テレビが根拠ない「選挙不正」ツイート200件を4時間半放送する
テレビニュースが根拠のない「選挙不正」のツイートを映し出し、その拡散を後押しする――。
ドナルド・トランプ前米大統領のツイートは、マスメディアが継続的に取り上げることでその影響力を強めていった、と以前から指摘されてきた。
だが、特にリアルの社会で影響力を持つテレビは、その拡散にどのような役割を果たしたのか。
誤情報・偽情報対策に取り組むNPO「ファースト・ドラフト」は、それを実際の放送時間から検証した調査結果をまとめた。
対象としたのは米ニュース専門局、MSNBC、CNN、FOXニュース。
この3局が、米連邦議会議事堂乱入事件と、この事件をめぐるトランプ氏の2度目の弾劾裁判(※13日に上院で無罪評決)への起点となった根拠のない「選挙不正」ツイートの拡散に、どのようにかかわっていたのか?
2020年1月からの約13カ月で、3局はトランプ氏の2,000件近いツイートを画像つきで計32時間にわたって放送。「不正選挙」主張のツイートだけでも200件超、放送時間は計4時間半にのぼった。
トランプ氏のツイート画像の放送は、アカウントが永久停止され、ツイート本体が閲覧できなくなった後も続いていた。
間違った情報は、それをファクトチェックとして否定的に報じるかどうかに関係なく、メディアが取り上げることで拡散してしまうことがある。
フェイクニュースや陰謀論の拡散を、ソーシャルメディアだけでなく、マスメディアを含めたメディア生態系の中で多角的に捉える必要性が、改めてわかる。
●計32時間のツイート放送
「ファースト・ドラフト」の共同創設者で米国ディレクターのクレア・ワードル氏が2月12日付で調査結果を公開した。
調査にはアーカイブNPO「インターネット・アーカイブ」の「TVニュース・アーカイブ」創設者、ロジャー・マクドナルド氏や、メディアデータべース「GDELTプロジェクト」創設者、カレフ・リタール氏らも協力している。
トランプ氏のアカウントは、ツイッターにより1月8日に永久停止となっている。このため、ワードル氏は米サンディエゴのプログラマー、ブレンダン・ブラウン氏が2016年から公開しているデータベース「トランプ・ツイッター・アーカイブ」を使っている。
※参照:トランプ新大統領はツイッターで何を言おうとしてきたのか?(01/22/2017 新聞紙学的)
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
「トランプ・ツイッター・アーカイブ」によれば、トランプ氏は2009年の利用開始以来、永久停止になるまで5万6,571件のツイートを行っている。
調査では、このうち2020年1月1日からのツイート(1万2,392件)を対象に、米国のケーブルテレビの主要ニュース専門局であるMSNBC、CNN、FOXニュースによる放送時間を調べた。
MSNBCはリベラル系、CNNは中道リベラル系、FOXニュースは保守系のチャンネルとして知られる。
テレビの検証には、サンフランシスコのNPO「インターネット・アーカイブ」が研究・教育用に公開している「TVニュース・アーカイブ」を使用。この中にトランプ氏を扱ったニュース8,491件(2月15日現在)を分単位でチェックできる「トランプ・アーカイブ」がある。
調査では対象期間の2万7,648時間超のトランプ氏関連ニュースの動画をOCR(光学文字認識)にかけ、その中からトランプ氏のツイッターアカウント「@realDonaldTrump」が表示されたものを抜き出した。
それによると、期間中に3局はトランプ氏のツイート画像1,954件を放送し、合計放送時間は1,924分(32時間)にのぼった。
ツイッターがトランプ氏のアカウントを永久停止した2021年1月8日以降にも、3局合わせて22.3分間、同氏のツイート画像を放送していた。
3局が放送したトランプ氏のツイートのうち、「選挙不正」の主張は合わせて210件で計259分(4時間31分)。大統領選投開票前日までが58件、放送時間101分だったのに対し、投開票日後の3カ月足らずでその3倍近い152件について158分間放送されていた。
その内訳はMSNBCは98分、CNNは95分、FOXニュースは66分だった。
●「警告ラベル」報道の効果
ワードル氏はさらに、ツイッターによるトランプ氏のツイートへの「警告ラベル」が、テレビ報道を介してどのような影響を与えたか、について検討している。
3局が取り上げた1,954件のツイートのうち、ツイッターが利用規約違反や不正確であることなどを理由に「警告ラベル」を表示したものの放送時間は平均94.45秒。
