「引き出し屋」という無法地帯(中) 「粋塾」代表逮捕に思う、命預かる自立支援施設は野放しでよいのか?
愛知県東海市に本部を構える自立支援施設「粋塾」(株式会社粋塾)の代表(塾頭)らが、自身が経営する建設会社で、預かっていた児童を違法に働かせていた疑いで逮捕された。今月15日に県警の発表を、地元メディア各社が報じている。
続いて23日には、粋塾のスタッフで代表の妻と、その父親が、銃刀法違反で逮捕された。父親は許可を得て所有していた散弾銃を、粋塾の子どもに持たせた疑いがあるという。
粋塾にいた子どもたちは、今年3月の警察によるガサ入れの際、未成年者23人全員が引き上げられている。警察から知多児童福祉相談センターに、身柄付きの通告があったためで、市関係者の話によると、2ヶ月が経ったいま、そのうち何人かが粋塾に戻っているという。成人している塾生についての処遇がどうなったかは、いまのところ報道も情報もない。
リンク:「粋塾」代表ら逮捕に思う「引き出し屋」という無法地帯(上) 新興業者がみるみる台頭した背景とは
■ 引き出し屋とは何か
粋塾は、いわゆる「引き出し屋」として、最近話題になっていた団体である。支援対象者を連れ出す場面を含む動画を、YouTubeの自社チャンネルで度々配信してきたことは周知の事実だ。
宿泊型の自立支援施設の一形態である引き出し屋を、私は取材を通じて、こう定義している。
【定義】引き出し屋とは、社会復帰支援や自立支援の対象とみなした人を、家族から依頼を受けて、自社や連携先の宿泊施設に連れ出し、そこでの生活を強いる業者である。
実際の支援の対象像は「何でもあり」だ。ひきこもりや不登校は、業者が掲げる主な支援名目にすぎず、ひきこもりしている人も、ひきこもっていない人も連行する。対象年齢も、学齢期の子どもから高年齢層までと幅広く、理由さえ付ければ、誰でも引き出し屋のターゲットになり得る。
被害を訴える声が止まないのは、引き出し屋の手法や対応が、安全や人権を尊重しないからだ、引き出し屋は、追い出しや移送、監護等の代行業の側面も持っているともいえ、対象者本人より、むしろ親や家族の困り事に取り組む存在とみるべきだ。
一見、「よきことをなす」ようにみえる団体で起きる被害は、ただでさえ、周囲に気づいてもらいにくい。「よきこと」と疑わない周囲の心理的閉鎖性に加え、宿泊施設という物理的な閉鎖性が加わったのが、引き出し屋の被害者が置かれる環境だ。
子どもが脱走してきたことで、初めて支援実態を知って驚き、消費者トラブル化するケースも起きている。被害者の会見をきっかけに、国は2018年2月から、注意を呼びかけるようになった。
私の取材では、親は計約2700万円もの費用を業者に支払ってしまった親もいる。何度か相談しただけでしつこく数百万円を請求をされ、弁護士を入れて解決せざるを得なかった家族もいる。
■ 引き出し屋の事件は、連綿と起き続けている
入所したばかりの男性が2006年に逮捕監禁致死した「アイ・メンタルスクール」の事件を取り上げた書籍のなかに、編者である評論家の芹沢俊介さんのこんな記述がある。
この「系譜と歴史」にならい、生徒4人を死亡させた戸塚ヨットスクール事件(1979年から1982年に発生、愛知県美浜町)以降の40年あまりの引き出し屋事件をリスト化してみた。
私が把握できた限りでは、報道で施設名まで明らかになった同種の施設は13団体あった。(名義を変えて再開した施設は同一としてカウント)。
また、これらの施設で亡くなった人の数は、別途取材で把握した分も加えると、計17人にのぼった。このうち6人が自殺とみられる。
■ 地元と京都府が混乱に陥った「丹波ナチュラルスクール」の事件
この中に、粋塾の件を彷彿とさせる事件があった。警察が介入し、宿泊型の不登校支援施設で違法な児童労働等が発覚した2008年の「丹波ナチュラルスクール」事件(閉鎖)だ。
介入の決め手は、集団脱走で保護された14歳の少女らからの虐待通報だった。内部に立ち入り調査が入り、経営者らが逮捕された。施設の中には、子どもたちだけでなく成人もいて、全員が保護されたという。生徒たちに対する日常的な暴行や監禁などの虐待行為や強制的な無償労働が、警察発表や報道で次々と明らかになった。
刑事事件としては、施設関係者ら10人が有罪となった。その後、民事訴訟も起き、施設経営者に対し、被害者とその親(契約者)への損害賠償を命じる判決が、2件で出ている。
