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強制退去が1日100件の国で、ペネロペ・クルスが立ち上がるも…。映画『オン・ザ・フリンジ』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
ひたすら暗鬱なペネロペ・クルス。役が演技の幅を狭めてしまった

スペインでは強制退去が1日100件のペースで行われている。家賃やローンが払えなくて住む場所を失う人が、日々数百人単位で出ているわけだ。

この問題を取り上げたのが映画『オン・ザ・フリンジ』だ。On the Fringe(原題:En los Márgenes)とは「周辺で」とか「境界で」とかの意味で、“社会の縁からこぼれ落ちそうな人々”を描いている。

強制退去させられそうな人たち――プアワーカーの一家、投資に失敗した息子を持つ老婆など――の物語である。

■ペネロペが可視化する強制退去

強制退去の映画化には意義がある。

ニュースで毎日のように報じられて知識として知ってはいるが、そこから先に踏み込んで、私たちに考えさせたり共感させたりする取っ掛かりに映画はなり得る。

ペネロペ・クルスが出ているとなればなお更だ。

彼女が強制退去させられる女性を演じ、プロモーションで強制退去を語ることで、この問題の可視化が進むのは間違いない。

『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla
『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla

道端に積み上げられた家財の横で、この先行く場所がない、という状況がいかに残酷で絶望的なものか、対照的に、合法であるゆえに撤去がいかにてきぱきと容赦なく機械的に行われるかは、映像と音と登場人物がいるから心に迫ってくる。

それに、「強制退去を扱ったスペイン映画」というだけでは日本公開は難しいだろうが、日本でおそらく最も知名度が高いスペイン人女優が出ている、というだけで日本で見られる可能性はぐっと高まる。

ちなみに、監督のファン・ディエゴ・ボトとペネロペ・クルスは友人であり、彼女はプロデューサーとしても参加している。

『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla
『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla

■社会派監督がいないスペイン

「スペインにはケン・ローチやダルデンヌ兄弟はいない」と言われる。

確かに、彼らのような社会問題を専門に扱う監督はいない。しかし、それは社会問題を取り上げた映画がない、という意味ではない。

失業問題を扱った『月曜日に日なたぼっこ』(監督フェルナンド・レオン)、女性への虐待を扱った『テイク・マイ・アイズ』(監督イシアル・ボジャイン)と『マイン・アローン』(監督ハビエル・バラゲル)、尊厳死を扱った『海を飛ぶ夢』(監督アレハンドロ・アメナバル)、大土地所有制下の搾取を扱った『無垢なる聖者』(監督マリオ・カムス)など名作もいくつかある。

ファン・ディエゴ・ボトは本職が俳優なので、“スペインのケン・ローチ”にはならないだろう。同様に、ペネロペ・クルスも“社会派プロデューサー”にはならないだろう。だが、社会問題を可視化していく試みは、これからも様々な監督と製作者へ受け継がれていくに違いない。

初メガホンをとったファン・ディエゴ・ボト。『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla
初メガホンをとったファン・ディエゴ・ボト。『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla

■映画として許されない「主従逆転」

とはいえ、良い動機が良い作品になるわけではない、というのも映画の厳しさである。

ここからは感想を少し。

「知らせること」――強制退去の正確な描写――には成功しているが、「感じさせること」――登場人物を通じて強制退去の恐ろしさを実感させること――に失敗している。ドキュメンタリー的な迫真度はあっても、フィクションとしての物語が面白くない。

いかに深刻な社会問題であっても、娯楽性が優先するべきだ。

『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla
『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla

ケン・ローチの『カルラの歌』にしても『SWEET SIXTEEN』にしても『麦の穂をゆらす風』にしても『わたしは、ダニエル・ブレイク』にしても、ダルデンヌ兄弟の『イゴールの約束』にしても『ロゼッタ』にしても『ある子供』にしても、ちゃんと造形された登場人物がいて、彼らがむしばまれていく様子を描くことで、背景にある社会問題が浮き上がる形になっている。

つまり、社会問題は登場人物が置かれている「環境」に過ぎないのだが、『オン・ザ・フリンジ』ではこの主従が逆転している。

強制退去が主で、人物描写が従になっている。

■ペネロペの演技力が持ち腐れ

『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla
『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla

視点も単調である。

被害者視点だけ。強制退去に苦しむだけ、というのはペネロペ・クルスの演技力からしてもの足りない。

これ、加害者視点も入れれば良かったのではないか?

強制退去は「不法占拠」というもう一つの社会問題と裏表になっている。

鍵を壊して勝手に空き家に住み着いて出て行かない、という行為は、スペインではオクパ(Okupa)と呼ばれる。

強制退去も不法占拠も背景にあるのは、住居をめぐる貧困である。

『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla
『オン・ザ・フリンジ』の1シーン。C:Javier Pérez- Pla

で、こんな物語はどうか?

ペネロペ・クルスには強制退去が迫っている。というのも、貸し出していたアパートの家賃を払ってもらえず、ローンの返済ができなくなっているからだ(※)――。

これなら、貸し手としても借り手としても苦しむ彼女の姿を見ることができる。強制退去させないと強制退去させられる。感情の板挟み、「葛藤」の表現こそ、彼女の演技力に相応しい……。

日本公開を期待して、みなさんの感想を待ちたい。

※「ローンを払っている人がアパート経営」というのは日本だと変に聞こえるかもしれないが、“相続した家を貸出し新居のローンを組む”、なんてのはスペインではいくらでもある。ちなみに、うちの前の大家さんもそうだった。

※写真提供はサン・セバスティアン映画祭

スペイン語版ポスター
スペイン語版ポスター

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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