罪名に注目ー日大アメフト部2人目の逮捕ー
■はじめに
8月に日大アメフト部の学生が大麻取締法と覚醒剤取締法違反で逮捕され、大きな問題になっていたが、とうとう2人目の学生が逮捕された。
日大4年アメフト部員(21) 新たに2人目を逮捕 大麻として違法薬物を密売人から購入疑い 警視庁(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
注目されるべきは、今回の逮捕容疑が「麻薬特例法違反」であるという点であり、これはかなり問題のある法適用なのである。
そもそも麻薬特例法とはどのような法律なのだろうか。
■グローバルな薬物規制を支える3つの条約
現在、世界の薬物規制は、次の3つの国際条約によって組み立てられている。もちろん、日本もこれらに加盟している。
第一は、1961年の麻薬に関する単一条約(麻薬単一条約)で、大麻(および麻薬、あへん等)の栽培、所持、消費、販売等が禁止されている。
この条約はそれまで各国が個別に締結していた多くの条約や協定等をとりまとめ、国際的な麻薬管理体制を整理統合するための基本的な条約となっている。この条約によって大麻を危険薬物とすることが世界に強くアピールされた。
第二は、1971年の向精神薬に関する条約(向精神薬条約)である。
これは麻薬単一条約が規制対象としている物質以外の幻覚剤、鎮痛薬、覚醒剤、睡眠薬、精神安定薬等の乱用を防止し、これらの物質の国際的な統制を実施するために締結された。いわゆる合成麻薬が違法薬物のリストに加えられたのもこのときである。
そして第三は、1988年の麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(麻薬新条約)で、国際的な麻薬カルテルの台頭への対策等が取られている。
この条約では、とくに(1)薬物の不正取引から生じる収益の剥奪といった薬物不正取引の経済的側面からの防止策、(2)薬物犯罪取締りに関する国際協力の強化、(3)麻薬等の不正な製造に用いられる化学薬品の規制措置などが盛り込まれている。
そしてこの条約の重要な点は、本法が麻薬の密輸を摘発するために「コントロールド・デリバリー」という特殊な捜査手法を締約国に対して可能とするようにしたのであった。日本でいえば、これが麻薬特例法なのである。
本件は麻薬の密輸入とはまったく無関係な事件であるにもかかわらず、同法が立法の目的を超えて拡大適用されているのである。
■コントロールド・デリバリーとはどのような捜査手法なのか
コントロールド・デリバリーとは、捜査機関が、禁制品(規制薬物や銃器など)を発見しても、その場ですぐに摘発するのではなく、十分な監視の下にその搬送を許して、受け取り先などの関係する被疑者に物を到達させて犯罪に関与する人物を特定・検挙する捜査手段のことである。「監視付移転」とか「泳がせ捜査」といわれることもある。現在は、薬物犯罪を対象とした麻薬特例法と、銃器犯罪を対象とした銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)で認められている。
コントロールド・デリバリーには、(1)禁制品をそのまま搬送させるライブ・コントロールド・デリバリーと、(2)万一の場合のリスクを考えてあらかじめ禁制品を抜き取り、小麦粉や砂糖などの代替物を入れて搬送させるクリーン・コントロールド・デリバリーという2つの手法がある。
問題となるのは後者である。
クリーン・コントロールド・デリバリーを実施する場合、規制薬物は捜査機関の手によってまったく無害な物とすり替えられ、容疑者が受け取る荷物には規制薬物は入っていない。
行為者は主観的には「規制薬物」を受け取る意思はあるものの、客観的には普通の配達がなされているので、従来の法制度ではこのような場合について容疑者を逮捕することは理論的に困難であった。そこで麻薬特例法の中に次のような規定が設けられた。
つまり、客観的には規制薬物でない物、たとえば小麦粉や砂糖を、薬物犯罪を犯す意思で、規制薬物として譲り受けたりする行為が処罰されることになったのである。
しかしクリーン・コントロールド・デリバリーの場合には、途中で無害な物質にすり替えられたとはいえ、捜査機関の手元に規制薬物は存在するわけで、あくまでも捜査の必要性から特別に認められた例外的な捜査手法である。
つまり、規制薬物の密輸などの不正取引であって、すでに時間が経ってしまい、現物が存在せず、鑑定もできないような場合であっても、それによって得た不法収益等につき、上記の麻薬特例法第8条を基礎に没収し、あるいは不法収益等隠匿罪を適用することを可能とするための例外規定なのである。
■まとめ
本件で適用された麻薬特例法とは、以上のような特別な法律である。
ところが実務では数年前より、上記の第8条が規制薬物でない物を、規制薬物との認識で譲り受けたりすることを要件としていることから、規制薬物であることが証明できないような場合も文言上は含まれることになり、一般の事件への適用を排除するものではないと解釈され、拡大適用がなされている。これが、いわゆる「物なし事件」と呼ばれる事件で、本件も、かなり時間が経っており、物じたいはもちろんのこと、大麻吸引の痕跡などもなくなっていることから、麻薬特例法が適用されたものと思われる。記事に「大麻として(購入した)」と書かれているのは、このような事情がある。
もちろん容疑者の交友関係、動機、携帯電話の通話履歴やメモ、行為時の客観的な状況など、十分な情況的証拠があれば有罪の立証は不可能ではないが、関係者の供述だけで有罪の推定に流れないよう、十分な注意が必要であることはいうまでもないことである。
なお、「麻薬特例法違反で逮捕」となると、大麻取締法違反に比べて一般社会が受ける印象もかなり違う。「麻薬」という言葉を聞くだけで一般社会はかなり悪質な印象を持つかもしれないが、大麻取締法よりも法定刑は軽い。報道では、この点についても特に注意が必要だと思う。(了)