母親は、申し訳ないという思いに駆られつつ、下着から生活や仕事に必要な衣類や靴、洗面用具などのひとつひとつを、出来る限り新品を揃えて準備し、スーツケースにぎゅうぎゅうに詰め込んだ。また、本人の小遣いとして、現金3万5千円を同行したリーダー格のスタッフに託した。親心が詰まったそれらの荷物や現金のほぼ全てが、現在も行方不明だ。

 男性は家を出る時、下を向いていた。涙しながら見送ったその後ろ姿が、母親が息子を見た最後の姿だ。元気になって帰ってくると信じていた。

■ 報告書が来なくなった

 母親は、男性と連絡を取らないようにセンターの担当者から指示されていたため、直接様子を知ることはできなかった。初期の契約終了後の8月になって、担当者から電話があり、「本人が行きたいというので、明日、熊本にやります」という電話があった。本人の意向であると説明されたことから、さらに6ヶ月で約386万円の追加契約に応じた。契約終了後も、月に2度の面談を半年間無償で行うという約束付きだった。熊本行きはあまりに急なことで、空港に送りに行くこともできなかった。

亡くなった男性が利用した「曙橋自立研修センター くまもと湯前研修所」の内部(2019年11月、熊本県湯前町、加藤順子撮影)
亡くなった男性が利用した「曙橋自立研修センター くまもと湯前研修所」の内部(2019年11月、熊本県湯前町、加藤順子撮影)

 2回の契約で、合わせて1304万円。当時、母親はこの費用を分割で支払っている。自宅が売れないうちは、「支払わなければ息子さんをまた家に返しますよ」と電話がかかってきた。家が売れるまでは、借金して賄った。

 それだけの高い費用を支払ったにもかかわらず、支援はずさんなものだった。センターからは月ごとに報告書が送られてきていたが、いい内容ばかりだった。しかし実際には、男性が東京のセンターにいる間に入院していたことや、さらに手術をしていたことも、家族は後から知らされた。

 契約を延長した後は、そうした報告書すら家に届かなくなった。担当者に尋ねても、返事が来ないこともあった。男性が亡くなった後、かつての担当者が通夜にやってきて、茶封筒に入れたわずか2ヶ月分の不完全な報告書を手渡していった。

■「○○くん、死にましたー」

 男性は熊本に行ってから、寮を出て、アパート暮らしを始めた。介護施設に就職もした。母親は、そのごく表面的な事実だけは担当者から聞いたが、詳しいことは何ひとつ知らされなかった。連絡を取らないように厳しく言われていたので、尋ねることも遠慮し、息子の様子を見に行くことも我慢した。男性のアパート暮らしが、常笑の代表者名義での一人暮らしだったことや、就労していた介護施設がどこであったかなどは、亡くなった後にわかったことだ。男性はその後、その就労先も退職し、再びひきこもり状態に戻って、孤立したまま深刻な困窮状態に陥った。

介護施設の厨房や配膳で活躍した男性は、利用者や職員の誰からも好かれていたという(2019年11月、熊本県内、加藤順子撮影)
介護施設の厨房や配膳で活躍した男性は、利用者や職員の誰からも好かれていたという(2019年11月、熊本県内、加藤順子撮影)

 2018年のゴールデンウィークが始まろうとしていた4月下旬、かつての担当者から突然電話があった。言われたのは、『○○くん(男性の名前)、死にましたー』。その担当者は、遺体で発見されて家族が駆けつけた際、「フォローを続けるなら追加費用が必要だった」とも言い放った。

 男性の母親は、今回提訴に至った理由をこう語る。

「突然『死にましたー』という電話がかかってきただけで、いまだにわからないことだらけです。センターが本人の様子を見てくれていたら、行政につなげるか、家族に知らせてくれていたら、こんなことにならなかったのではないか。また、遺品が全然返ってこないのはなぜなのか。無理だと分かっていても、本人を返せという思いが募ってくる日々のなかで、せめてなぜこういうことになったかを知りたくて、裁判を起こすことにしました」

 母親にとってのせめてもの救いは、男性が、熊本で働いていた介護施設の職員や利用者たちから慕われ、とても大切にされていた様子がわかったことだ。なかでも管理職員のひとりは、離職後の男性を気にかけ、もう一度一緒に働こうと誘ったり、アパートを訪れたりしてくれていた。

■ 提訴された2社のコメント

提訴を受け、センター側の2社は次のようにコメントした。

クリアアンサー株式会社の破産管財人の田島正広弁護士(田島・寺西法律事務所)

「訴状を受け取っていないので,内容についてのコメントはできない。訴状を受領した際には,破産管財人として,破産法に則った対応をしていきたいと考えている」

株式会社常笑の藤岡洋史代表

「(亡くなった男性のことについて)ご家族様へ全てをお伝えしております。取材にお伝えすることは何もありません」

ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士

近年は、引き出し屋と社会的養護を取材。その他、学校安全、災害・防災、科学コミュニケーション、ソーシャルデザインが主なテーマ。災害が起きても現場に足を運べず、スタジオから伝えるばかりだった気象キャスター時代を省みて、取材者に。主な共著は、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)、『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)、『下流中年』(SB新書)等。

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