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揺れて落ちる「神ゴール」はこうして生まれる

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:Shutterstock/アフロ)

 サッカーのロシアW杯も終局に近づき、寂しい気持ちに浸っている人もいるようだ。日本代表は惜しくもベスト16止まりだったが、決勝トーナメントのベルギー戦で原口元気(デュッセルドルフ、後半3分)と乾貴士(エイバル→ベティス、後半7分)があげた2ゴールは日本中を熱狂させた。特に乾は今大会で2ゴールをあげ、国際的にも注目されている。

アディダス製の公式試合球

 サッカーでは4〜5割がセットプレーからの得点とよくいわれる。今回の大会でもセットプレーからの得点数が史上最多だが、準決勝までの161ゴール中70ゴールがセットプレー(PK含む)からのものだという。

 W杯でのセットプレーといえば、2010年大会の本田圭佑と遠藤保仁のフリーキック(デンマーク戦、1試合2FKゴールは44年ぶり)、2011年女子大会決勝のコーナーキックからの澤穂希のゴール(米国戦)が思い出される。

 サッカーというのは1つのボールを双方のゴールに入れ合うシンプルな競技だが、選手が扱うこのボールが数々のドラマを生み出してきた。

 今回のW杯で使用されているのはアディダス製のテルスター(Telstar)と呼ばれるボールだ。アディダス製公式試合球は、1970年のメキシコ大会から使われ、ロシア大会のバージョンはテルスター18となる。

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ロシア大会における公式試合球のテルスター18にはNFC(Near Field Communication、近距離無線通信)タグが内蔵され、スマホでタグに書き込まれたアディダスの情報を読み取ることができる。Via:FIFAのホームページ

 公式試合球は、これまでの大会で何度か仕様が変わっている。1970年大会から長く使用されてきたものは、基本的に12枚の五角形と20枚の六角形の計32パーツで構成され、可能な限り真球に近づけよう(切頂20面体、Truncated Icosahedron)として作られた。2000年代に入ると、パーツ数を減らしつつ、より真球に近い形状にする努力が続けられる。

 それが2006年ドイツ大会で使われたチームガイスト(Teamgeist)であり、2010年の南アフリカ大会で使われたジャブラニ(Jabulani)だった。チームガイストは6枚のプロペラ状パネルと8枚のローター状パネルの計14パーツ、ジャブラニは4枚のトライポッド状パネルと4枚のトライアングル状パネルの計8パーツとなっている。

 切頂20面体という多くのパーツで構成されていたものから球面を利用してパーツ数を少なくしつつ、より真球に近づけようとしてきたというわけだ。こうした公式試合球の変化はプレーにも大きく影響した。

 例えば、ブラジル大会で使われたジャブラニは、特にゴールキーパーから滑りやすく扱いにくいと批判され、同大会でフリーキックによるゴール数が少なかった原因とも指摘されている。ジャブラニによる数少ないフリーキックによる得点(5ゴール)のうち、2得点が日本代表の本田圭佑と遠藤保仁によるものだった。

ドラッグ・クライシスによる挙動

 空気中を進む球体の運動は、慣性の法則による進行力と空気抵抗などの応力が作用し、空気抵抗と空気の粘性によって後方に乱流が生まれ、複雑な挙動をすることが知られている。特に真球を無回転で空気中を飛翔させると、これら関数(レイノルズ数、Reynolds Number)がある1点を超えると抗力が激減する。この効果や減少のことをドラッグ・クライシス(Drag Crisis)というが、野球のナックルボール(Knuckleball)に典型的な挙動だ(※1)。

 ドラッグ・クライシスが作用した球は、不規則に揺れて左右に複雑に動きつつ落下する。2010年W杯南アフリカ大会で本田圭佑が蹴ったフリーキックがまさにこのドラッグ・クライシスによるもので、強く蹴り出されたジャブラニは標高約1500メートルという高地の空気抵抗減効果もあり、無回転でゴールキーパーの右へ飛び、急速に落下しつつゴールへ吸い込まれた。

 もちろん、こうしたボールの挙動を抑えるため、公式試合球の表面をわざとザラザラにしたりしているが、無回転のボールの動きを予測することはかなり難しい。

 今回のロシア大会の公式試合球は、前回ブラジル大会のブラズーカ(Brazuca)を経たテルスター18となり、同じ6枚のパネルを使ったシンプルな構成となった。同じパーツ数だがパネルの形状は違い、ブラズーカが曲線を活かしたプロペラ状パーツなのに比べ、テルスター18ではより角張って複雑な矩形パーツになっている。

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テルスター18とブラズーカの正面(0度)と斜め(45度)の違い。構成パーツの接続面(縫い目)が、テルスター18で角張り、ブラズーカで丸みを帯びていることがわかる。Via:John E. Goff, et al., "Aerodynamic and surface comparisons between Telstar 18 and Brazuca." Journal of Sports Engineering and Technology, 2018

 ブラズーカとテルスター18という、この2つの公式試合球を比較した研究が先日発表された(※2)。筑波大学などの研究グループによるもので、テルスター18はブラズーカより同じキック力で蹴られた場合、水平飛距離は約9〜10%減だが、ドラッグ・クライシスによるナックル効果の挙動の違いは10%以下だということがわかったという。

 研究グループは、2つの公式試合球を使い、正面(0度)と斜め向き(45度)の2方向で風洞実験をし、表面形状の比較もした。2つのボールは同じような空気抵抗特性を持っているが、ブラズーカのほうがやや抵抗係数が小さい。2つのボールを構成するパーツは同じ枚数だが形状が違っており、その接続面(縫い目)の長さと深さが釣り合っているため、ドラッグ・クライシスの作用も同じようになるのだという。

 前回のブラジル大会と今回のロシア大会は、前々回の南アフリカ大会ほど公式試合球に対する批判は起きていない。ボール特性の変化が大きくないことは選手の対応の慣れにつながり、試合に集中できることで好試合が生まれやすくなるだろう。

 無回転ボールといえば、セットプレーではないがベルギー戦で魅せた乾貴士のゴールなどまさにそうだった。今大会の最優秀ゴールキーパーとも目されるクルトゥワ(Courtois)でも手が及ばないドラッグ・クライシスだったといえる。

 ロシア大会もすでにフランスとクロアチアの決勝戦を迎え、イングランドとベルギーの3位決定戦にも注目が集まる。イングランドはセットプレーが得意なチームだが、それが勝敗を分けるのかどうか興味深い。

※1:Sungchan Hong, et al., "Effect of panel shape of soccer ball on its flight characteristics." Scientific Reports, DOI: 10.1038/srep05068, 2014

※2:John E. Goff, et al., "Aerodynamic and surface comparisons between Telstar 18 and Brazuca." Journal of Sports Engineering and Technology, DOI: 10.1177/1754337118773214, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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