これに対して「警告ラベル」の表示がないツイートの放送時間はその半分近い平均57.02秒だった。
つまり、ツイッターが問題ありと判断し、拡散の抑制を意図して「警告ラベル」を表示したトランプ氏のツイートが、まさにその判断をめぐる議論などによって倍近い放送時間でテレビ報道され、より多くの視聴者の目に触れてしまうという皮肉な結果になってしまっている、との問題提起だ。
ただ、この影響を評価するには、さらに調査が必要だとしている。
ワードル氏は、トランプ氏のツイート画像をテレビ画面に表示すること自体の問題点についても指摘している。
ニュースの中では、ツイート画像の表示に合わせて、キャスターや専門家がその問題点などの位置づけを語る。
だが、空港やオフィスなど、テレビを映像のみで表示している場面も少なくない。また、テロップによって説明を補足する場合もあるが、そのようなテロップが表示されないこともある。
そのようなケースでは、位置づけや説明が何もないままで、トランプ氏の問題のあるツイートの画像だけが放送され続けることになる。
ただその影響を評価するには、視聴者の反応についてのさらなる調査が必要だと、ワードル氏は指摘する。
その上でこう述べている。
そしてワードル氏は、テレビの報道局にこんな疑問を投げかける。
●メディアが果たした役割
トランプ氏を中心とした「選挙不正」主張の拡散に、マスメディアが大きな役割を担った、との専攻研究もある。
ハーバード大学「インターネットと社会のためのバークマン・クライン・センター」の共同ディレクター、ヨーハイ・ベンクラー氏らの研究チームは2020年10月、郵便投票と「選挙不正」の主張をめぐる半年間のネット上のメディアコンテンツやツイッター、フェイスブックの投稿を分析し、「このキャンペーンはトランプ大統領と共和党が主導し、国内の大手メディアが増幅したものだった」と結論付けている。
トランプ氏の根拠のない「選挙不正」の主張を、AP通信などの中道メディアが「中立的」に報道することで、結果的に拡散させる役割を担っていた、との指摘だ。
※参照:デマ拡散の犯人はSNSではなくマスメディア、その理由とは?(10/09/2020 新聞紙学的)
そもそも前回2016年大統領選のトランプ前大統領誕生に、メディアの過剰な扱いが影響したのではないか、との指摘は以前からあった。
※参照:トランプ大統領を生み出したのはフェイスブックか? それともメディアか?(11/13/2016 新聞紙学的)
調査会社「メディアクアント」の2016年2月時点のデータによると、トランプ氏のメディア露出を広告に換算すると18億9,800万ドル。対する民主党のヒラリー・クリントン氏は7億4,600万ドルと倍以上の開きがあった。
また、米CBSのレスリー・ムーンベス会長兼CEO(当時)の同月の発言は、トランプ現象へのメディアの立ち位置を示して象徴的だった。
トランプ氏は視聴率が取れる。つまりメディアにとって金になる。それが社会にどのような影響を与えるのかは関係ない――ムーンベス氏は、そう語っているのだ。
ムーンベス氏はその2年後、セクハラ疑惑で辞任に追い込まれた。
●報じられることで広がる
今回の「ファースト・ドラフト」の調査は、3局の具体的な報道内容までは掘り下げていない。
トランプ政権に批判的なMSNBC、CNNと、トランプ政権支持が明確なFOXニュースでは、「選挙不正」主張の報道ぶりも対照的だ。
だがその一方で、間違った情報を否定的に伝えたとしても、その情報の影響自体は広がってしまう、という事例も知られている。
つまり、間違った情報を修正し、拡散を防ごうとするファクトチェックが、まだ広く知られていないような間違った情報を、かえって拡散させてしまうこともある、というジレンマだ。
※参照:新型コロナ:「デマ否定」がデマを拡散させる――そこでメディアがやるべきことは(04/06/2020 新聞紙学的)
ワードル氏は2017年9月、「誤情報を報じる前に考えるべき10の問い」という論考の中で、メディアが間違った情報を扱うべきかどうかという判断の分かれ目を「ティッピング・ポイント(転換点)」と表現する。
間違った情報を報じることによる防止効果と拡散効果を見極める。そして、病気より悪い治療法はとるべきではない、ということだ。
トランプ氏のツイッター報道では、そのような判断はなされていたか?
そして同様のことは身の回りでも起きていないか?
(※2021年2月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)