Yahoo!ニュース

赤木ファイルをめぐる国と雅子さんとの攻防

赤澤竜也作家 編集者
昭恵氏の名を消す等の改ざんを強要された決裁文書(2018年5月23日財務省公表)

国は存否についてすら口をつぐみ続けた

あるのかないのかさえも言わない。

まずは国会での赤木ファイルに関する木で鼻をくくったような答弁を見てもらおう。

「訴訟に関わることであるため回答を差し控えたい」

2020年11月9日、森友学園問題に掛かる財務省による文書改ざん等に関する予備的調査(2020年4月20日財務金融委員会命令)に対する財務省報告書の回答

「訴訟外の言動等によって訴訟に対する司法審査に影響を及ぼすべきではないと考えておりまして、このため、訴訟外でお答えすることを差し控えさせていただいている」

2020年11月24日、衆議院財務金融委員会、海江田万里委員の質問に対する財務省・大鹿行宏理財局長の答弁

「その存否も含めて求釈明事項の対象となっております上、文書提出命令の申立てがなされているということから、訴訟の一方的な当事者である国としては、従来より訴訟に関わることは訴訟外でお答えすることは差し控えております」

2021年2月15日、衆議院予算委員会、今井雅人委員の質問に対する麻生太郎財務大臣の答弁

「音声データ、それからテープ起こしのメモについては、原告の側から裁判の証拠として提出されているものでして、訴訟に関わるものであるため、(中略)この場でのコメントは差し控える」

2021年3月10日、「森友問題再検証チーム」ヒアリングにて、「赤木ファイル」の存在について言及している近畿財務局・池田靖元統括国有財産管理官の音声データを聞いた後の財務省・石田清理財局国有財産企画課長の発言

存否を含め、麻生太郎財務大臣や財務官僚たちがかたくなに口を閉ざしてきた「赤木ファイル」。国はついにその存在を認める方向であるとの報道がなされた。

森友文書改ざん事件において国は何を隠しているのか? 赤木ファイルとは何なのか? 赤木ファイルをめぐる闘いはどのように展開してきたのか? あらためてこれまでの流れを整理してみた。(公務員の役職名については当時のままのものを使用している)

赤木俊夫さんの自死で動いた森友学園事件

2018年3月2日、朝日新聞は森友学園の国有地売買についての財務省の決裁文書が書き換えられていると報道する。

そもそも公文書とはどのようなものなのだろう。

公文書管理法は、公文書を「国民共有の知的資源として、主体的に利用できるもの」と位置づけ、「行政機関の意思決定の過程、事務を合理的に跡づけ、検証することができる」と定めている。

そのなかでも決裁文書は極めて厳密性が高く、起案者は提出に際し、間違いがないか大変な緊張を強いられる性格のもの。「かがみ」といわれる決裁事案が簡潔に記された付属文書からできていて、行政機関が最終的な意思決定をした証拠であり、行政の正確性を担保するものだ。万が一、誤字脱字があれば、訂正印を押して修正したことがわかるように扱われるという。

改ざんされた書類のなかで最も保存期間の長いものは30年。後世の人々が、その当時どのように行政判断されたのかを知ることのできる国民共有の知的財産なのである。

しかも森友学園事件をめぐる決裁文書は17年5月8日、参議院に提出されていた。改ざんした決裁文書を提出していたとなれば、「国権の最高機関」たる国会、ひいては国民に対する背信行為。事実だとすれば大スキャンダルである。

当初、財務省は報道内容が事実であるかどうかを一切、明らかにしなかった。NHKも含め他社は一切後追い報道をしない。朝日新聞側も改ざん前の文書を具体的に提示しなかったため、誤報なのではないかと指摘する識者も現れていた。朝日の記者でさえ、「ウチの報道、大丈夫なのかな?」と心配していたほどだった。

事態が急変したのは18年3月9日のこと。早朝より森友学園事件について取材する報道関係者のなかで「決裁文書の改ざんに関わった近畿財務局の職員が自ら命を絶ったらしい」という激震情報が走ったのだ。

