Yahoo!ニュース

ブラックバイトは改善したのか? 京都・沖縄ではむしろ悪化の傾向も

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 大学生や高校生が、本来優先すべき学業に支障をきたしてしまうほど、アルバイト先で重い責任を負わされ過酷な労働を強いられる「ブラックバイト」。

 2015年には厚生労働省が学生1000人に対して調査を実施し、うち60.5%が労働条件等で何らかのトラブルがあったと回答し、ブラックバイトの広がりが公的にも確認された(「大学生等に対するアルバイトに関する意識等調査」)。

 日本の将来を担う学生が、アルバイトばかりに時間を費やし、まともな大学生活を送ることができなければ、人材が育たない。

 同年、厚生労働省は、学習塾業界をはじめ学生アルバイトが多く雇用されている各業界に対して、異例とも言える要請をおこなった。要請の内容は次の二点だ。

1、労働契約の締結の際の労働条件の明示、賃金の適正な支払い、休憩時間の付与などの労働基準関係法令を遵守すること

2、学生の本分である学業とアルバイトの適切な両立のためのシフト設定などの課題へ配慮すること

 こうした政府の対策や啓発など積極的な関与によって、実際にブラックバイト問題は改善したのだろうか? NPO法人POSSEでは、ブラックバイトの現状を明らかにするため、2019年に東京都・京都府・沖縄県の学生を対象にアルバイトに関する調査を実施した。

 本記事では、今回の調査を、2015年にブラック企業対策プロジェクトが実施した5000人規模の全国調査(以下、「15年調査」。尚、以下に示す「15年調査」の数値はすべて全国合計の値である)と比較することで5年間の変化を分析しつつ、インバウンドの増加で観光産業が活性化したことによるアルバイトへの影響や、沖縄県の学生アルバイトの特徴についても明らかにしていこう。

調査の概要

・調査対象:沖縄県に所在する2大学(国立1、私立1)、東京都に所在する1大学(私立1)、京都府に所在する2大学(私立2)

・調査方法:各大学の教職員に依頼し、教室で配布・回収した。

・調査時期:2019年10月〜12月

・有効回収数:531票(沖縄県285票、東京都82票、京都府164票)

 

「シフトの強要」問題は改善傾向にある

 ブラックバイト問題は、アルバイト先から過度な責任を負わされ学業に支障をきたしてしまうことに特徴があり、この矛盾は多くの場合「シフト問題」に典型的に現れてくることになる。

 シフトを突然入れられたり強要されてしまうことで、授業や試験、実験などに出席できず、就職活動もできなくなってしまうことがあるからだ。

 調査結果では、シフトを強要され、「シフトに入らざるを得なくて困った」ことが「ある」と回答したのは、「15年調査」では33.2%であったのに対して、今回の調査では東京都24.5%、沖縄県21.0%と改善がみられた。しかし京都府だけは34.2%と悪化している。

 また、以前に比べて、全体的にシフトに入らなければならないことによる授業の欠席は減っている(15年調査7.7%、沖縄県3.6%、東京都2.7%、京都府5.2%)。

 京都府では一部悪化しているところもあるが、ブラックバイトが社会問題化したことによって、全体的に学生アルバイトに対して配慮が進んできていることがわかる。

東京・京都・沖縄の比較から見えてくる、ブラックバイトの地域差

 シフト問題では全体的な改善傾向がみられたが、そのほかの違法・不当行為については、東京都では改善している傾向が見られたものの、沖縄県や京都府では改善しておらず、場合によっては悪化している傾向がある。

(1)労働条件の明示

 人を雇うとき、使用者にはアルバイトに労働条件を明示する義務が課せられている(労働基準法15条)。「15年調査」では労働条件明示書をもらっている割合は57.6%であった。

 今回の調査では東京都では71.3%まで改善しており、厚労省通達の意義を感じられる。しかし沖縄県57.5%、京都府58.1%と、地方ではほとんど改善がみられなかった。

(2)求人と実際の労働条件の違い

 労働条件の明示とも関連して、求人と実際の労働条件が異なるケースでも、東京都では改善しているにもかかわらず、沖縄県ではあまり改善がみられず、むしろ京都府では悪化していることがわかった(「15年調査」9.8%、東京都5.5%、沖縄県8.5%、京都府10.3%)。

 

(3)休憩が取れない

 労働基準法では6時間を超えて働く場合には45分以上、8時間を超える場合には1時間以上の休憩を取得させることを義務づけている。

 休憩を取れていると答えた割合は、「15年調査」では63.2%で、今回の調査では東京都63.0%、京都府57.4%、沖縄県46.2%となった。休憩の取得に関しては、全体的に改善は見られず、とりわけ沖縄県ではそのほかの地域を大きく下回る結果となった。

