Yahoo!ニュース

決め手に欠けると言われた時代を経てようやく出会った大役〜夏川椎菜インタビュー

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
念願の仕事に胸踊らせる夏川椎菜さん 写真提供:MAP

人気声優・夏川椎菜さん。声優のみならずアーティストとして音楽活動も行い、小説も書くなど多才に活動している。ところが十代のときは一芸に秀でていないことを悩んでいた。唯一無二の存在になるには何が必要か考えた末に見つけたものは……。

いま夏川さんは、深作健太さん演出『オルレアンの少女-ジャンヌ・ダルク-』でフランスの英雄・ジャンヌ・ダルクという大役に出会い、新たな挑戦に心弾ませている。

私は勉強も運動もそこそこーー

――夏川さんはもともと声優志望だったのですか。

「スタートは演劇なんです。中学のとき入った演劇部の顧問が熱心なかたで、中学演劇大会でもつねにいい成績を残しているような部だったのでお芝居が楽しくて、中学時代の青春のすべてでした。それをきっかにお芝居を仕事にしたいと思い始めて前々から憧れていた声優になりました。ただ、俳優の仕事への思いもあって、いまの事務所に入ってからも、事務所の先輩の舞台を見に行くたびにいつか私も演じたいと思っていました」

――プロになる以前、はじめて演じた作品は何ですか。

「中1のとき、『真夏のサンタクロース』という歌をモチーフした劇の端役でした。主役オーディションを受けて同級生に負けた記憶があります。そのあとは、たびたび、いい役をやらせていただいたのですが、悔しい思い出があって……。演劇大会の優秀演技者賞が部員の憧れで私もいつか獲りたいと思って3年間やってきたものの結局獲れなかったんです」

――その頃の悔しさをバネにいまがある?

「いつもいい役の候補にはあがるけれど一発では決まらなくて、顧問に『夏川さんには決定的なものがない。安心感は多少あるけど、もうひとつ決め手となるものがあればもっとすっと決まるのに……』と言われて、それが悔しくて。確かに私は勉強も運動もそこそこーーできないんです』

――そこそこできるのではなくて?(笑)

「できないんです」

――ご謙虚なんですね。

「いや、ほんとに平凡で、ピアノや絵画など一芸に秀でている人が羨ましくて、何かないかと探していました。結局、お芝居に打ち込むしかないと思ってやり続けた結果、声を専門にするお仕事に出会ったんです」

――声優のほかに音楽活動もやっていて、さらに小説も書いているとか。

「短編小説を書いたり作詞をしたりしています。自分の思いを何かの形で発信することが好きなんです。演技もそのひとつだと思います。作品を書いた作家さんの伝えたい思いを汲みとって他者に伝える仕事であり、小説や作詞も根本は同じと思っています。自分の思いにしても作家さんの思いにしても誰かに何かを伝える仕事がしたくてやっています」

念願だった演劇の仕事

――今回、『オルレアンの少女』で初舞台、初座長をつとめることになった心境は。

「今回、中学以来、久しぶりに舞台に立つことが本当に嬉しいです。舞台の何が魅力かと言ったら、台本をぼろぼろになるまで読み込む時間があることやひとつのセリフを様々な角度から解釈をしていく贅沢さがあることです。そこが声優と決定的に違うことと思います。アニメの仕事は、例えば全12話あるとして、全貌がわからないまま演じることも多いうえ、アフレコの時間が限られているため、瞬発力が求められます。それはそれで難しさも面白さもやりがいもありますが、はじめから終わりまで描かれた台本をすりきれるまで読み込んで、演出家や共演者の方々とそれぞれ意見を持ち寄って話し合って取捨選択していく作業がいまは楽しくてしょうがないです」

――稽古を拝見したら、声がよく通るなと感じました。

「舞台の演技に少しでも馴染んで見えたら嬉しいです。最初は少し不安もありましたが、この1ヶ月間で、共演者の方々から基礎やヒントになることをたくさん教えていただき、実のある稽古期間を過ごさせて頂いています。少しずつ少しずつ強くなっています。声優の仕事も舞台の仕事も演じるという根本はいっしょとは思いますが、舞台は身体表現的なことが大事になってきます。声優の仕事は、息遣いなどの声の表現はあるとはいえ、動きの大部分は絵が受け持ってくれますから。それと、いま、苦労していることは距離感です。声優の仕事では、相手との距離が1メートルであればそのリアルな感覚で話すことを求められますが、演劇だと1メートルの感覚で話すとお客さんに聞こえなくなってしまうから、客席に聞こえる大きさで、かつ、気持ちは1メートルで話さないとならなくて。いまはその違いに四苦八苦しています」

――本番ももうすぐ。最後のシーンまでやってみて感じたことは?

