年末年始の釣行は、ここに注意 生命維持の限界は水温17度
年の瀬やお正月に釣りの計画を立てている読者がおられると思います。釣行で最も注意したいのが、落水事故。もし落ちたら、冬は呼吸確保にプラスして体温維持しなければなりません。生死を分けるのは水温17度と覚えてください。
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釣行はどんな格好であるべきか
厚い帽子、厚手の防寒上衣、防水手袋の着用。当然、救命胴衣と携帯電話を肌身離さず。落水してもこれらを絶対に脱いではいけません。携帯電話で緊急通報する時だけ、手袋をとります。
冬の釣り場で飛び込んで他人を助けようなんて、言語道断。後で説明するように、要救助者より救助者の方が低体温のリスクが高いし、プロの救助隊が現着した時には後から飛び込んだ人の救助は後回しになります。
水難事故を見たら聞いたら119番(消防)か118番(海上保安庁)へ緊急通報を先ず行います。
冬の落水では低体温が危険要因
冷たい水の中では体温が奪われます。落水した先の水温が17度より高ければ1度高くなるごとに生存時間が急に長くなりますが、1度低くなるごとに生存時間が急に短くなります。
落水した時の服装が普段着であれば17度でおよそ2時間、たった2度低い15度で1時間半をきります。「たかが30分か」と思いますが、救助隊が現場で入水準備するだけでも5分や10分(準備体操なしで)はかかりますので、「されど30分」たいへんなことです。
水難学会では、冷水中で浮いて救助を待つ実験をしています。動画1はその様子を示しています。
動画1 水温約10度の水中で浮いて救助を待つ実験の様子(筆者撮影)
水温約10度の水の中で、人は落水後すぐにどうなるかというと次の通りです。
(1)呼吸が制御できないほど荒くなる
(2)震えが止まらない
(3)衣服の中の水が温まるとともに寒けが緩む
実際には水温が17度を割ると(1)や(2)と同じことが始まりますので、やはり17度という水温は大変重要な意味を持ちます。
データが物語る生命維持の限界
動画1で示した実験を含む一連の研究の成果については、長岡技術科学大学学術情報リポジトリ博士論文「水難時着衣泳の救命効果の工学的検証」(木村隆彦)1)に詳細があります。ここでは、その一部を共同研究者の立場で紹介します。
厚手の防寒上衣+上下カッパ
図1をご覧ください。被験者の衣服内の様々なところに温度計を仕込み、0.5秒ごとに温度を測ってまとめたグラフです。
まず、開始およそ60秒後に急に各温度が下がっていることがわかります。ここで被験者が水温およそ10度の中に入水しています。そしてそのまま背浮きで約17分間浮いています。
最も特徴的なのは、衣服の内側の胸の皮膚に接する温度です。およそ600秒(10分)までは30度以上を保っていますので、胸の皮膚近くまでは水が浸入していないことがわかります。それ以降では胸の皮膚に到達するように水が浸入したため30度を割りました。とはいっても生命維持には十分高い水温です。
背中の皮膚ではおよそ120秒(2分)までは30度以上を保っていますが、水の浸入と共に急激に温度が下がりました。ただそれでも水温で20度ほどにて一定となります。これも生命維持には問題ありません。
心配なのは頭部です。毛糸の厚手の帽子をかぶっていたのですが、入水直後から帽子全体に冷水が浸入してきて頭頂部接触温度が15度を割りました。徐々に水温としては高くなってはいますが、測定時間内では常に17度を割っています。
一般的に頭部からの放熱は体温低下に大きな影響を与えるとされていますので、帽子はしっかりした、水が浸透しづらくて厚めのものがよさそうです。
薄手の防寒上衣+上下カッパ
図2をご覧ください。衣服の内側の胸の皮膚に接する温度は、およそ240秒(4分)までは30度以上を保ち水が浸入していないことがわかります。それ以降の時間で水が浸入し15度を割りました。生命維持には危険な水温が続きました。一方、背中の皮膚ではむしろ水温が高めに推移しました。水の浸入と共に急激に温度が下がりましたが、25度ほどで一定となります。
胸の皮膚に接する水温よりも背中の皮膚に接する水温が高く推移しているのは、一度浸入した水の入れ替わりが胸で多く、背中で少ないことを示しています。カッパを着ていると、水圧でカッパが背中では体に密着するのに対して、胸では水圧が効かずカッパが体に密着しないためです。