その日の昼過ぎ、今度は永田町界隈から「佐川国税庁長官が辞任するようだ」という情報が流れてきた。17時過ぎに麻生太郎財務大臣が首相官邸へ。19時16分、佐川宣寿国税庁長官が財務大臣室へ入室。19時41分から始まった会見で麻生大臣は「佐川氏から退職したいと申し出があり、本日付で退職させている」と明言したのである。

「ああ、朝日新聞の改ざん報道は本当だったのだ。自殺なさった方は改ざんを強いられた職員だったんだ」

森友学園事件の取材をする記者の誰もがそう確信した瞬間だった。

財務省が改ざんの事実を認めたのはその三日後である18年3月12日のことである。

国民を愚弄する財務省の「森友改ざん調査報告書」

18年6月4日、財務省は「森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」を発表した。

この書類の文章。ふたたび手に取ってみたのだが、やはりどこをどう読んでもなにがなんだかサッパリわからない。

誰がどのような意図で、どう改ざんを指示したのか、5W1Hをあえてぼかすような悪質な書き方に終始している。とりわけ改ざん行為がいつ決定されたのかについて、徹底的に隠蔽しようとする強い意図が感じられるものなのだ。また、改ざん行為は理財局のなかだけで行われたことをしきりに強調しており、財務省の福田淳一事務次官や岡本薫明官房長、矢野康治官房長などの最高幹部には累が及ばぬよう細心の注意が払われている。財務省のような鉄の掟を持つ縦割りの組織のなかで、これほどの国家に対する背信行為を、上司らに報告なく出来ようものなのか。誰が考えても自明である。

おぼろげながら理解できたのは、「佐川宣寿理財局長が『政治家関係者の名前が決裁文書にでているなんてまずいな』と言ったので、理財局の中村稔総務課長と田村嘉啓国有財産審理室長は直接指示されたわけではないが、何となーく改ざんしちゃいました」と書いてあるということ。アホらしくて言葉もでない。国民の税金を使って作られた森友改ざん調査報告書は霞が関文学の極北とでも言うべき、「なにも書いていないに等しい」代物だったのである。まったく反省していないことだけが伝わってきた。

面白いなと思ったのは一点だけ。近畿財務局が作成した「貸付決議」などの決裁文書の一部は、国土交通省航空局との間で共有されていた。17年3月以降、会計検査院が森友案件について会計検査を行うこととなる。改ざん前の「正しい」決裁文書が会計検査院に提出されるとまずいと考えた財務省。本省理財局の職員が国交省へおもむき、元々の決裁文書と改ざん後のものとをすり替えていたというのである。エリート官僚が他の省庁でどろぼう行為を働いていたのだ。

改ざん強要で赤木さんが死に至ったと認めない財務省。関係者はどんどん出世していた!

この「森友改ざん調査報告書」の最大の問題点は赤木俊夫さんの自死に関する記述がないことである。

近畿財務局の池田靖統括国有財産管理官の配下の職員はそもそも改ざん行為への強い抵抗感があり、理財局からのたび重なる指示に強く反発していたという記載はある。赤木俊夫さんのことだ。しかし名前は記されていない。

会計検査院による近畿財務局への実地検査の開始が近づいてきた4月上旬に、中村稔総務課長は佐川宣寿理財局長に「近畿財務局には(改ざん行為に)強い抵抗感がある」と報告。しかし佐川氏が「必要な書き換えは行う必要がある」という反応だったので、中村氏が田村嘉啓国有財産審理室長と近畿財務局の楠敏志管財部長に「最低限、政治家関係者からの照会状況の記載と、それまでの国会答弁との関係が問題となりかねない箇所については書き換えが必要」と命じ、結局、近畿財務局・小西眞管財部次長自らが改ざんしたとは書かれているのだが、強い抵抗を示した職員が誰なのかは明示されていない。

