「普通って何?」。「あおいけあ」加藤忠相氏が示す「介護」という枠を意識しない介護事業者のあり方
多くの介護関係者が注目する、介護事業者「あおいけあ」(神奈川県藤沢市)・加藤忠相さんについての2回シリーズの記事の後編。前回の記事では、「あおいけあ」設立から「一人称」で考える、「介護」ではない「ケア」=気づかいに至った足跡を紹介した。今回は、「介護」「普通」「社会保障」などの枠を意識していない加藤さんの「ケア」の実践が生み出すものについて紹介する。
不登校児がやってくる介護事業所
「あおいけあ」の小規模多機能型居宅介護*の事業所には、高齢者だけでなく様々な人たちがやってくる。見学者、実習生、ボランティア、海外からの視察団。そして、近所に住む不登校や居場所のない子どもたちも。誰からか聞いて、連れられてくる。時には、本人が自発的にふらりとやってくることもある。
介護事業所に子どもが?
来た子どもたちは、どう過ごしているのだろうか?
「別にどうもしないですよ。利用者としゃべったり、一緒にアイスを食べたり。来る時間も帰る時間もまちまちです」
職員は、どう対応すればいいか戸惑わないのだろうか?
「誰も気にしないですね。だって、うちは地域密着型サービスですよ。高齢者だけ見ていればそれでいい、というわけじゃない。どう居心地の良い場をつくるかが地域密着型サービスの役割なんじゃないですか。もし保険者に制度的に子どもが来てはダメと言われたら、僕は『“地域密着”が何かわかっていますか?』と、逆に問いただすと思います」
行政も事業者も「できない理由」ばかり探しているのではないか、と加藤さんは指摘する。
「だから、やっていてもつまんないんですよ」
自分たちで自分たちの仕事をつまらなくしている、ということか。
*小規模多機能型居宅介護(小多機)…利用者の事情に応じて、通い・訪問・泊まりを組み合わせ、24時間365日対応する在宅介護支援の地域密着型介護保険サービス。
「普通」を押しつけない
子どもの頃、近所の養護学校に通う障害のある子どもたちに会うと、加藤さんは見慣れぬてんかん帽*をつけた子を「怖い」と思っていたという。
それが変わったのは東北福祉大学の学生のときだ。
「大学3年の時に障害者施設でアルバイトをしたんです。そうしたら、障害があっても自分と別に変わらないなと思って。要するに、慣れていないから“障害”に見えるんですね」
認知症も同じだと、加藤さんは言う。
「認知症は特別な病気のように思われているけれど、話をすれば、僕たちと変わらない。同じことを何度か言ったり、忘れて困ったりするとしても、それは鼻水や咳が止まらなくて困っている人と変わらないでしょ。だって、それが症状なんだから」
「普通」とは一体何なのか、と加藤さんは問う。
「よく認知症の人と普通の人、というけれど、普通の人って何ですか? どこまでが普通でどこからが普通じゃないんでしょうか。僕たちだって、日々の生活の中で、気持ちも体もいろいろ揺れ動きますよね。『普通』っていう言葉にはとても違和感を覚えます」
あるとき、「あおいけあ」の事業所に自閉症のある子がやってきた。そこに「居る」ことに少しずつ慣れていったその子は、いつしか併設する食堂の厨房でアルバイトとして働くようになった。
「板長に言われて魚の骨取りをしたりすると、もう完璧にきれいに取るんです。時間にも正確なので、予定の時間に終わっていない作業があると、板長にも『時間通りに終わっていない』と厳しく言ってくる。板長は『わかった、わかった』と苦笑いです」
小学校から8年間、不登校だった子もいる。高校生の時、「あおいけあ」と出会い、今では職員として働いている。
8年間、どこにも行けなかった子が、なぜ働けるようになったのか。
「それまでは周りが認めようとしなかったからじゃないですかね。不登校の子に、『学校に行きなさい。普通は学校に行くものでしょ』と、『普通』を押しつけてきたから」