頭部はどうでしょうか。比較的水の浸入の少ない厚めの帽子をかぶっていました。そのためおよそ600秒(10分)までは30度以上を保ち水が浸入していないことがわかります。その後水が浸入してきても頭頂部に接する水の温度は20度前後となり、生命維持には十分高い水温となりました。
救助しようと入水するとどうなるか
図2のデータをとった時と同じ格好で入水し、25メートル室内プールを顔上げ平泳ぎでしばらく往復しました。要するに衣服内の水の入れ替わりを激しくした状態を作りました。
図3をご覧ください。衣服内のすべての箇所の温度がおよそ600秒(10分)の前後で15度を割りました。すべてにおいて生命維持には危険な水温が続いたということを示します。このあと、被験者は冷たさにどうにも耐え切れずにおよそ840秒(14分)で退水しました。水からすぐに上がることができて、暖かいシャワー室に駆け込めたからよいものの、これが屋外だったらどうなっているでしょうか。
生命維持の限界はここだ
背浮きでじっとしていれば、厚い帽子、厚手の防寒上衣の着用で頭部と胸部から体温を奪われることはある程度防ぐことができます。水温10度以上あれば、転落後すぐの緊急通報により救助隊が現着するまでの間、生命維持には期待が持てます。なお、カッパの着用は水の浸入を遅らせます。その効果は防寒着が薄手だった場合に、より顕著に表れます。
一方、落水者を救助しようとした者の運命は極めて厳しい結果となると思ってください。間違って飛び込んでしまったら、他人の救助のことは忘れて自分の生命維持のために背浮きで救助を待ちます。
防水手袋は重要です。手がかじかむと緊急通報のための電話の操作ができません。上がれる梯子があっても、救助のロープが渡されても、手がかじかんだらつかむことができません。ロープを投げてくれた人の目の前で最期、ロープをつかむことができず沈んでいったという防波堤で発生した事故もあります。
救助隊員も人の子です
水難救助現場に駆けつけてくれる消防署や海上保安庁あるいは警察の救助隊員。要請があれば当然、職務に忠実に粛々と救助活動に入ります。
ただ、生命維持の限界については市民も救助隊員も同じです。同じ温度で焼け死にますし、同じ温度で水死します(注)。人の子ですから。
そのため、冬の水難救助活動においては、救助隊員は入水時間をきちんと管理しなければならないのです。
防波堤での落水事故では、要救助者が梯子を自力で登ってこられれば隊員のリスクは極めて低くなります。要救助者が手袋をしてなくて手がかじかんで登れなければ、バスケットストレッチャーと呼ばれる資機材で要救助者を仰向け状態で確保して吊り上げます。この時に救助隊員は支援のために最低でも2人は入水することになります。
要救助者が1人のところが2人だったら、救助隊員の入水時間は当然のびます。2人のとき、どちらから救助するかといえば先に要救助者となった人からにならざるを得ません。陸からの観察ではそれしか判断材料がないのです。
さらに、要救助者が何人いるかわからない状況だと、冷たい水の中で要救助者の捜索まで行わなければなりません。もちろん職務ですからベストを尽くしますが時間は限られます。
救助隊員の命はその現場の人だけのものではありません。その後の災害で救助を待つ人たちに必要な命でもあります。
さいごに
長年、兵庫県の赤穂市消防本部で水難救助など多数の経験のある、明治国際医療大学の木村隆彦教授は、「専任の水難救助隊を持たない消防本部では、予算の関係でウエットスーツすら資機材として準備できない例があります。冬だと助けたくても、資機材が揃うまでどうしても時間がかかる時はあります」と話します。
年末年始の釣行、事故防止に対して念には念を入れてお出かけください。
参考文献
1) 木村隆彦 「水難時着衣泳の救命効果の工学的検証」 長岡技術科学大学博士論文学術リポジトリ
海水温に関する参考情報 釣行の際に沿岸の海水温を知りたいときは気象庁海面水温実況図が役に立ちます。ざっくりと言えば、12月27日現在、東日本の海水温は17度以下、西日本で17度以上という感じでしょうか。
注 冷水中で身体が極度に冷えると、意識を失う前に手や腕が硬直し動かなくなります。他人の救助どころの話でなくなります。