(4)深夜労働(夜12時から早朝5時までの勤務)の割合

 18歳以上の深夜労働は違法ではないが、学生が深夜労働をすることの負担は大きい。深夜労働が増えれば、朝起きることができなくなったり、授業に集中することが難しくなったりするからだ。

 この深夜労働を行う学生は「15調査」では9.1%であったが、今回の調査では東京都と京都府では改善傾向がみられた(それぞれ6.8%、4.9%)。この5年間で深夜営業の減少が進んだことが理由だと考えられる。

 しかし沖縄県では、ほかの地域と比べても深夜労働の割合が16.2%と非常に高くなっており、学生アルバイトが深夜のシフトに組み込まれていることがうかがえる。

学生の経済的状況

 ブラックバイトの背景には、学生の経済的状況が厳しく、アルバイトをしなければ学生生活を送ることが難しくなっていることが指摘されている。今回の調査では、学生の経済的事情も地域によって異なっていることがわかった。

(1)奨学金の利用割合

 今回の調査では、奨学金の利用の有無についても聞いている。日本学生支援機構によれば、2017年の大学生の奨学金使用率は37.5%である。

 本調査から地域別に奨学金利用率をみると、東京都は28.0%で全国平均を大きく下回り、京都府39.6%で平均とほぼ同じ水準であったが、沖縄県の奨学金使用率は45.3%であり、全国平均を大きく上回る結果となった。

(2)アルバイトをする理由

 アルバイトをしている理由を聞くと、学費・生活費のために働いている割合が、沖縄で高くなっていることがわかる(15年調査59.3%、沖縄県77.0%、東京都57.5%、京都府63.3%)。

 

 沖縄県の学生は、東京都や京都府に比べて、経済的に厳しい状況に置かれており、それゆえアルバイトをせざるを得ないという事情が見えてくる。

沖縄県の地域的特徴とブラックバイト

 他地域に比べて沖縄県の学生は経済的に厳しいことがうかがえるが、沖縄のアルバイトには地域的な特徴もある。

 まず、沖縄の学生がアルバイトしている企業の約半数(42.5%)が「県外企業」であることだ。これは東京都や京都府ではみられない特徴である。つまり、「本土」に拠点をもちながら、沖縄に「出店」している。

 そして、仕事が主に観光客向けなのか、地元住民向けなのかを調べると、沖縄県では31.6%が観光客向けであった(京都府で25.8%、東京都で16.4%)。

 沖縄県では、インバウンドの増加による観光産業の活性化が、県外企業を呼び込み、経済的に困窮する学生を吸収し、仕事の主力として組み込むことによってブラックバイト問題が広がっている…。こうした構図があることが推察される。

ブラックバイトは改善傾向にあるが、地方では遅れている

 以上のように、2015年調査時に比べ、多くの項目で違法状況の改善が見られる。ただし、改善の傾向には地域差が見られ、東京都ではより顕著にコンプライアンスの改善が進んでいる一方で、京都府、沖縄県では改善の程度が遅れていることが確認された。

 なぜ東京で改善が進み、京都府や沖縄県では改善が遅れているのか(場合によっては悪化しているのか)については、さらなる実態調査が必要だろう。本記事で指摘したように、観光産業の活性化がブラックバイト問題を深刻化させている可能性もある。

 また、ブラックバイト問題の深刻さを訴えるとともに、学生自身が労働法を活用しながらブラックな状況に巻き込まれないよう意識的に行動し、違法行為を是正していく取り組みも重要だ。

 ブラックバイトは労基法違反を伴っているケースが多く、違法であるからこそ諦めずに行動すれば、ほとんどのケースは違法行為を是正させることが可能だ。アルバイトをしていて、「なにかおかしいな」と感じたら、まずは適切な機関に相談してもらいたい。

 (尚、本調査の結果は下記のイベントで報告する予定である)。

イベント「調査から見える沖縄のブラックバイトとその対処法」

・日時:2020年2月7日(金)、18時15分から20時00分

・場所:琉球大学文系講義棟111

・プログラム

18:15 ブラックバイト調査結果報告(NPO法人POSSE代表・今野晴貴)

18:45 教員からみたブラックバイト(琉球大学人文社会学部准教授・野入直美さん)

19:05 ブラックバイトへの対処法(ブラックバイトユニオンスタッフ・今岡直之)

19:35 質疑応答

20:00 終了予定

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

NPO法人POSSE「外国人労働サポートセンター」

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。正社員からアルバイトまで対応。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラックバイトユニオン

03-6804-7245

info@blackarbeit-union.com

*学生のブラックバイト問題に対応している個人加盟ができる労働組合です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事