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ポイント解説 赤木雅子さんの法廷での戦い

赤澤竜也作家 編集者
赤木雅子さんの提訴を発表する松丸正弁護士(左)と生越照幸弁護士(筆者撮影)

2020年3月18日、週刊文春に衝撃的な記事が発表された。

相澤冬樹氏の手による「森友自殺財務省職員 遺書全文公開『すべて佐川局長の指示です』」というタイトルの、15ページにわたる長大なスクープである。

財務省公文書改ざん事件において、本省からの実行行為の強要を苦に亡くなった近畿財務局職員・赤木俊夫さんの残した遺書の中身は衝撃的だった。

「財務書は真実に反する虚偽の答弁を貫いている」としたうえで、財務省がどのように改ざんを命じていたのか克明に記載。

そのうえで、「この事実を知り、抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました。事実を、公的な場所でしっかりと説明することができません。今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした。(55歳の春を迎えることができないはかなさと怖さ)。家族(もっとも大切な家内)を泣かせ、彼女の人生を破壊させたのは、本省理財局です」

とつづったうえ、

「さようなら」

という言葉で締められていた。

赤木俊夫さんは改ざん行為の責任を取って命を絶ったのである。

週刊文春の発売と同日、俊夫さんの妻である赤木雅子さんは国と佐川宣寿元理財局長に損害賠償を求めて提訴した。

訴訟提起から2年と8ヵ月。明日(2022年11月25日)の判決を前にして、裁判がいったいどのような流れをたどったのか、あらためて整理してみる。(肩書きは事件当時のものを使用)

①裁判は「俊夫さんが自死に追い込まれた原因を明らかにする」ために行われた

訴状の「本件訴訟の目的について」という項目には、「第一に、なぜ亡俊夫が本件自殺に追い込まれなければならなかったのか、その原因と経緯を明らかにする点にある」と綴られている。

第二の目的としては、今後二度とこのようなことが起こらないようにすること。

そして第三の目的として、「亡俊夫の遺志に基づき、誰の指示に基づいてどのような改ざんが行われ、その結果、どのようなウソの答弁が行われたのかについて、公的な場で説明するという点にある」と書かれていた。

公文書改ざんが明るみに出たあと、財務省は2018年6月4日、「森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」なる書面を出しているのだが、どこをどう読んでも、誰が、いつ、どこで改ざんを指示し、どのように下達されて行為が行われたか何ひとつ書かれていない、国民を愚弄しているとしかいいようのない悪質な代物だった。

そのうえ、報告書は赤木俊夫さんが改ざんを強要されたことを苦に自死したことにもまったく触れていない。

のちに赤木雅子さんは書籍を発刊するのだが、そのタイトルは「私は真実が知りたい」というもの。裁判の目的は「真実を知ること」だったのである。

②請求金額は国が絶対に認諾できない額に設定した

雅子さんは提訴の2ヵ月前に訴訟の代理人を変えている。前任者の作った訴状案を雅子さんから見せてもらったことがあるのだが、当初の請求額は100万円だった。新たな弁護士を選任した際、今回の訴訟を担当した松丸正弁護士に相談したところ、「そんな金額では国に『認諾』されてしまいますよ」と言われたという。

認諾とは相手の請求を全額認めたうえで、裁判を終結させる手続き。

国が絶対に認諾できないよう、請求金額を1億712万円としたのだったのだが……。

③当初から、赤木ファイル、および公務災害保障の認定に係る書類の開示を求めていた 

2020年3月18日に提出された訴状において、俊夫さんが改ざんについて詳細に記したファイルがあるはずなので、その有無を明らかにしたうえで、存在する場合は速やかに証拠として提出するよう求めていた。

また、雅子さんは今回の訴訟に先立つ2018年9月11日、人事院に対し「俊夫さんの公務災害保障の認定に関する一切の書類」の開示請求を行っていた。国が夫の死の原因をどう記述しているのか知りたかったのだ。しかし同年12月5日に開示されたものはほとんど黒塗り。その書類についてもこの裁判のなかでマスキングを外して提出するよう要望していたのである。

④国は赤木ファイルが「ある」とも「ない」とも言わず、ひたすら答えを引き延ばした

裁判が進んでも、国は赤木ファイルを持っているのかいないのかすら答えなかった。決裁文書の改ざんの経緯や改ざんが行われたという事実については国も争いがないため、原告の請求と関わりがなく判決に影響しないという理屈だった。

そのため、原告は雅子さんの前で俊夫さんの上司である池田靖統括国有財産管理官が赤木ファイルの詳細について語る録音データと録音反訳を証拠として提出した。

それでも国はまともに答えようとしないため、2021年2月8日、文書提出命令を申し立てる。裁判所から国に対して「文書を出せ」と命じるよう願い出たのだ。

「判決に影響しないから赤木ファイルについては答える必要がない」と言い募る一方、2021年2月16日、衆議院の財務金融委員会にて立憲民主党の階猛議員から赤木ファイルの提出を求められた財務省の大鹿行宏理財局長は、「ご指摘のファイルについて、ご提出することは裁判に影響を及ぼしうるものと考えておりまして、そのために控えさせて頂いている」と答えた。