大切なのは、その人の考えていることを否定しないことだと、加藤さんは言う。
「専門職の中には、平気で否定する人がいるじゃないですか。高齢者が歩きたいと言っているのに、歩いたら転ぶよ、とか。転ぶかもしれないけど、歩きたいんだから、そっちを大事にしないと」
*てんかん帽…てんかん発作による転倒が起きたとき、頭を保護するためのヘッドギア。
社会保障と離れたことをやりたかった
加藤さんは2021年2月、入居者が入らなくて困っていた2階建て賃貸アパートを購入。不動産会社と共同でリノベーションし、ソーシャルアパート「ノビシロハウス」を開設した。
「社会保障から離れたことをやりたかったんです。補助金や助成金は使わず、建築費用の1億5000万円は全額を銀行からの融資でまかないました。ローンを返済しても、毎月40万円程度の収入があります」
8戸のうち2戸を若者用とし、他の6戸の半額の家賃とした。ただし若者の入居にあたり、1階の4戸に高齢者が入居したら、毎朝*、安否確認も含めて声をかけること、月1回お茶会を開くことを条件とした。
「入居する若者は、便宜上ソ-シャルワーカーと呼んでいます。でもソーシャルワーカーにしたいわけじゃない。ただ地域の若者が地域のお年寄りにおせっかいできる環境をつくりたかっただけです」と加藤さん。
確かに、高齢者の様子が気になっていてもなかなか声をかけられない若者も、「役割」にすれば声をかけやすくなる。入居から2年たち、若者と高齢者は一緒にカラオケに行ったり、お茶や料理を習ったり、自然な交流が生まれているという。
アパートと併せて、「あおいけあ」の従業員用駐車場だった隣接地も開発。こちらの棟には、1階にコーヒーショップ、2階には在宅医療支援診療所と訪問看護事業所が入った。
コーヒーショップは地域住民がテイクアウトも含めてひっきりなしに訪れる店となり、2階の医療機関は「ノビシロハウス」を含め、住民が最期まで地域で暮らし続けるための支えとなっている。
この「ノビシロハウス」はマスコミで何度も取り上げられ、完成前に入居する若者2人は契約を完了。月3万円台でも空き室だったアパートが、家賃7万円(若者用2戸は半額)でも満室だ。
*毎朝…現在は、入居した高齢者と相談の上、声かけの頻度を決めている。
「ノビシロハウス」は「ショーケース」
ところで、加藤さんはなぜアパート開発を手がけたのだろうか?
「共同で開発した不動産会社の方から、高齢者は賃貸契約を敬遠される、それが社会問題になっていると聞いたんです。この地域も大学はあるのに学生数の減少でアパートは空き室が増えている。それでも高齢者には貸さない。2040年には単独世帯が4割に近づくこの国で、おかしな話でしょう?」
不動産業界、介護・医療業界などそれぞれの業界が問題を抱えているが、連携してそれぞれのストレングスを生かせば、対応可能なことはたくさんある。加藤さんはそう考えた。
「せっかくやるなら、『ショーケース』になるものをつくりたいと思いました。現物を見せれば、解決策の一つとして理解してもらえる。そうすれば、やる気のある人たちがもっとおもしろいことをどんどん始めてくれるんじゃないかと」
「枠」を意識しない活動は、さらに「枠」を超える新たな活動を生む。
2040年には介護職は280万人必要だと言われている。加藤さんは、そのときに介護の仕事を「不幸せな仕事」にしたくなかったという。
「すごく儲かるわけじゃないけれど、仕事しているような、遊んでいるような感じで結構楽しく働けている。そんな仕事にしたいなと」
では、加藤さんは今、幸せなのだろうか?
問いかけると、加藤さんは「多分、僕、結構幸せなんじゃないかな」と言って、少し照れたように笑った。
2040年に、果たして280万人の介護職が笑って働ける社会にできるのか。
それには、行政も介護職も「できない理由を探す」のをやめ、「枠」を超えていくことが必要だろう。