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お見送り芸人しんいちとZAZYの「性格悪い芸人」同士のガチ喧嘩から目が離せない理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

現在のお笑い界は『M-1グランプリ』『R-1グランプリ』『キングオブコント』などの賞レースを中心に回っている。これらの大会は毎年行われ、それぞれ何千人もの出場者が集まり、激しい戦いを繰り広げる。

そこから勝ち抜いたよりすぐりの芸人だけが決勝の舞台に上がり、ゴールデンタイムの生放送でネタを披露する。その場で活躍すれば、無名の芸人が一気に有名になることもある。

賞レースが終わった後のバラエティ番組では、ファイナリストの芸人が何組かまとめて出演して、大会の裏話を語ったりする。そんな彼らの様子を見ていると、同じ年の同じ賞レースに出た芸人の間には、クラスメートのような独特の連帯感が生まれていることがわかる。

ファイナリスト同士はライバルというよりも「同じ大会を作る仲間」であるという意識の方が強い、と賞レースの決勝を経験した芸人がよく語っている。もちろん競争には勝ちたいし、勝敗は重要なのだが、その年の大会全体が盛り上がらなければ、自分たちの評判は落ちるし、視聴者にも満足してもらえなくなる。だからこそ、ファイナリストの間には一丸となって協力し合う意識が自然に生まれるのだという。

優勝者と準優勝者は互いを意識し合う

また、同じ年の賞レースに出た芸人は、何かと比較されたりすることも多い。2008年の『M-1』では、優勝したNON STYLEよりも準優勝のオードリーの方が目立っていて、その後の仕事量も多かった。バラエティ番組などでは、NON STYLEは「優勝したのにオードリーより売れてない」「漫才は面白いけどトークは下手」などとイジられたりした。

2017年の『キングオブコント』でも、優勝したかまいたちよりも準優勝のにゃんこスターが披露したネタの方が衝撃が大きかったため、その後しばらくはにゃんこスターの方が勢いがあった。そのように優勝者と準優勝者は比べられる立場になり、お互いを意識する関係になることが多い。

芸歴制限をめぐって一触即発のバトル

そんな中で、独特の関係性を築いているのが、今年の『R-1』で優勝したお見送り芸人しんいちと、準優勝したZAZYの2人である。彼らは決勝のファーストステージで勝ち上がり、2人だけで2本目のネタを披露した。最終的にはわずか1票差でお見送り芸人しんいちが優勝を果たしていた。

この2人は大会後にバラエティ番組などで何度か共演していて、その度にお互いを罵り合い、いがみ合っている。彼らがぶつかるのには理由がある。それは大会の出場資格に関する問題だ。

『R-1』では出場資格は「芸歴10年以内」であると決まっている。ところが、お見送り芸人しんいちは芸歴10年を超えている。これはルール違反ではないのか、というのがZAZYの主張だ。

一方、しんいちはこれに反論する。プロとしての活動を休止していた期間は芸歴に含めなくていい、ということもルールとして定められている。しんいちは活動休止の時期があるため、一般的な数え方では芸歴10年を超えているが、『R-1』の規定では芸歴10年以内ということになる。『R-1』の事務局にも事前に確認して許可を得た。だから全く問題はなく、ZAZYの主張はただの言いがかりに過ぎないというのだ。

それぞれの主張を聞く限りでは、しんいちの主張に分があるように見える。実際、ZAZYはしんいちに対して有効な反論を返すことができない。だが、自分が敗れた悔しさも相まって、振り上げた拳を下ろすことができない。

そんなZAZYに対して、しんいちはうんざりしたような態度でズケズケと罵詈雑言を浴びせ、挑発してみせる。ZAZYは強く言い返すこともできず押し黙っているので、掛け合いが成立せずに、気まずい空気が流れる。本来ならしんいちの主張の方が正しいはずなのに、無抵抗の相手に悪態をつく彼の方が悪者に見えてくる。

結果的にお互いがお互いの悪い部分を引き出し、足を引っ張り合っているのだ。同じ『R-1』のファイナリストである吉住やサツマカワRPGの証言によると、しんいちとZAZYは2人とも性格が悪くて嫌われているため、『R-1』決勝の舞台裏では、この2人のファイナルステージの争いを誰も真剣に見ていなかったのだという。

犬も食わない鼻つまみ者同士の泥仕合

性格が悪くて嫌われ者の2人が、各番組でいがみ合い、泥仕合を繰り広げているところが、ドキュメンタリーとしてはたまらなく面白い。4月2日放送の『さんまのお笑い向上委員会』では、2人が口論の末に和解して、『M-1』出場を目指してコンビを結成することが決まった。

高度な漫才は感情のぶつけ合いである。憎しみ合う2人がその感情をネタに昇華することができたら、きっと面白い漫才になるだろう。それぞれの性格の悪さを引き出し合う、悪と悪の究極の融合。ピン芸人界きっての鼻つまみ者の2人には、いい人ばかりが愛されるお笑い界に暗黒の火を灯してほしい。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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