そして改ざんの強要によって赤木俊夫さんが命を落としたとの記載は一切ない。財務省は赤木さんの死と改ざん行為の強要の関連をいまだに認めていないのである。

18年5月31日、大阪地検特捜部は公文書改ざん事件での告発された官僚すべてを不起訴処分とした。19年3月29日、検察審査会はそのうち6人について不起訴不当を決議。ふたたび捜査が行われたものの、同年8月9日に再度、不起訴処分を決定。この検察庁による「国策不捜査」については言いたいことが山のようにあるのだが、本稿では触れないでおく。とにかく財務省による公文書改ざん事件の真相は闇に葬られたのである。

財務省の報告書がだされてから3年が経った。公文書改ざん事件の実行犯とされる中村稔総務課長がロンドン公使に大栄転。国会での虚偽答弁を赤木俊夫さんの遺した手記で言及された太田充理財局長は主計局長を経て財務省のトップである事務次官に君臨するなど、公文書を改ざんするまでして安倍晋三首相を守り切った官僚たちは皆、出世街道をひた走っている。

「これを見てもうたら全部わかる」。俊夫さんの上司は言い切った

赤木雅子さんは20年3月18日、国を相手取って訴訟を提起した。訴状のなかで、この裁判の目的を三点挙げている。

まず一点目はなぜ俊夫さんが自殺に追い込まれなければならなかったのか、その原因と経緯を明らかにすること。

そして行政上層部の保身と忖度を目的とした軽率な判断や指示によって、現場の職員が苦しみ、自殺するようなことが二度と起こらないようにすること。

三点目は俊夫氏の遺志に基づき、誰の指示でどのような改ざんが行われ、その結果、どのようなウソの答弁が行われたのかについて、公的な場で説明してもらいたいということだ。

俊夫氏は自殺直前に作成した手記において「この事実を知り、抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました。事実を、公的な場でしっかりと説明することができません。今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした(55歳の春を迎えることができないはかなさと怖さ)」と書いている。俊夫さんは健康状態が許さなかったものの、みずから説明することを望んでいた。雅子さんがその遺志を継いだのだった。

「夫の死の真相を知りたい」。そして「二度とこのようなことが起こらないようにしてほしい」。雅子さんの想いはそれだけなのである。

この提訴の訴状の最後に記載されている求釈明において、すでに赤木ファイルについても触れており、被告国に対し速やかに証拠として提出するよう求めている。今から1年以上も前のことである。

弁護団は2020年10月13日、新たな証拠を提出した。俊夫氏の直属の上司である池田靖統括国有財産管理官が前年3月9日に赤木さん宅を弔問に訪れた際の録音データである。

そこには、

「パラッとだけ見たんです。『うわ~、メッチャきれいに整理してあるわ』と。全部書いてあるんやと。どこがどうで、何がどういう本省の指示かっていうこと」「だから、前の文書であるとか、修正後のやつであるとか、何回やりとりしたようなやつがファイリングされていて、それがきちっと、パッと見ただけで分かるように整理されてある。これ見てもうたら、われわれがどういう過程でやったかというのが全部分かる」

と赤木ファイルの中身についての生々しい証言が残されていた。

国は国会と裁判所で正反対の主張を繰り広げていた

「赤木ファイルを出してください。そして、いつ誰の指示に基づいて、どの部分をどのように改ざんしたのか明らかにしてください」。裁判において、このような原告による要求に対する被告国の回答は2020年9月25日付け第一準備書面において行われた。

あまりにもひどい文章なので、まずはそのまま記載してみよう。

「かかる請求を基礎づける事実として原告が具体的に主張する、決裁文書の改ざんの経緯や内容等の事実については法的な評価はともかく、被告国の答弁書第2(3ページ以下)において認否したとおり、おおむね争いがない。

