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「引き出し屋」という無法地帯(上) 「粋塾」代表ら逮捕で振り返る、新興業者がみるみる台頭した背景

加藤順子ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士
粋塾愛知校(愛知県東海市)(Photo by Yoriko KATO)

 ひきこもりや不登校等の支援を掲げる宿泊型の自立支援業者「粋塾」の施設経営者が逮捕されたらしい。そのことを聞いたのは、その翌日の横浜地裁だった。奇しくも老舗の同種の業者である「ワンステップスクール」(一般社団法人若者教育支援センター)の被害者が起こした集団訴訟の証人尋問を傍聴した後のことだ。

 各社の報道によれば今月15日、愛知県東海市に建設会社代表ら2人を労働基準法違反容疑で逮捕したことを県警が発表したという。代表の氷室優容疑者は同市内で粋塾も経営しており、預かっていた児童に建設会社の作業場で重機を操作させるなどし、違法に働かせた疑いで捜査が続いているようだ。

 さらに23日、氷室代表の妻である氷室(吉川)友貴容疑者とその父親の逮捕報道もあった。父親が許可を受けて所有していた散弾銃を、粋塾の児童に持たせた疑いと、友貴容疑者が許可を得ず散弾銃を所持した疑いだという。

 粋塾には、今年3月にガサ入れがあった。地元の知多児童福祉相談センターによると、その際に、寮で生活していた18歳未満の23人について、警察から、要保護児童として児相に身柄付き通告(一時保護に至る手続き)があったという。全員が県外など管轄外から粋塾に連れて来られた子どもたちだった。全てのケースがいったん住民票所在地の児相に移管されたものの、一部の子どもが再び粋塾に戻っているという。

 児童労働は、子どもの保護に値する人権侵害である。疑義を持たれた粋塾内の作業が、プログラムやカリキュラム、職業体験だったとしても、宿泊型の支援施設を舞台に常態的に行われていたとすれば、内容によっては人身取引の要素をはらんでくる。

 粋塾での実際の支援はどのようなものだったのだろう。逮捕のケースとは直接関係がないが、ここ数年、私の下に寄せられてきた粋塾による被害情報と、関連して考えずにはいられない。

■ 粋塾台頭の背景

 粋塾の設立は2018年。自己啓発系の別の自立支援業者から分流し、事業をスタートさせた、いわゆる新興の「引き出し屋」といってよいだろう。

 粋塾がYouTubeに開設している自社チャンネルで、連れ出し動画を盛んに配信してきたことは、周知の事実である。検索エンジンで、「粋塾」と打てば「やばい」や「脱走」がサジェストされる。

 一般論だが、引き出し屋とは、自立支援を掲げ、自社の宿泊施設に対象者を強引に連れ出し、そこでの生活を強いる業者である。支援の名目は、「なんでもあり」なのが実際のところで、古くは主に非行や家庭内暴力だったものが、最近はひきこもりと不登校がメインになり、この他にも依存症、精神障害、発達障害、パーソナリティ障害、無職も多い。

 過去に事件や訴訟となった引き出し屋には、◯◯スクール、◯◯塾など、フリースクールや山村留学、離島留学とイメージが重なる名称が多く用いられていた。

 自立支援は、あくまでもそうした業者側が見せようとしてきた側面だ。私自身は、引き出し屋の被害者たちの話を聞き、過去の事件を調べてみて、引き出し屋を「ひきこもりや不登校の自立支援施設」と表現することは、正しくないと強く感じている。

 これまで取材してきた被害者たちは、様々に口実をつけられ、本人の実情や真意に反して連れ出され、そぐわない「支援」を押し付けられたり放置されたりしていた。その中には、驚くことに、定職のあった人や翌日から仕事が決まっていた人もいた。引き出し屋は、決して支援を「やりすぎ」たのではなく、明らかに強引な手法を手段とし、連れ出しを目的のひとつとしていた。

 もちろん、強引な介入も、一部の人には自立支援のきっかけとして機能することを否定はしない。人生が好転したと感謝したり、経営者に感銘を受けたり、適応してスタッフとして就労し始めたりする人がいるのも事実だ。

 粋塾に話を戻そう。自社サイトを見ても、そんな塾生上がりのスタッフが複数いることがわかる。そうしたスタッフを使って拠点を複数運営し、各地のスタッフを集めた研修も行なっていたらしい。

 ソーシャルメディアを使った宣伝にも力を入れている。YouTubeの自社チャンネルの登録者数は20万をゆうに超えており、今年4月には有料のオンラインサロン事業を始めるほどに成長している。YouTube以外にも、自社サイトと併せてメジャーなSNSのほとんどを駆使して、宣伝を展開してきた今どきの業者だ。

YouTubeの粋塾チャンネル(動画リストの一部を筆者がキャプチャー)
YouTubeの粋塾チャンネル(動画リストの一部を筆者がキャプチャー)