裁判においては「影響ないから出さない」といい、国会では「影響を与えるから出せない」と言ってのけたのだから、二枚舌にもほどがある。

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20210506-00236373

裁判官は「あるのであれば国は任意で出した方がいいのではないか」と示唆した。しかし、国は3月22日に行われた進行協議において、原告から何を尋ねられても「探索中」としか答えない。

追い詰められ、5月6日になってようやく赤木ファイルの存在を認めたものの、国会への提出は拒み続け、原告に開示されたのは閉会したあとである6月22日になってから。裁判が始まってから1年3ヵ月が経っていたのである。

赤木ファイルを見てみると、公文書改ざん最初の指示は「安倍晋三、安倍昭恵、麻生太郎」隠しだったことがわかる。国会への提出を拒んだことに理由があったのだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20210623-00244366

⑤「公務災害保障認定に係る書類」についてもコロナを理由に遅延行為連発

原告が開示を求めていたもうひとつの書類である「公務災害保障認定に係る書類」についても遅延行為は繰り返された。

同様の書類は近畿財務局にも保管されているため、赤木雅子さんは同局に対し、2020年4月13日に開示請求したのだが、近畿財務局長は新型コロナウイルスを理由にわずか10枚だけの書類を出しただけで、残りは翌年の5月14日まで開示を延長する旨を通知してきた。そのため7月6日に別途、不作為違法確認等請求訴訟を提起したところ、12月7日になって、ようやく今回の訴訟の被告側の乙号証として提出されたのである。

のちに情報公開・個人情報保護審査会の答申によって、人事院の方の書類もほとんどの黒塗りをはがして開示されたのだが、近畿財務局、人事院双方の書類とも「改ざん」という文字は一言も入っていない。赤木俊夫さんの死の理由は偽装隠蔽されていたのである。

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20211117-00268141

⑥認諾はだまし討ちだった

弁護団も国がまさか認諾をしてくるとは予想だにしていなかった。絶対にできない金額を請求していると考えていたからである。しかし、あとから考えてみると、認諾の伏線となったのは2021年10月13日の弁論期日のあとに行われた進行協議。この席で、原告側は裁判官から「尋問はだいたいどれくらいの時期を考えているのか?」と問いかけられたという。 

何度も言うように、訴訟の目的は「改ざんの真相を究明する」こと。そのためには、財務省の佐川宣寿理財局長、中村稔総務課長、近畿財務局の池田靖統括国有財産管理官ら改ざんの首謀者、および実行犯に話を聞くことが不可欠だ。

この日、どうやら裁判長は尋問を前向きに検討している雰囲気が伝わってきた。

国は彼らを証言台に立たせることだけは避けなければと考えたに違いない。

2021年12月15日に非公開で行われた裁判の進行協議の席上、国側の代理人はいきなり立ち上がり、「認諾します」と言い放ったという。赤木雅子さんによると、裁判長ですら、進行協議でそのような行為が出来るのか瞬時に判断できず、六法を繰り始めたところ、国側の代理人が条文を教えたというから、周到に用意されたものだったのは明らかだ。

⑦国はいまだに俊夫さんが改ざんを強要されたことで亡くなったと認めていない

相手方の請求を認め「認諾」したが、国が雅子さんの言い分を認めたということではない。なにも認めないまま、お金だけ払って裁判を終わらせてしまったということである。

いまだに国は俊夫さんが改ざん行為を強要されたことを苦に自殺したということを認めていない。

そして、その原資は国民の税金。つまり血税を払って真相を隠蔽したということだ。

⑧残された佐川宣寿氏との裁判は厳しいものだった

国が税金を使って訴訟から逃げてしまったため、赤木雅子さんの裁判は佐川宣寿元理財局長に対するものだけが残ってしまった。

しかし、この訴訟は最初から苦戦が予想されていた。

国家公務員が職務で違法行為をしたとしても、その個人は賠償責任を負わないとする判例があり、最高裁まで行く覚悟で、深い法律論争に持ち込む必要があったからだ。

弁護団も佐川氏に対する請求は可能である旨の専門家の意見書を出すなど、いろいろ手を尽くしたのだが、結局のところ、裁判長は証人尋問の請求を却下した。

明日の判決は赤木雅子さんにとって厳しいものになることが予想される。おそらく棄却されるだろう。

しかし、これほど耳目を集めた事件だけに、法律論だけで終わらせるような処理はしないものと思われる。どのような形で事実認定がされるのか。裁判のなかで明らかになった赤木ファイルについて、なにがしかの意見を書き込んでくれるのか。

国が国民の血税を使って一方的に強制終了させた裁判について、司法はどのような肉声を届けてくれるのか。明日の判決文に期待したい。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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