Yahoo!ニュース

人々の“思い”をつなぐ手段 鉄道会社がクラウドファンディングに注目する理由

伊原薫鉄道ライター
クラウドファンディングによって修復された阪堺電気軌道のモ161号

 新型コロナウイルスが猛威を振るい始めてから、2年以上が経つ。いまだに収束からは程遠い状況であるが、医療従事者をはじめとする関係者の尽力、感染防止対策や治療法の進歩などに支えられ、経済活動は少しずつ復調していると言っていいだろう。一方で、コロナ禍により社会の仕組みが大きく変わったことで、苦境に立たされている業界も少なくない。その一つが、公共交通機関である。

 多くの鉄道会社やバス会社は通勤・通学需要をベースに輸送力を定め、車両や駅施設、ダイヤを設定。その収益で路線を維持し、あるいは赤字区間を支えるというのが、これまでの“王道”だった。だが、感染防止対策の一環としてリモートワークなどが急速に広まった結果、通勤客は大きく減少。現在も回復していない。

 いわば“稼ぎ頭”を失った形の各社は、需要に見合ったダイヤや両数とし、あるいは様々なコスト削減策を講じることで生き残りを図るとともに、新たな需要の創出でピンチを切り抜けようと画策している。ただし、その費用をねん出するのは難しい。そこで注目され始めたのが「クラウドファンディング(以下「CF」)」だ。

修復後、定期列車として通常運行に充当されたモ161号。多くの人々がその姿を見守っていた(特記以外の写真はすべて筆者撮影)
修復後、定期列車として通常運行に充当されたモ161号。多くの人々がその姿を見守っていた(特記以外の写真はすべて筆者撮影)

 CFとは、ある事業や取り組みに対して賛同者から運営資金を募ることで、実現への足掛かりにするというものである。鉄道会社の事例としては、「イベント車両やラッピング車両を導入したい」「歴史的価値のある車両を保存したい」といったものが多い。賛同者は資金を提供する代わり、「リターン」として金額に応じた記念品や参加権などを手に入れることができる(リターンがなく、純粋に支援だけというプランが用意されている場合もある)仕組みだ。さらに、プロジェクトが成功すれば、その車両に乗る・撮るなどという別の楽しみも加わる。

CFの実施で知った「人々の思い」

 鉄道会社が実施したCFの好例といえるのが、大阪にある阪堺電気軌道の「モ161号大規模修繕プロジェクト」だ。1928年に製造され今も現役で走る車両に、百寿を迎えさせるための修繕工事を実施したいという取り組みで、目標としていた約750万円をプロジェクト開始からわずか2週間でクリア。最終的には1400万円以上が集まり、予定していた部分だけでなく、それ以外の補修も行うことができた。

 そして、金額もさることながら、このプロジェクトでは多くの人々の“熱い思い”を受け取ったと、阪堺電軌の担当者は話す。「鉄道ファンや沿線住民だけでなく、様々な方からご支援をいただいた。首都圏に住んでいる方から『幼いころ沿線に住んでいて、この車両に乗せてもらったことがあるのを思い出した。今もこの車両が走っていると知り、ぜひまた乗りに行きたいと思って支援した』というメッセージも寄せられ、なんとしてでもこの車両を残していかねばと、身の引き締まる思いがした」

修復工事では、木製の扉を国産ケヤキで新調。木目とニスの光沢が美しい。金具類は従前のものが再利用されている
修復工事では、木製の扉を国産ケヤキで新調。木目とニスの光沢が美しい。金具類は従前のものが再利用されている

 モ161号は2021年9月に修繕工事を完了し、美しい姿を取り戻した。支援者向けの撮影会や貸切運行を行うかたわら、「少しでも多くの人に見てもらいたい」という思いから、冬季やゴールデンウィーク期間中には定期列車にも充当。沿線の人々や鉄道ファンが、乗り心地を堪能したり写真に収めたりした。モ161形はクーラーを搭載していないため、現在は一足早い“夏休み”に入っているが、夏が終わり涼しくなった頃にはまた元気に走り回る姿が見られることだろう。