「ライブのステージに似ていると思いました。一気に全部を稽古しないで、場面ごとにやって、あとから1時間50分ぶん流れを調整するのは、ライブで一曲一曲を繋げた流れを作ることに似ているような気がして。そうしてみて、はじめて役の気持ちに気づくこともあります」

――初日に向かって緊張したりはしませんか。

「まだ実感が沸かなくて……。3ヶ月後も稽古しているような気がしています(笑)。もともとそんなに緊張するほうではないんです。ライブでお客さんから見られることには慣れているので、視線を受けつつ、気にせず自分のやるべきことをやることへの恐怖はありません。そうは言っても、いまは比較的落ち着いていますが、当日、出る直前は心臓ばくばくかと思います(笑)」

――深作健太さんとは朗読劇でご一緒されたことがきっかけで今回の抜擢だそうですが、深作さんの演出はいかがでしょうか。

「深作さんの知識や考えていることを、私が理解できるまで言葉を尽くしてくださるので、勉強になるしありがたいと思いながら聞いています。朗読劇のときは、声優の仕事と同じく動きの指示はなかったですが、今回は動きの要求が多く、手足がもっとほしいと思うほどの大変な動きもあって、それをなんとか成立させることが役者なんだと身にしみて感じています」

『オルレアンの少女』より  写真提供:MAP
『オルレアンの少女』より  写真提供:MAP

――有名なジャンヌ・ダルクを演じるうえで大事にしていることを教えてください。

「『オルレアンの少女』ではジャンヌ・ダルクを演じるということよりは、ジャンヌを通して、作家のシラーや、深作さんの伝えたいメッセージを伝える伝道者的なものだと思っています」

――そのためにはどこに気を使っていますか。

「私が思い描いていた演劇よりももっと技巧的なことが必要と感じています。例えば、感情を優先すると言葉が濁ってセリフが明瞭でなくなると注意されていて。キャラクターとしては感情が高まって大きく叫びたいと思っていても、冷静に確実に伝えるために抑えるようにしています」

歴史の転換点のなかで

――この時代に『オルレアンの少女』を上演する意義はどういうものだと思いますか。

「日本や世界で歴史の転換点になりそうな大きなうねりが起こっているいま、お芝居を見ながら、男と女ってなんだろう、戦争ってなんだろう、自由ってなんだろう、正義って、悪ってなんだろうということを、お客さんが考えるきっかけになったらいいのかなと思います」

――夏川さんがこの作品を演じてみて何か考えたことはありますか。

「いろいろありますが、まず、ジャンヌ・ダルクのイメージが変わりました。最初に出演のお話をいただいたとき、え、私がジャンヌ・ダルク? うそでしょ? と思ったのですが、それはジャンヌ・ダルクに気高くて強いイメージがあったからです。一般的にはそういうイメージですよね。ところがシラーの戯曲では、読めば読むほど、気高さや勇敢さだけではない一面が見えてきて。ジャンヌ・ダルクという人間はまわりの大人や環境が作りあげた虚像のような気もして。そういうことって現代にもあるのではないかとも思いました。私自身も、大人だったりファンだったり、周囲の人の影響や期待を受けて無意識のうちに、自分のなかの夏川椎菜をつくりあげていることもあるのではないかと考えるようになりました。より自分を見つめ直す時間になっています」

――戦争や自由というと果てしない話に思えますが、夏川さんのジャンヌを通してもっと個人の問題と捉えることができそうです。

「私も含め、若い世代は戦争を知識としては知っていても経験していないので実感がないですから、まわりの人に翻弄されて壊れていくジャンヌを見て、自分ごととして捉えてもらえるかもしれないですね」

――大阪公演もあります。

「頭脳警察のPANTAさんが大阪公演のみ出演されることで演出が少し変わります。音楽ライブは私もやっていますが、演劇と音楽が融合するとどんなふうになるのか未知で楽しみです。あとは551HORAIの豚まんを食べることが楽しみです」

――今後も舞台をやりたいですか。

「稽古をしながら、やっぱり舞台が好きだと思ったし、これからももっとやっていきたい。今回、はじめての舞台で難しい題材であることや、殺陣もあって表現としても盛りだくさんでハードモードですが、『オルレアンの少女』を最初にやったことはすごく自信になって、今後、こわいものがなくなるのではないかと思っていて。こわいもの知らずの状態で、次の作品にも出会いたいです」

〜取材を終えて

夏川さんは小説や歌詞を書くだけあって自分の思いをきちんと言語化できる人だった。劇中で使用される頭脳警察の楽曲の歌詞について訊ねても、とても深く読み解いていた。「深作さんや共演者の皆さんからの受け売りですよ」と笑っていたが、他者の言葉を自分の腹に落として語ることができる人。自分の思いを、作家の思いを、他者の思いを伝えたい、それを自分の仕事と明確に定めたからこそ、夏川さんのいまの活躍があるのではないだろうか。

オルレアンの少女―ジャンヌ・ダルクー

作:フリードリヒ・フォン・シラー

翻訳:大川珠季

演出:深作健太

出演:夏川椎菜 溝口琢矢 松田賢二 峰 一作 宮地大介 愛原実花 李真由子

特別出演:PANTA(頭脳警察) ※大阪公演のみ

東京公演

2022年10月6日(木)~10月9日(日)

シアタートラム

大阪公演

2022年10月15日(土)~10月16日(日)

会場 COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール

【プロフィール】

Shiina Natsukawa

1996年7月18日千葉県生まれ。声優、アーティスト。2011年、第2回ミュージックレインスーパー声優オーディションに合格し、翌年、声優活動を開始。音楽活動も行う。主な出演アニメに『ハイスクール・フリート』、『アイドルマスター ミリオンライブ!』、『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』、『IDOLY PRIDE』など、朗読劇『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』、リーディングシェイクスピア『ロミオとジュリエット』、朗読で描く海外名作シリーズ 音楽朗読劇『レ・ミゼラブル』、第38回世界遺産劇場 朗読劇『こゝろ』などがある。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事