 2019年12月下旬、かねてより批判が高まっていた、「あけぼのばし自立研修センター」(クリアアンサー株式会社=破産)が閉鎖した。東京都と熊本県に拠点を持つ引き出し屋の最大手だった。

 その3日後には、「赤座警部の全国自立就職センター」(現「こころのがっこう」)を運営していた株式会社エリクシルアーツ(赤座孝明代表)に対し、被害を受けた親子へ計505万円の損害賠償を命じる東京地裁判決が出ている。

 これを商機と見た粋塾は、他業者との連携を模索していく。

 私の下には、そうした頃から、粋塾の被害情報が寄せられるようになった。以来、脱出の道中に話を聞かせてもらった人や、生活再建を見守ってきた人もいる。

 数年前には、粋塾を脱した成人男性が自死するという出来事も起きた。私は発覚から間もない頃、遺族に取材をしたことがあった。改めて当時のメモを読み返し、当時の事実関係を粋塾に問い合わせてみたところ、「解決済み案件のため一切回答いたしかねます」と、事案の存在を認めた返信が23日にあった。

 男性の死を受けて、支援方針の変更や職員に対する再研修、マニュアルの整備等の再発防止策を講じたのか、併せて質問したものの、それについての回答はなかった。

■ 情報を掴んでいても、行政には所管部署がないという問題

 地元の東海市が、粋塾という自立支援施設を初めて知ったのは、2023年の秋口だ。きっかけは、塾生が警察に求めた保護の情報で、こども課では、「こんな施設があるんだ」という認識に至ったという。

 ところが関連法令がなく、自立支援施設での問題を扱うのに適切な所管部署がない。そこで同課が中心となり、10機関を集めた横断型の連絡会議を設置し、11月から情報の収集や共有を始めた。

 するとこれまでも、様々な年齢の塾生や近隣住民たちから、それぞれの機関に救済・保護を求める相談や通報がバラバラに届いていたことがわかった。そうした矢先に、「子どもへの違法労働」という疑いで捜査が入り、逮捕者が出て、警察発表があったというわけだ。

 教育実態について、市教育委員会が把握できていたのは住民票がある子どもだけだった。市関係者の話では、粋塾の子どもの大半は市外の子で、把握する対象ではなかったという。市教委にとって粋塾は、教育機会確保法に基づく、学校に代わる学びの連携先(フリースクール)でもなかった。

 一方、県の知多児相は、市よりも1年も前に粋塾を把握していた。きっかけについては「個別の事案になるため答えられない」としているが、2022年11月以降、児童福祉法(三十条)に基づく同居届を監護者となる粋塾のスタッフに提出させ、その都度、児相が視認しに行くようにしていたのだ。虐待等の確認をする通常の手続きで、児相が子どもに会える機会だが、その際に、連れてこられた経緯や心情についての確認はしていなかった。

 今年3月に警察から身柄付きの通告を受けた際も、知多児相は自ら事態の把握をしようとしていない。すぐにそれぞれの住所地の児相へ移管したので、子どもたちから直接、経緯や心情を聞き取ったり、子どもへの人権侵害が疑われる形で逮捕者が出た施設内の実態を把握したり、あるいは念のために、こどもの権利を本人たちに伝える機会を逸した形となっている。

■ 引き出し屋の事件が多い愛知県は、子どもを守る方策を提言できるのか?

 住民票の異動をしないまま民間自立支援施設で暮らす子どもは、地元の行政からは見えない存在だ。問題があれば、広域的な対応が必要になるが、たとえ保護等の通報があっても、施設内部の実態を把握する有効な手立てがない。また、把握できたとしても事件化するまで介入できない。さらに、警察介入後に児相が関わることができても、児相任せだと状況の把握や情報の共有がされない。

 こうした現実を記録し、教訓化し、子どもを守るための方策に結びつける必要がある。

 愛知県は、いわゆる引き出し屋の起こした事件が突出して多い自治体である。

 粋塾の件は果たして、職員が生徒4人を死亡させた戸塚ヨットスクール事件(1979年から1982、年愛知県美浜町)に加え、寮生が職員に監禁・暴行されて死亡したアイ・メンタルスクール事件(2006年、閉鎖)、元寮生への暴力やプライバシー侵害で提訴され、2007年に賠償を命じられた長田塾事件(閉鎖)に続く、犯罪や違法行為が認定される4つ目のケースとなるのか。

 被害を防止する有効な手立てがなく、新たな事業者が勃興してはその支援手法が問題視されるという歴史が連綿と繰り返されてきた引き出し屋。その被害を断ち切るために、地元行政に何ができるかが問われている。

リンク:「引き出し屋」という無法地帯(中) 命預かる自立支援施設は野放しでよいのか?

ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士

近年は、引き出し屋と社会的養護を取材。その他、学校安全、災害・防災、科学コミュニケーション、ソーシャルデザインが主なテーマ。災害が起きても現場に足を運べず、スタジオから伝えるばかりだった気象キャスター時代を省みて、取材者に。主な共著は、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)、『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)、『下流中年』(SB新書)等。

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