“人とのつながり”をCFで創る

 車両に関する事例が目立つ一方、CFを通じて地域との結びつきを深めようというのが、小田急電鉄が空間デザインなどを得意とする会社と共に手掛ける「ベンチプロジェクト」だ。こちらは、小田急線の沿線に「ベンチ」を増やし、各エリア全体を活性化させていこうというもの。第1弾として、座間駅前のパブリックスペースに6~7台程度のベンチを設置することにした。

「小田急ベンチプロジェクト」第1段の舞台となる座間駅前(写真提供:小田急電鉄株式会社)
「小田急ベンチプロジェクト」第1段の舞台となる座間駅前(写真提供:小田急電鉄株式会社)

 ベンチプロジェクトを実施する背景として、小田急の担当者は「新型コロナウイルス感染症による外出自粛やリモートワークの増加などで人々が街に出る機会が減っている。駅前にベンチを置くことによって、駅を『通り過ぎるだけの場所』から『人がとどまり・賑わいのある空間』へと変化させたい」と話す。また、ベンチを置くことで行動範囲が広がり、地域への経済効果や街への愛情が大きくなることも期待しているそうだ。ちなみに、第1弾として座間駅が選ばれたのは、小規模な駅でありながら駅前広場や商店があること、近くにある小田急の社宅をリノベーションした「ホシノタニ団地」が注目を集めていることなどが理由だという。

小田急電鉄が手掛けた「ホシノタニ団地」。建物内はもちろん、棟間の空き地などを含め敷地全体がリノベーションされた(写真提供:株式会社グランドレベル)
小田急電鉄が手掛けた「ホシノタニ団地」。建物内はもちろん、棟間の空き地などを含め敷地全体がリノベーションされた(写真提供:株式会社グランドレベル)

 本プロジェクトでは、ベンチ設置資金として300万円を募っており、本記事の執筆時点(2022/5/20)で約7割が集まった。ただし、ここで一つの疑問がわく。小田急といえば、営業収益は私鉄全体で5位、1日1キロ当たりの輸送人員は東京メトロ・東急に次いで3位と、全国トップレベルを誇る大手私鉄である。こういう言い方は適切ではないかもしれないが、駅前にベンチをいくつか設置するための資金など、その気になれば自社でまかなえるだろう。

 もちろん、コロナ禍でそうした余裕すらなくなっているというのもあるのだが、小田急が“あえて”CFという手法を選んだのには、別の理由がある。それは、このプロジェクトを通じて地元住民や小田急ファンとつながりたいという思いだ。

「単に当社がベンチを設置するのではなく、CFという手法をとることでより大きな話題となり、多くの人々に注目していただくことができました。『地元の駅に愛着をより強く感じるようになった』という地域の方や、『ベンチが設置されたら、ぜひ座間駅を訪れてみたい』という遠方の鉄道ファンからの声も寄せられています」と、前述の小田急担当者は話す。クラウドファンディングを、コミュニケーションツールとしてとらえ、活用していると言える。

設置されるベンチのサンプル。駅前に人が集うきっかけとなることが期待されている(写真提供:小田急電鉄株式会社)
設置されるベンチのサンプル。駅前に人が集うきっかけとなることが期待されている(写真提供:小田急電鉄株式会社)

 もちろん、ロマンスカーや車両基地の見学、ロマンスカーの塗料を使った特製ベンチなどのリターン品に惹かれて、プロジェクトに参加するという人も多いだろう。だが、たとえきっかけがどんな形であれ、興味を持つ人が増え、それが鉄道と地域の活性化につながれば、CFという仕組みを活用した意義は十分にあるといえよう。

 阪堺電軌や小田急の他にも、たとえば岳南電車では「電車の運転体験ができる線路の整備費用」を、北条鉄道では「国鉄型ディーゼルカーの導入・改造費用」を、水島臨海鉄道では「引退した車両の動態保存と現行車両の塗装変更費用」を募るCFを実施。いずれも目標金額を大幅に上回った。実現によって多くの人々が訪れるようになっただけでなく、寄せられた多くの“思い”が、鉄道会社とそこで働く人々にとってコロナ禍を乗り切る大きな支えとなったに違いない。

 経営環境の激変によって、地域住民、あるいは鉄道ファンと鉄道会社の関係性が、大きく変わりつつある。クラウドファンディングなどの新たなツールを活用しながら、双方にとって有意義で利のある関係性が築かれてゆくことを、切に願う。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

伊原薫の最近の記事