この事件の発覚直後から、地元と京都府は混乱に陥った。前年に別の脱走者から通報があったにもかかわらず、行政には訪問はできても介入する法的権限がなく、実態把握が大幅に遅れたこともわかったのである。
施設経営者らの逮捕の3日後、府は、庁内外で関係しそうなあらゆる機関を集めて意見交換をしている。当時の様子を新聞各社の記事で見ていく。
府議会でも取り沙汰された。さらに地元の京丹波町の警察署の呼びかけで、関係機関の連絡会議が複数回開かれ、課題認識が共有された。
こうした議論を受け、府は同年11月、次年度向けの予算要求の重点項目に、「不登校・ひきこもり等の民間支援施設に対する法整備について」を盛り込み、厚生労働省と文部科学省に対し次のように要望した。
これはおそらく、地域で広く一致をみた宿泊型支援施設に関する意見が、自治体を通じて国に届けられた唯一の例である。
予算要求は、国からの直接返答がない性格の手続きであるため、どう検討されたかはわからない。しかし、現在に至るまで、調査も法整備されてこなかったことをみると、この要望はやりすごされたといってよいだろう。
■規制なく、始まらない被害防止の取り組み
一人の人間の人生や家庭に介入し、命を預かる宿泊型の自立支援施設。そのなかには、人権を尊重しない手法を用いる引き出し屋が実在する。
ところが行政は、関わりがなければ、民間の支援施設の存在やその内実を把握できていない。法に規定がないためだ。もちろん、規制もなく、配置基準なども設けられていない。
厚労省は2018年、前掲の消費者庁の注意喚起文と同時期に、都道府県と指定都市に対し、ひきこもり支援を行う民間事業所や団体の数を照会している。その数を1089団体と公表したが、支援内容や入所型かどうかの形式を問わない調査だったため、宿泊型の民間自立支援施設や引き出し屋の数ではないことに注意が必要だ。
厚生労働省による確認(PDF)「ひきこもり支援を行う民間団体に関する状況確認結果」(平成30年2月)
つまるところ、どこにも詳細な引き出し屋情報はないので、支援先を探す際には、選ぶ側が注意深く見極める必要がある。
引き出し屋の被害者の親たちの話によれば、施設見学やスタッフとの面談では、真摯に対応してもらえたと感じるばかりで、あらかじめ悪質な業者と見抜けなかったという。また性被害など、後から問題が起きたケースもある。子どもを預ける前に注意を払うだけでなく、その後も、親自身で子どもの意向や状況の確認を続けることが必要だ。
不登校支援の文脈に限れば、文科省が、保護者や地方自治体の教育委員会向けに提示している
文科省の有識者会議によるガイドライン(PDF)「民間施設についてのガイドライン(試案)」
が判断の参考になるかもしれない。具体的な人権侵害の抑止や、被害の救済に結びつく内容には欠けているが、依頼する側があらかじめ確認しておくとよい最低限のポイントが書かれている。
同ガイドラインがとりまとめられたのは、1992年3月。8ヶ月ほど前の1991年7月に、監禁された生徒2人が死亡した風の子学園事件(広島県小佐木島、閉鎖)が発生した年度だった。
ひきこもり支援の文脈では、前掲の消費者庁の注意喚起文がある。ただ、肝心の厚労省のひきこもり支援のガイドラインには、民間施設に類する言及はないままだ。
行政による被害防止の具体的な取り組みは、いつになったら始まるのか。
2020年8月、厚労省は被害者らからの要請を受け、引き出し屋の被害者や遺族から非公式にヒアリングしたことがあった。しかしその後の動きはなく、2022年に引き出し屋に被害者へ賠償を命じる判決(いずれも「あけぼのばし自立研修センター」関連ケース)が2件出た後も、何も始まらなかった。
ようやく次の兆しが見えたのが、今国会だ。今年3月27日の衆議院厚生労働委員会で決議された、改正生活困窮者自立支援法の附帯決議(4氏+5派の共同提案)に、「(政府は、改正法の執行にあたり)いわゆる『引き出し屋』による被害防止のために必要な措置を講ずるべき」という内容が盛り込まれたのだ。
改正法は交付された。衆院厚労委の附帯決議には法的効力はないものの、『引き出し屋』という単語を使っての施策がしやすくなった。政治主導で、引き出し屋対策が本当に始まるか、今後の動きを注視していきたい。