この点、原告が求釈明事項1に係るファイル及びメモによって明らかにしようとする事実や求釈明事項2により明らかにすることを求めている事実は、いずれも決裁文書の改ざんの経緯や内容等の事実を基礎づける事実であって、原告の請求を基礎づける事実と解されるところ、原告の請求を基礎づける事実として訴状に記載された決裁文書の改ざんの経緯や内容等の事実については、上記のとおりおおむね争いがない。

したがって、求釈明事項1及び2については、いずれも回答の要を認めない」

一読して何が書いてあるのか皆目見当がつかない。要は「改ざんをしたっていうことは財務省の調査報告書で認めているでしょ。その事実を認めている以上、赤木ファイルや改ざんの具体的な指示系統や内容は、この裁判の争点には関係ないんだから答える必要はないっす」と言っているのである。

被告国は2020年12月2日の第2準備書面においてもまったく同様の主張を繰り返した。まあそれ以上の「出さない」理屈など作りようがないのだから仕方ない。

さて、ここまで読んでいただいた粘り強い方々にはもう一度、本レポートの冒頭部に立ち戻っていただきたい。

国はこの一年間、国会において「裁判に影響を与えるから赤木ファイルはあるかないかも言えませんし、出せません」と言い続けていた。ところが実際の裁判においては「裁判と関係ないから赤木ファイルはあるかないかも言えないし、出せません」と言っていたのである。

いつまでも遅延行為を続ける財務官僚ども、恥を知れ!

2021年2月8日、原告は文書提出命令申立書を提出した。国に対して「出せ」と言うよう裁判所へお願いをしたのである。同年2月17日の口頭弁論期日における雅子さんの陳述には以下のような下りがあった。

「赤木ファイルの存在は、私と夫の生前の会話から明らかだと思います。夫は2017年7月20日にウツ病で病休に入る前から、私に対し、深刻な顔をして、『大変なことをさせられた』『内閣が吹っ飛ぶようなことを命じられた』『自分は犯罪者なんだ』と話すようになりました。その一方で、『自分がやってしまったことを事細かく書いて残してある』『上司から言われたことや、上司の犯罪行為も全部書いて残してある』『ドッジファイルに綴じてるんだ』と話していました」

「夫が亡くなる直前である2018年3月下旬ころ、私は夫が同じ話を何度も何度も繰り返すので、勇気を出して『とっちゃんがやってしまったことをこと細かく書いて残したことは、よかったの? 悪かったの?』と尋ねました。すると夫は、つらい表情を浮かべながらも、ポツンと『いいことやった』と答えました」

「赤木ファイルが提出されることは、二度と決裁文書の改ざんが行われないようにするためにも、二度と夫とおなじような目に遭う国家公務員がでてこないようにするためにも、とても意味があると思います」

裁判が始まってもうすぐ1年2ヵ月。この間、国は赤木ファイルについて存否すら明らかにせず、ひたすら遅延行為を繰り返した。どこかで見たことのあるような光景。そう、森友学園事件をめぐる国会審議と同様なのである。

今回の裁判においては、大阪地裁から2021年5月6日までに赤木ファイルの存否を明らかにするよう求められたため、ようやく少しだけ前に進んだに過ぎない。

取材を続けていて、ただ一つ確信を持って言えること。それは、「財務省はまったく懲りていない。またぞろ似たようなことをしでかすに違いない」ということだ。

人がひとり死んでいるのである。しかも違法行為を強いられた現場の人間が自責の念にかられて苦しんだ上、みずから命を絶ったのである。しかるに違法行為を強要した側は何一つ真実を語らず、ひたすら言い逃れと先延ばし。とにもかくにも隠蔽に終始する官僚どもの姿はとにかくおぞましい。問題が起こった真の原因を調べようともせず、どうして再発防止ができるのか。違法行為を強要し、部下を死に追いやっておきながら、のうのうと栄達に血道を上げる役人たちは人として恥ずかしくないのだろうか。

すべてのウミを出し切らねば再生などできようはずはないのである。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

赤澤竜也の最近の記事